意識を失っているルガと共に帰還すると、一家でメディカルセンターに赴き、自分たちも手当てを受けつつルガの入院の手続きをした。
このあと、『P.P.L』へ戻る予定……なのだが。
「……メイ、お前はルガ殿の側に居てやりなさい」
「んえっ!?だ、大丈夫だって!」
メディカルセンターを出ようというところで、アテフが明らかに後ろ髪を引かれていたメイを見かね、残るよう促した。
「なーにが大丈夫だ。顔に『心配』って、でかでかと書いておるぞ!」
「ねー、ほんと分かりやすいんだから!あっくんの言う通り、メイちゃんは残りなよ。報告はボクたちに任せて!」
ナナリカとめぐも、同じように促す。3人から強く後押しされた末、メイは申し訳なさそうながらも笑顔で、
「あはは〜、うん、ありがと!」
と礼を告げて、ルガの病室へ引き返していった。
「……」
「ふふ、あっくんもルガさんのこと心配なんでしょ」
「……お前には敵わんな。だが報告をお前たちだけに任せるのはいささか心許ない。俺は『P.P.L』へ行くよ」
「何それー!頼りにしてくれたっていいのに!」
「そうは言ってもめぐ、ワタシはライアと面と向かって話す自信はないぞ」
「そりゃあ、あの人はちょっと怖いけど……」
「良いから、2人ともついてきなさい」
ナナリカとめぐが言い合いになりそうな所で、アテフが2人の会話を制し、先頭に立ってメディカルセンターを出る。2人も慌てて、そのあとをついていった。
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「あ……お、お帰りなさい!メイさんのお父さんのこと、聞きましたよ〜!よかったですね!」
ライアの研究室に入って一番に出迎えてくれたのは、ブランク。にっこりと笑い、帰還とルガの救出成功を祝った。
「うむ。かたじけない。して、早速事の次第の報告をしたいのだが」
「は、はいー!!こちらへどうぞ!!」
以前話を行ったスペースまで、ぱたぱたと駆けて案内してくれた。何故だかすこしオドオドとした様子だったが、このときは気にも留めなかった。
テーブルが並べてあるスペースに辿り着くと、シルファナ、アルファ、そしてライアが、すでに席についていた。
「ハア〜イ。待ってたわよぉ。今回はどちらかというとこちらから報告する事の方が多い気がするけれどぉ」
「ああ……まあ、そうなるか。こちらはルガ殿を無事助け出すことができた……おそらく、オペレーター殿からも聞いているであろう」
「聞いたわよ〜。良かったじゃな〜い?」
ライアは相変わらず、薄ら笑いを浮かべながら話している。アテフはどうにも、彼女のこの気味の悪い笑顔には慣れなかった。
と、ふと他の面々を見渡してみる。シルファナは青い顔をしながら俯き、ブランクはそわそわと落ち着きがない。アルファのみ、至っていつも通りの様子だった。
彼らを見て、アテフは思わずライアに尋ねた。
「何か、良からぬことでもあったのか?」
尋ねられたライアは、一体何のことかときょとんとするが、両隣の面々の表情を見て、「ああ〜」と呆れたような声を発した。
「ブランクもシルファナちゃんも大袈裟よお〜?私は大丈夫だって言ってるじゃないのぉ」
「ライア殿……一体何のことだというのだ?明らかにただ事ではないだろう」
アテフは少し身を乗り出し、改めて尋ねた。ナナリカとめぐも互いに顔を見合わせながら、ぽかんとしている。
「ま、それも話がてら報告としましょ〜」
ライアは、まずカルミオから聞き出したことを話し始めた。
ヴィエンタに宿っているダーカー因子は『A-ダーカスト』という名称であり、その改良型が開発されていたこと。
ヴィエンタは、両親によって『A-ダーカスト』を植え付けられた、いわば生物兵器であること。
改良型『A-ダーカスト』を、攫ったヴィエンタに植え付けようとしているのであろうこと。
そして、『オーヴァ』にはおそらく大規模な研究施設があること。新兵器、クローン、ダーカーやダーカー因子に関する様々な研究が行われていること……。
一連の報告を聞き、アテフは怒りを露わにしていた。ナナリカとめぐも、「胸糞悪い」といった表情をしていた。
「我が子をそのように……何の目的で……。到底、許される行いではない」
「アークスを根絶やしにするとか何とか言ってたわねえ。そうまでしてアークスを憎む理由は分からないけれど……ま、今はどうでもいいわねぇ」
