36-眇たる歩みは救いのために

 
研究室にルイスとノエルが加わってから1週間。
 
2人はシルファナが記憶していない、或いは忘れかけていた過去の研究内容を記憶しており、特にノエルはあの5年間の研究記録のほぼ全ての概略を書き出せる程だった。
 
「それにしても、本当にとんでもない記憶力ですね〜!いくらなんでも5年分なんて、記憶だけじゃここまで書き出せないですよ!」
「別に……大したことない」
 
ブランクは何度目かになる称賛をノエルに告げた。ノエルはぶっきらぼうに返しながら、デスクで作業をしているシルファナとルイスに向き直った。
 
「どう?」
「……!ノエルさんの記録のお陰で、たった今『抑制フォトン』のスフィアの完全再現に成功しました。あとは、新型『A-ダーカスト』の解析を元にこれを改良していけば……」
「『対抗フォトン』の出来上がり!ってワケっスねー!!」
「そう……よかった」
 
ウォパルの研究施設にて完成された、ヴィエンタの中の『A-ダーカスト』を抑制しフォトンとの共存を可能にした、あのフォトン。それが、ノエルの研究記録のお陰で早い段階で再現できたのだ。聞いていたブランクも、わあっと諸手を挙げて喜んでいた。
 
「凄いですっ!!ぼくらの方でも早々に改良型『A-ダーカスト』の解析を進めなければ!」
「有難いですが、焦りも無理も禁物ですよ。ライアさんたちにも、そう伝えておいてください」
「はい〜!お気遣い有難うございます!あの人のことだから聞いてくれる気はしませんけど!」
「それもそうですね……」
 
ライアに無理をするなと言っても、返ってくる答えは見えているようなもの。シルファナとブランクは2人して呆れていた。
 
「一番無理してる人が何言ってんスか……」
「まったく。その通り」
 
その傍らで、ついこの間二徹を敢行したシルファナを知るルイスとノエルもまた、呆れていた。
 
「それにしても、お2人が加わってくださったおかげで、改良型の組成解析もだいぶ進んできましたね〜!いやぁ、トントン拍子で怖いくらいです!ねっ!」
 
ブランクは変わらず明るいトーンで、このところの研究の成果を喜んだ。
そう、研究自体は、かなりの速度で進んではいる。しかし、シルファナにはまだ懸念があるらしく、表情が曇った。
 
「あれっ!?」
「ああ、すみません。ひとつ、心配が……」
「とは……?」
 
ブランクが首をかしげると、シルファナの言う心配を把握しているノエルとルイスが説明を始めた。
 
「対抗フォトン自体の完成は、このまま行けば出来ると思う。けれど、ヴィエンタを助けるにはこれだけじゃだめ」
「ヴィエンタちゃんの体って、A-ダーカストで生命維持されてるも同然の状態なんスよ。ウォパルに居た時からそうだったんス」
 
このことから導き出される懸念。
 
「そっか!対抗フォトンのさじ加減を間違えたらヴィエンタさん死んじゃいますね!」
「そんな明るいトーンで言わないで欲しいっス……」
 
殺さないように加減してしまうと浄化しきれない、あるいは誤って殺してしまう──。
『オーヴァ』へ奪還に乗り込む際に自分たちの体に仕込む対抗フォトン・及びライアに投与する対抗フォトンはこれで良い。しかし、ヴィエンタを助け出す際はそうはいかない。万一戦闘にもなれば、加減できるとも限らなかった。
 
暫し4人で考えを巡らせていると、シルファナが「……あ」と声をあげた。何か名案が浮かんだのかと、3人は一斉にシルファナに注目した。
 
「シルファナさん、なんか思いついたっスか!?」
「はい……ひとつだけ、完全浄化のリスクを減らせる方法があります」
「おおおお!?どんなのっス!?」
「ルイスうるさい」
 
