35-遍く縁は希望のために-2

 

一家が研究室を訪れた2日後。

 

『P.P.L』のロビーでキョロキョロと忙しなく辺りを見回す、小さな人影があった。背の低い、白のショートヘアにネコミミをつけ、白いベルディアコートの少年。腕には何かが入っているらしい包みを抱えていた。この場に似つかわしくない装いの彼に、ロビーを行き交う研究員たちはことごとく視線を送る。

この少年──リアンは、こう見えてもアークスの一員。そして、あのライアに師事しており、シルファナとも友人である。彼はこの2人に用があり、『P.P.L』を訪れていたのだった。

 

受付を見つけると、小走りに向かい、カウンターに控える係員の女性に声を掛けた。

 

「すみませーん!えっと、僕はリアンっていいます、シーナ姉さん……シルファナ姉さんと、ライア姉さんに会いに来たんですけどっ」

 

自分の背よりも若干高いカウンターから顔を出すために、ひょいと背伸びをし、その拍子に語尾が少し跳ねた。

リアンの名乗りと彼が口に出した人物の名前を聞いて、受付嬢は隣にもう1人控えていた同僚に、何やら耳打ちで相談した。それが済むと、今度は受付嬢から尋ねてきた。

 

「ライアさんのお弟子さん、ですね。どのようなご用件ですか?」

 

ライアがいつの間に話していたのか、彼女もライアとリアンの関係を知っているらしかった。

 

「シーナ姉さんがまた頑張りすぎてないか、見にきました。あと、これ差し入れなんですけど……ライア姉さんたちに、渡してきてもいい?」

 

受付嬢はリアンの答えに、少し目を丸くしたあと、耳に付けていた端末を使ってライアと連絡を取った。手短に済ますと、リアンに視線を戻し、

 

「可能です。ライアさんの研究室は右手の通路奥にございます」

 

と、手で通路を示しながら答えた。

リアンはぱっと笑って、「ありがとうございます!」と礼を一言置いて、足早に研究室へ駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

研究室の扉の前に立ち、インターホンを押す。すぐに応じて出てきたのは、ブランクだった。

 

「あなたがリアンさんですね!わざわざこんな所に有難うございます〜!ライアさんたちは奥にいらっしゃいますから、ご案内しますね!」

「う、うんっ!えっと……?」

「あっ、ブランクと申します!ライアさんの助手をやらせてもらってる者です〜!」

 

自己紹介を交えながら研究室の中へ進むと、長机が置かれたスペース──いつもメイたちとライアたちが集まる場所──が見えた。2人が辿り着くと、少し遅れてライアが現れた。

 

「久しぶりねぇ、リアン〜。どお〜?腕はちゃあんと上げているのかしらぁ」

「もちろんだよ!……ライア姉さんには、まだまだ敵わないけど……」

「ふふ、イイわよ〜。ゆっくりじっくり精進なさ〜い?待つ分楽しみも膨れ上がるというものだわぁ」

「そ、そういうものなの?でも、早く追い付けるように頑張るから!」

 

ライアはリアンを、まるで果実の熟れを待つかのような、期待と恍惚が入り混じった目で見つめた。

師弟関係、といっても、リアンが一方的にライアについて回っているだけで、ライアは師らしいことは何一つしていない。最初はついて回られるのを煩わしく思っていたが、最近獲物としての価値を見出し、リアンが最高の好敵手として大成するのを待っているのであった。

 

挨拶代わりの会話を終えて、差し入れを手渡すと、リアンはふと疑問を口に出した。

 

「シーナ姉さんは、手が離せないの?」

「残念ながらねぇ。タイミングが悪かったわねえ〜」

「そっか……。無理とかしてない?シーナ姉さんもだけど、ライア姉さんも」

「私が無理してるように見えるワケ〜?シルファナちゃんは今日で二徹目みたいだけれどぉ」

「ええっ!?シーナ姉さんったら、やっぱり無理してる……!ライア姉さんも止めてよ!」

「せっかく研究に没頭してくれてるのを止めるなんて野暮よぉ」

 