どうでもいい、という物言いに、益々苦い表情になるアテフ。しかし、ここは堪えて、話を続けた。
「それと、『A-ダーカスト』だったか。その改良型がすでに作られているとなると、対抗フォトンの研究はどうなってしまうのだ?」
アテフが『A-ダーカスト』の話題に触れた瞬間、シルファナとブランクの表情がまたひとつ曇った。研究が白紙になりかねないのだから無理もない──と、アテフは納得したが、彼らが心配しているのはそのことではない。
「それなら心配要らないわ〜。サンプルを沢山持って帰ってきたんだからぁ」
「サンプルだと?」
「ええ。あの男、自分の体に改良型の『A-ダーカスト』を植え付けていたのよぉ」
「…………なっ、まさか!!?」
アテフはライアの言葉の先を察して、思わず立ち上がる。
「だから大袈裟よぉ。御察しの通り、改良型の『A-ダーカスト』は私の中にあるわ〜」
「なんという無茶なことを……!!」
ブランクとシルファナの表情が暗かったのは、そういうことか。アルファが平然としていることが少し気にかかったが、今はそれは置いておき。
めぐとナナリカもこれには大きな声を上げて動揺した。
「そんな……いくら強いって言っても、危険すぎるよ!!」
「そうだぞ……!!何かあったらどうするのだっ!!」
「ライアさんがダークファルスになっちゃったら誰も太刀打ちできないよ!!」
「そうだそう……じゃない!!心配するところそっちなのか!?」
「だって!!」
めぐは至って真剣だった。この2人の様子を眺めながら、ライアは面白そうに笑っている。シルファナとブランクは、何が面白いのだと言いたげな目で、ライアを見ていた。
「心配しなくても、ダークファルスになんかならないわよぉ。それと、そんなに心配するくらいなら、早々に研究に移らせてもらいたいんだけど〜?」
「……そう、だな。報告すべきことも全て済んだのだから、我々はお暇しよう。『オーヴァ』に関する調べも、引き続き頼む」
「はいは〜い。それじゃ、諸々何か進展があったら連絡するわねぇ。それまでは好きにしておいて構わないわよ〜」
「うむ……かたじけない」
アテフはナナリカとめぐを促し、研究室を後にした。
3人が帰って、しんと静まり返ったところで、ライアが立ち上がり、急かすように手を叩きながら、
「さ、始めるわよ〜。いつまでもしょげてないで手を動かしなさ〜い?」
と、ブランクとシルファナに告げ、早々に研究室の奥へ歩き去っていった。
「あ、は、はい……」
まだ暗さの残る声で、ブランクも立ち上がり、横目で恐る恐るシルファナの表情を伺った。まだ落ち込んでいるだろうか……そう思ったが。
「……暗くなっている暇なんて、有りませんよね。ヴィエンタを、必ず『オーヴァ』から解放しましょう。ライアさんも絶対に助けましょう。ね?」
シルファナの瞳には、すでに強い意思が宿っていた。
ヴィエンタのあまりにも凄惨で理不尽な境遇。そうさせた親たち。それらに対する憤りが、ヴィエンタを救いたいという思いを一層強くしていた。自分の娘を実験台にするどころか、生物兵器として仕立て上げるなど、研究者としても人間としても非道そのもの。そんな者たちの手の内に居てはならない。解放せねばならない。
そして、研究のため体を張ってくれたライアのこともある。立ち止まっている場合などではない。
「そ、そうですね……!ええ、必ず成功させましょう!」
シルファナの気概に押され、ブランクにも少し笑顔が戻る。その様子を黙って見ていたアルファも立ち上がって、皆で対抗フォトンの研究を再開した。
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旧106番艦 オーヴァ──。
「────!!!!!!」
カルミオの帰りを待っていたオルディネは、およそ人のものとは思えない金切り声を上げ、頭を抱え、狂ったように髪を振り乱していた。それが落ち着くと、今度は低い声で、怨嗟の言葉を絞り出した。
「アークス……アークスゥウ……!!!!」
オルディネは、カルミオの死を感じ取っていた。
「裏切リ者……裏切り者がァ……今度ハアノ人ヲォ……奪ッテ……奪ッテ……!!!」
怨嗟に呼応し、オルディネの肌をダーカー因子による黒い甲殻が侵食していく。
それを他所に、髪の隙間から目を見開いて、自分の目の前にあるベイゼに駆け寄った。ひしとそれに抱き着き、縋るように頬を擦り付けた。
「コノ子ダケハ……コノ子ハ……渡サナイ……。可愛イ……可愛イ……娘……」