ルイスが興奮気味に身を乗り出すのをノエルが制したのを見届けてから、シルファナは説明を続けた。
 
「まずは、『対抗フォトン』でヴィエンタのA-ダーカストを生命維持必須ライン直前まで削り、次に『抑制フォトン』で抑え込みます。そして、抑え込んだA-ダーカストを、時間をかけて『対抗フォトン』で浄化、以降、生命維持必須ラインを維持するよう『抑制フォトン』を定期投与。2つのフォトンを併用し、リスクを減らす方法です」
 
彼女の発案に、ルイスとブランクは「おお……!」と感嘆の声を上げた。しかし、ノエルだけは未だ眉を顰めていた。
 
「名案だと思う。でも、対抗フォトンでA-ダーカストを削るのは戦える人たちの役目だとして。抑制フォトンの微調整は、素人じゃ無理。……シルファナ、あなた自らも『オーヴァ』に乗り込むつもり」
 
ノエルの問いに、シルファナは一切たじろぐことなく、
 
「そのつもりです。私はアークスでもありますし、可能でしょう?それに、私もヴィエンタを自分の手で助けだしたいんです。臆病風に吹かれて、打てる手を打たないなんて、またあの子を裏切ってしまうことと同じですから」
 
と、答えた。
強い意思を宿した眼と語調で語られた決意を目の当たりにし、ノエルとルイスは自分たちまでも引き締まる思いになった。そして、顔を見合わせて頷き。
 
「……分かった。そこまで決意が固いなら、シルファナの気持ちを優先する。支援は、任せて」
「ヴィエンタちゃんを助けたい気持ちは俺たちも同じッス!安全のためにも策を練らなきゃッスねー!」
 
シルファナの想いを受け、2人はいっそう張り切った。シルファナは微笑んで、ありがとうございます、と告げた。
一方、強気な3人の様子をぽかんとしながら眺めていたブランクは、はっとして声を上げた。
 
「ぼ、ぼくも全力で支援させていただきますね!アークスではあるんですけど、戦いはどうにも苦手で!はい!!」
「ええ、出来ることで構いません。無理はして欲しくないですし……。本当に、ありがとうございます」
 
作戦も4人の意思も固まったところで、ライアたちにもその旨を伝えに行った。
そうして、研究室は作戦に向けての研究と準備に勤しむこととなったのだった。
 
 
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同じ日。
 
メイたちのマイルームでは、ルガのアークス復帰許可を待ちつつの団欒で賑わっていた。
めぐとナナリカがキッチンに立ち、わいわいと昼餉の準備をしている。それを微笑ましく眺めながら、復帰許可について話していた。
 
「今日で1週間かあ……」
「そう簡単にいくものでもないだろう。信じて待っていよう」
「うん。早くパパと任務行きたいな〜」
 
メイは待ちぼうけているかのように両肘をテーブルについて、両足をぶらつかせた。そんなメイに言葉をかけたアテフも、内心では許可が下りるか否かを案じているのか、腕を組んで視線をテーブルに移して俯いた。
 
「まあまあ、何とかなるだろ!ていうか、オレのことよりもだな……」
 
ルガ本人は何も心配している様子もなく、むしろ他のことに気がかかっているようだった。
 
「なんといっても、ヴィエンタが心配だな。そのバカ親共に捕まって随分経つんだろ?」
 
眉を少し顰め、メイの方を見ながら、心配事を口にした。
ルガのことも心配だが、メイの中にはそれ以外の多くのことも渦巻いている。中でも、今はヴィエンタのこと。それを見透かしていたのだった。
 
「うん……何されてるか分かんないし、すごく心配だよ。いや、されてることっていえば、ライアお姉さんの報告通りヴィエンタを『完全』にする……ってことなんだろうけど……」
 
『完全』。それは言うまでも無く、ヴィエンタをダークファルスとして完成させるということだろう。
重たい空気が流れ、皆言葉が出なくなったと思った時、再びルガが沈黙を破った。
 