ライアの答えに、リアンは大きくため息をついた。ライアが人の無茶を止めるようなお人好しではないことは分かりきったことだった。

無理をするなと言っておいてほしい、なんて言っても返事だけしてあとは適当だろうな、と、リアンはそれ以上ライアに何か願うことはなかった。

自然と話題は転換され、リアンはまた新たに湧いた疑問をつぶやいた。

 

「そういえば、ライア姉さんとシーナ姉さんは、ここで何の研究をしてるの?」

 

尋ねられたライアは、少し思案した。いつもなら何かしらの返答をすぐに返すライアのこの様子に、リアンは首を傾げた。

 

「……まあ、アナタになら話してもイイかもしれないわねぇ」

「えっ……、もしかして悪い事してるの!?」

「そんなワケないでしょ〜?」

 

ライアはわざとらしく呆れてみせ、それからここで行われている研究と、研究に至る経緯を説明した。シルファナだけでなく、シャルラッハたちも関わっていたのに、全く気が付かなかったことに驚いていた。同時に、話に出てきたヴィエンタの名が引っかかり、うーんと唸りながら首を傾げ、俯いた。

 

「どうかしたの〜?」

「……ヴィエンタさんって確か、シーナ姉さんが昔の研究室で友達だった人、だよね?」

「そうみたいねぇ。やたらと熱心なのもそのせいでしょうね〜」

「そっか……」

 

訊くと、また何やら考え込んだ。

シルファナの過去は、シャルラッハの口から聞いたことがある。ヴィエンタとのこと、研究のこと、そして……もうひとつ。

 

「もしかしたら、『あの人たち』も力になってくれるかもしれない……」

「だぁれ?その『あの人たち』っていうのは〜」

 

かつて、シルファナとヴィエンタと共に研究に勤しんでいたという人物たち。奇遇にも、リアンにはその人物たちの所在の心当たりがあった。

 

「確か、ルイスさんとノエルさん、だったと思う!」

 

 

 

 

---

 

 

 

リアンの両親は、アークス船団の各シップに点在するホテルチェーンを経営している。

ルイスとノエルは、過去にそのホテルのひとつを利用していたのだ。シャルラッハから2人の名前を聞いた時も、どこかで聞いたな、と感じていたが、それがこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。

リアンの両親が経営しているホテルのいくつかが利用されているあたり、どうやら2人はひとつところに留まらず、宿泊施設を転々としているようだった。……それが、かの研究室の瓦解以来、ある人物に追われているためだとは、リアンは知る由もなかったが。

 

リアンからの説明を聞いて、ライアは満足そうな笑顔を湛えた。

 

「手が増えるのは嬉しいわぁ。しかもそれが、シルファナちゃんの古巣のお仲間さんだなんて……期待できそうね〜?」

「うん!ひょっとしたら、またお父さんとお母さんのホテルに泊まってるかもしれないと思ったんだ。早速連絡してみるね!」

 

リアンは端末を取り出すと、通話で両親に連絡を取り、ルイスとノエルがどこかのホテルに泊まっていないか尋ねた。両親が調べてくれているのか、リアンの沈黙の間がしばらくあった。そして。

 

「ほんとっ!?あのね、その2人に用事があって。どこにあるホテル?……うん、わかった、有難う!」

 

意気揚々とした様子で通信を切ると、明るい表情のままライアに向き直った。

 

「ルイスさんとノエルさん、いるって!」

 

結果を聞いて、ライアもニコリと微笑んだ。

 

「でかしたわ〜。あとは2人をココに呼ぶだけねぇ……」

「もう、分かってる!僕が迎えに行って、連れてきたらいいんでしょ?」

「流石リアン〜。その通りよぉ、早速お願いできるかしらぁ?」

「うん!」

 

