33-遍く幸せを取り戻すために

 

研究室を後にしたアテフたちは、もう一度メディカルセンターを訪れ、メイとルガの様子を見に行った。

病室を開けると、ルガが眠るベッドの脇の椅子に座ってルガを見守っていたメイが振り向き、手を振ってきた。

 

「やほー!……パパはまだこの通りだよ。でも、安定はしてるからもうすぐ目が覚めるだろうってお医者さんが言ってたよ!」

「そうか……。ルガ殿のことは一安心だな」

「うんうん!それで、そっちはどーだったの?」

「ああ……実は色々と、大変なことになっていてな……」

 

アテフが暗く目を伏せると、メイも不安げに眉を下げた。

アテフとナナリカ、めぐも交え、ライアから聞いた話を何一つ漏らさず話す。そのうちに、メイの表情は怒りやら悲しみやら心配やら、複雑に変化していった。

 

「……ヴィエンタ……」

 

明かされたヴィエンタの過去──ヴィエンタがメイたちの家に引き取られるより以前の──を、頭の中で反復する。

ヴィエンタが「もういい」と言っていたのは、己がダーカーの生物兵器であり、自分の行いはその機能を果たしていただけのことであり、どうやってもメイたちを幸せにすることなど出来ないのだと悟ったからなのか。或いは、どうやっても自分はメイたちの元へは戻れないと思ったからなのか。否、その両方かもしれない。

 

ヴィエンタの「もういい」に込められた思いの重さが、今になってのし掛かり、思わず声を荒げてしまったあの時の自分を、メイは酷く悔やんだ。同時に、ヴィエンタの両親への憤りも混ざり、綯い交ぜになった感情で両の拳に力が込もった。

 

「あたしたちが絶対に、ヴィエンタを連れ戻す。そのために、ライアお姉さんたちも頑張ってるんだ。諦めなんかするもんか」

 

メイの言葉に、アテフたちも強い決意を秘めながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

話を終えると、全員で病室に残り、ルガの様子を見守っていた。

色々と気にかかることはあるものの、自分たちにできることは何もない。唯一、ルガを明るく迎えることが、今やるべきことで、出来ること。皆そう考え、ルガのベッドを囲んで、退院した日のご飯は何がいい、部屋はどうする、など、賑やかに話し合っていた。

 

……その賑やかさに呼び起こされたのか、ルガがようやく、うっすらと目を開けた。

それにいち早く気付いたメイが身を乗り出し、ルガに声を掛けた。

 

「パパ……!!パパッ!!あたしたちのこと、分かる!?」

 

隣の病室にも聞こえるのではないかという勢いだったが、アテフもナナリカもめぐも、ルガの目覚めに気を取られ、咎めることを忘れていた。4人でルガを覗き込み、ルガの答えを待っていると。

 

「──勿論さ。……メイ、アテフ。それと……ナナリカとめぐ、って言ったか。有難う。それと……ごめんな」

 

ルガは微笑み、そして悲しげに声を落とし、答えた。

10年越しの父の声。メイの目には、感情を追い抜いてひとりでに溢れてきた大粒の涙が湛えられていた。少し遅れて、自分が泣いていることを自覚すると、慌てて涙を拭った。

 

「ま、待って待って!!やだやだ、笑って迎えようと思ってたのに……待ってよ……」

 

メイの制止も虚しく、涙は溢れて止まない。そんなメイを見て、ルガは優しく微笑んで、少し寝返りを打って、メイの頬に手を伸ばし、撫でてやった。

10年越しの父の温かみ。余計に涙が溢れ、もうどうにもならないと諦めて、泣きじゃくりながらルガの胸に飛び付いた。

 

「もおおおお……!!パパぁ!!パパああああああっ……!!おかえり、おかえりっ……」

「……ただいま、メイ」

 

ルガは優しく笑って、メイをしっかりと抱き締めてやった。

アテフはそれを見守りながら、今までになく穏やかな表情をしていた。その向かいでは、ナナリカとめぐがメイに影響されて貰い泣きをしていた。

 

「何故めぐまで泣いておるのだ……」

「ナナリーだって泣いてるじゃん……」

「う、うるさい……!」

 

言い合いながらも、すぐあとに「本当に良かった」と呟いて、2人も安堵の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

メイが落ち着いてから、しばらく談笑をしていたが、ルガがふと一家を見回し、次に微かに悲しげな表情を浮かべた。それを見逃さなかったメイが、ルガの心中を代わりに口に出した。

 

「ヴィエンタがいないな、って思ったでしょ」

「うお……。鋭くなったもんだなあ、メイ。その通りだよ。ヴィエンタのことは、どうなんだ?あの子のことも探してるだろ?」

 