「あっちの手に渡っちまった以上、『オーヴァ』に潜入出来ないオレたちには食い止められないのが歯痒いな。……けど!やる事は変わらねえ!『A-ダーカスト』に飲まれて『完全』とやらになっちまうなら、オレたちがそいつを引っぺがして救い出すッ!!だろ?」
 
立ち上がり、拳を握って、メイとアテフの目をしっかりと捉えながら、力強い笑顔で2人を激励した。
メイとアテフは、ルガの言葉と笑顔につられて、暗い表情から一転した。
 
「……うん、そうだよね。手遅れなんて無い。絶対絶対、ぜーーーったい助けてみせるんだから!!」
「違いない。俺まで危うく、陰鬱としてしまうところだったよ」
 
3人に笑顔が灯ったところで、丁度昼餉も出来上がり、キッチンで話を聞いていためぐとナナリカも続いて励ました。
 
「そうそう!助けるためにも精力付けないとね!」
「そーだそーだっ!いつそのお達しが来ても良いように、しっかり食べるのだぞ!」
2人で「召し上がれ!」とテーブルに料理を並べていく。3人も「いただきます」と応え、明るい空気のままに食事が始まった。
 
 
 
 
 
 
昼食を終え、皆で食器を片付けようと動き出した時、来客を知らせるインターホンが鳴った。全員がはっとして顔を見合わせ、アテフが頷く。
 
「どなたかな?」
 
アテフが応答すると、来客は自己紹介も程々に用件を告げた。
 
「シャルラッハです。それと、化も来ています。例の復帰許可に関する知らせと……」
「それは許可の話の後でいいでしょ〜。どの道『みんな』に話すんだからさ〜」
「それもそうか……。と、言う訳です。今お話することは可能でしょうか?」
 
来客は、ルガの復帰許可・そしてこれまでにも世話になったシャルラッハ。そして化という男だった。
復帰許可の知らせ。これが果たして、いい知らせなのか悪い知らせなのか。また、「後」の話が何なのか。希望、不安、両方を抱えながら、アテフは両名を部屋に招き入れた。
 
「有難うございます。なるべく手短に話します」
 
招き入れられた2人はテーブル脇に立ち、早速用件を告げ始めた。
 
 
「まずはルガ殿の復帰許可に関する知らせです。無事、許可が下りました。手続きが済めば今日からでも任務の受注が可能になります」
 
シャルラッハの言葉に、一家はわあっと声を上げ、喜んだ。
 
「マジか〜!!!やったあー!!有難う!!」
「礼なら化に。彼が主に動いてくれていたからな」
 
と、シャルラッハは一緒に来ていた男──化に顔を向けた。メイとルガも化に向き直り、礼を告げた。
 
「化お兄さん、本当にありがとう!」
「感謝してもしきれん……かたじけない!」
「どういたしまして~。でもまあ、くれぐれも無理はしないよーに。って、総司令が言ってたよ~」
 
無礼ともいえる気怠げな返事だったが、2人は意に介さず、総司令からの伝言にも深く頷いてみせた。
 
「それと、先程言いかけていた話ですが……」
 
3人の話が済んだと見るや、シャルは次の用件へと話を移した。そしてまた化の方を見た。
促された化は、相変わらずのゆったりとした口調で、重大事項を告げる。
 
「『旧106番艦 オーヴァ』のこと。粗方調べがついたから、落ち着いたら研究室においで〜。みんなに纏めて話すから」
「!!」
 
一家の間に、緊張が走った。同時に、ヴィエンタを救い出す手立てに繋がるかもしれないという希望も。皆は顔を見合わせ、考えることは同じだと言わんばかりに頷き合った。
 
「落ち着く落ち着かないって、そんなこと言ってられないって!今すぐ行くよ!!」
 

 

メイがいち早く、全員の逸る気持ちを背負ったかのように、シャルラッハと化を追い越す勢いで駆け出した。シャルラッハと化はそれを小走りで先導し、研究室を目指した。