リアンは返事をしながら既に踵を返しており、ぱたぱたと扉へ駆けて行った。

ちょうどリアンが出て行ったタイミングで、シルファナが顔を出しに来た。

 

「なかなか戻ってこられないので……。何かあったんですか?」

「さっきまでリアンが来てたのよ〜。コレ、差し入れですって。律儀なコトよねぇ」

「そ、そうだったんですか!?どうしてまた……」

「アナタのことが心配で見に来たんですって〜。それと、嬉しいお知らせもあるわよぉ」

「嬉しいお知らせ……?」

 

ライアはニヤニヤと笑いながら、事の次第を告げた。

シルファナは、リアンからもたらされた懐かしい人物たちとの再会に心底驚き、そして喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間ほどが経った頃。

 

扉の前で、ライアとシルファナがリアンたちの到着を待っていた。シルファナは表情にこそ出さないものの、内心そわそわと落ち着きがなかった。

 

そして……。

 

「ライア姉さん!シーナ姉さん!連れて来たよ!」

 

外側からのリアンの声で、ライアは扉の開閉スイッチを押し、開け放った。

 

リアンと……ルイス、ノエルの姿が、目に飛び込んで来た。

 

「!!……」

 

シルファナは、思わず両手で口元を覆いながら感激した。

リアンは脇に退いて、ルイスとノエルに前へ出るように促した。促された2人は、各々シルファナを見つめていたかと思うと、ルイスが突如声を上げた。

 

「シルファナさん……シルファナさんだ!!シルファナさんっス!!シルファナさんっスよ!!!」

「何度も言わなくてもわかる。うるさい」

「ちょ、せっかく再会できたのにドライすぎねっスか!?」

「そんなことない。……シルファナ、無事でよかった」

「ホント、ホントに良かった……!オレたちもこのとーり、なんとか生きてるっスよー!!」

 

以前と何ら変わらない2人。懐かしさと嬉しさが腹の底から込み上げる感覚がして、それはそのまま歓喜の嗚咽と涙として漏れ出した。

 

「ルイスさん、ノエルさん……っ、……あなたたちも、無事で本当に良かった、です……!」

 

休み休み、言葉を絞り出す。ルイスはそんなシルファナを見て貰い泣きしてしまった。ノエルは若干呆れつつも、顔には穏やかな、安堵したような微笑みがあらわれていた。彼らの様子を見守っていたリアンも嬉しそうに笑っていた。

 

いつもと別段変わらぬ様子で眺めていたライアは、3人が落ち着くと、本題である研究内容について触れた。

 

「感動の再会のところ悪いけれど〜。アナタたちをココに呼んだのは、手伝って貰いたいコトがあるからなのよねぇ」

「手伝い……ここで手伝いってことは、またシルファナさんと一緒に仕事できるんスか!?」

「そういうコト〜。それに研究内容もアナタたちにうってつけよ〜?」

 

ここでの研究内容の説明と経緯を聞くにつれて、2人の表情は真剣なものに変わっていった。

ヴィエンタが今、そんなことになっているとは──。聞き終えると、2人顔を見合わせ、強く頷いた。

 

「そんなの、引き受けるに決まってるっス!!オレたちで、ヴィエンタちゃんを救うっスよー!!」

「ボクも、同じ意見。……シルファナ、またよろしく。それと、ライアも」

 

快諾してくれた2人に、シルファナは笑みをこぼしながら頭を下げ、ライアは満足げに頷いた。

 

「有難うございます……!また一緒に、頑張りましょう!」

「宜しくお願いするわ〜」

 

こうして、ひとまわり、研究室が賑やかになった。

 

 

 

 

 

かの研究室の瓦解の日、2人で交わした決意と約束。それを果たすには、あと1人。

ヴィエンタを救い出し、また4人一緒に過ごすために。4人一緒に、幸せになるために。ひと時も忘れずにいたこの決意と約束を改めて抱き、ルイスとノエルはシルファナと共に研究室の奥へと踏み入れた。