37-打ち破るために

 
「よ〜し。みんな集まったねー。それじゃ、『第106番艦 オーヴァ』について判明したことを色々と報告していくよー」
 
研究室には、ライアたち研究メンバーの全員と、メイたち一家が集結していた。
テーブルを囲んで座り、前のめりになる者、厳かな眼差しで化を見つめる者、別段身構えることもなく腰掛けている者、様子は様々に、化の報告に傾聴した。
 
「アークス船団が成立した当時から、『オーヴァ』は存在していたんだけど。ちょこっと特殊な艦でね、他の艦よりも研究区画と呼ばれる地域が広かったんだー。この艦で言えば、そうだなあ……元々ある研究区画にプラスして、市街地の半分くらいが更に研究区画とされていたみたいだよ〜」
 
広大な区画に多くの研究施設と研究者が集っていた『オーヴァ』は、フォトンや兵器に関する研究に特化した艦だった。研究者としてこの艦に配属されることは誉れとも言われていた程で、皆アークスのため、宇宙の平和の助力のためと懸命に励んでいた。
 
しかし。
 
「アークスを支え、アークスに関わる技術を支える、研究者の間では誉れ高き艦。……ってのは、表向き。裏の顔──いや、こっちがホントの顔と言うべきかなあ。実のところ、『オーヴァ』は丸ごと虚構機関の持ち物だったんだよねー」
 
虚構機関、という言葉が出てきた途端、皆の表情が凍りついた。
 
尊大に腕組みをしつつ、薄ら笑いを浮かべながら話を聞いていたライアも、珍しく表情が曇った。
 
「持ち物、ねぇ〜。それじゃあ『オーヴァ』の研究施設も研究者もぜ〜んぶ、虚構機関の傀儡だったってコトかしらあ?」
「そーゆーことだね〜。あ、でもその事実を知っていたのは艦の上層部だけだねえ。大多数の人間は、なんにも知らずに研究に勤しんだり、一般市民も普通に生活していたって訳〜」
 
ライアは、ふぅん……、と相槌を打つと、それきり発言しなかった。ライアの話が終わるや否や、今度はメイが化に尋ねた。
 
「じゃあさ……ヴィエンタの親も、その……利用?されてたってこと?ホントに悪いのは誰なのさ?」
「まーまー落ち着きなよー。不安なのは分かるけど、とりあえず最後まで聞いてね〜」
「わ、分かった……」
 
メイはなんとか不安を抑え、再び大人しく話を聞く姿勢をとった。
 
「で、問題はここから。14年前、ひとつ大事件が起きてね〜……」
 
化はそこで区切り、ふぅ、と溜息をつきながらシャルラッハに視線を向けた。シャルラッハは化から引き継いで話し始めた。
 
「14年前、『オーヴァ』はダーカーによる大規模な襲撃を受けました。元々研究特化の艦であることもあってか、その艦のアークスのみでは撃退しきれず、そして他の艦からの救援も間に合わず、結果、『オーヴァ』は放棄されました」
 
放棄。つまり……
 
「見捨てられた、って事かよ?マジでか?救援も間に合わなかったって、どんだけだよ?その話にも『裏』があるんじゃねえのか?」
 
ルガは眉を顰めながら、最悪の可能性を指摘した。
 
「……ご名答です。襲撃も、放棄も、全て虚構機関が裏で手を引いていました。放棄後は、ある程度自我を残した状態で操られた研究者たちが、ダーカーやダーカー兵器に関する研究を行なっていたようです」
 
やっぱりな、とルガは一層表情をゆがめた。他の面々も、良い表情をしている者は一人としていなかった。シャルラッハ自身も、少し苦い顔をしていた。
 
「虚構機関が『オーヴァ』をダーカーの支配下に置いた明確な目的は不明です。少なくとも、アークスへの敵対行動を仕向けたことは言えるのですが……。すみません」
「良いってことよ!そこまで調べてくれたんだ、謝る事は何一つ無い!」
 
「目的」を調べ上げることは出来なかったことに申し訳なさそうにするシャルラッハを、ルガはすかさず励ました。
 
「……ありがとうございます。……では最後に、虚構機関が瓦解した後になっても、『オーヴァ』の存在が隠蔽され続けていた理由です。……」
 
シャルラッハはなおも暗い表情のままだった。化がやれやれといった様子で、続きを説明し始めた。
 
「『オーヴァ』に対してアークスが何も行動を起こさなかった訳じゃないよ。密かにアークスを派遣して、調査を行なっていたんだ。……全部失敗したんだけどね」
 
『オーヴァ』に派遣されたアークスたちは、その全員が消息を絶った。
『オーヴァ』に存在する強力なダーカーやダーカー兵器によって殺されたのか。囚われて実験体にされたのか。定かでは無いが、おそらくどちらかであろうと思われた。
 
「調査に向かわせたアークスは帰ってこない。調査が進まなければ、『オーヴァ』をどうにかすることも出来ない。これ以上は危険だと判断して、調査の打ち切りだけじゃなくて『オーヴァ』に関する全ての情報を規制したんだね〜」
 
化の話を聞いて1番に口を開いたのは、ノエルだった。
 
「つまり、抑制フォトンや対抗フォトンが有れば良いっていうわけじゃない……。未調査のダーカーやダーカー兵器が、『オーヴァ』にはゴロゴロしてる。抑制フォトンや対抗フォトンで『A-ダーカスト』対策をしつつ、まずは調査を進めないと、助ける前にこちらが壊滅してしまう可能性が高い……」
「まあ、そういうことだねー。アークスとしては、これまで進められなかった『オーヴァ』の調査がようやくできるって事でとても幸いではあるけど……」
 
化は、話を聞いている面々の表情を窺うように見回した。
 
「みんな、『そんな悠長なことやってられない』って顔してるね〜。でも、調査しない事には君たちの安全は保障できないからねえ」
 
その場の全員が黙り込む中、メイは決心したように顔を上げ、立ち上がった。
 
「……そうするしかないんなら、やろう!ちょっとでも前に進むことが大事じゃん?迷ってる時間の方がゆーちょーだよ!」
 
メイの言葉に続いて応えるかのように、シルファナも立ち上がった。
 
「正直、新たな壁にぶつかってしまった気分です。しかし、メイさんの言う通りだと思います。一刻も早く調査に入れるよう、対抗フォトンの開発を進めるのみです。そうでしょう?」
 
シルファナに促されたルイスとノエルも、顔を見合わせながら頷き。
 
「そのとーりっス!!」
「そう。僕たちのやる事は変わらない。ただ少し、急ぐ必要が出てきただけ」
 
彼女たちの決起に動かされ、一家の面々も声を上げ始めた。
 
「そーだそーだ!!調査でもなんでも、かかってこいっ!」
「ボクたちにかかれば、ソッコーで『オーヴァ』を丸裸に出来ちゃうんだから!」
「我々がやられてしまえば、元も子もないからな」
「確実にヴィエンタを助けるために必要な事なんだからな!!やってやろうじゃあないかッ!!」
 
皆の様子を見て、シャルラッハは安堵し、微笑んだ。化もうんうんと頷いていた。
 
「それじゃ、報告は以上〜。邪魔しちゃ悪いし、これでおいとまするね〜」
「私たちに出来る事があれば、また仰ってください。全力を尽くします」
 
化はひらひらと手を振り、シャルラッハはお辞儀をして、研究室を後にした。
 
事は後退したかのように見えて、確実に前へと進み出したのだった。