あんなことがあっても、ルガはヴィエンタを責めるどころか、案じていた。いっときでも家族として過ごした彼女のことは、娘のように想っていたし、その娘がきっと不幸に見舞われているのだろうと思えば、放ってなどおけなかった。

メイは頷いて、これまでのヴィエンタの様子や、今までに起きたこと、そしてライアから受けた報告を、事細かに説明した。休み休みに少しずつ話していると、気付けば1時間を過ぎていた。

ルガの心中には、悲しみや怒り、やるせない思い、居ても立っても居られない気持ちなど、様々な感情が混在していた。10年の間に起きたこと全てが、一気に押し寄せ、受け止めたそばから綯い交ぜになっていく。話を全て聞き終えてから、それらを整理するため、何度か問答を繰り返しては、考え込んだ。そうしてようやく整理出来た頃には、泣きそうに顔を歪めていた。

 

「考えちゃいけない事なんだろうが……あの時、ヴィエンタを迎え入れてなきゃあ、余計な不幸を背負わせずに済んだのかもな、なんて思っちまう……。ヴィエンタを斬った時点で、オレらの運命は決まってたが、それを見ずに済んでいたなら……」

 

思い詰めて、そうこぼした。しかしメイは、すぐさまこれに反論した。

 

「それは違うよ。パパがヴィエンタを連れてきてくれたから、今助けようとしてくれる人がいっぱいいるんだ。あたしたちは勿論、友達のアークスや、研究室の人たちも」

 

ルガの感じている一種の責任。これは、理解できる。でも、ヴィエンタと過ごしたあの2年間の想い出を否定しているように聞こえ、思わず強い語調で身を乗り出していた。ルガはまだ、過去に囚われ、向き合えていない。無理もないが、それを考慮する冷静さは置き去りに、メイは更に続けた。

 

「それに、ヴィエンタのことを知らないでいたら、パパをダークファルスにしたヴィエンタのこと、何も分からずに恨んでたかもしれない。やっつけてやるって思いながら過ごしてたかもしれない。……そりゃ、ちょっとはヴィエンタのせいでーとか思ってた時期もあったけど、やっぱ大事な幼馴染で、家族だから。前みたいにまたみんなで笑って過ごしたい」

 

メイの剣幕に、ルガだけでなくアテフたちも少したじろいでいた。そして、ルガは自分の情けなさに、溜息をつきながら頭を抱えた。

 

「オレは10年闇に浸ってた間に、随分弱っちまってたらしいな……。メイの言う通りだ」

 

ルガの様子に、メイははっとして、「ごめん、きつく言い過ぎた」と小さくなった。ルガは気にすることはないと首を横に振って見せた。そして今度は、強い光を湛えた瞳で訴えた。

 

「オレも、またヴィエンタの心からの笑顔を拝みたい。幸せだった頃をもう一度、今度はずっとずっと、皆と過ごしたい」

 

メイはそれを聞き届け、アテフたちとも顔を見合わせ、微笑みながら頷いた。

重苦しい空気が和らぎ、ようやくナナリカとめぐも言葉を発した。

 

「ワタシも一家の一員として、奴を迎え入れたいと思う。……奴の境遇には、思うところがあるしな」

「あっくんに手出ししたことは気に入らないけど……あの人がちゃんと反省してくれて、みんなが幸せに過ごせるんなら、それでいいかな!」

「無論、そうなれるようにワタシたちが頑張るのだぞ!めぐ、恨みが先立って思い切り蹴飛ばしたりするでないぞ」

「しないよそんなことー!」

「しそうだから言うておるのだ!」

 

病室だというのに憚らず声量を大きくしていく2人に、アテフが「やめなさい」と一声かけた。2人は同時に静かになり、「ごめんなさい」と言って縮こまった。

このやり取りで、またひとつ明るくなった病室には、ルガの笑い声が響いていた。

 

「ははは!愉快な家族が増えたんだな。お前たちにも随分迷惑をかけちまったが……迷惑ついでに、これからもよろしく頼む」

 

笑顔でありながら真剣な声色で、ナナリカとめぐに言った。2人はニコッと笑顔を咲かせ、「勿論!」と快く返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてやっと精気が戻り始め、ルガは自身の今後の行動についても考え始めた。と言っても、自分が一家のために出来ることはひとつ。

 

「オレもヴィエンタを連れ戻す協力をしたいことだし、ひとまずアークスに復帰しようと思う。……それに、ダークファルスだった間に色々と罪は犯して来たはずだしな。その償いも兼ねて、ってところだ」

「おお……それは心強い。それに、お前と再び並んで戦うのを待ち望んでいたからな」

 

アテフは珍しく、「わくわく」といった表情をしていた。珍しいが、メイにとってはかつてよく目にしていた表情だった。ルガも屈託のない笑顔で応じていた。

 

(任務に出かける時、2人ともこんな顔してたなあ)

 

この10年見ることのできなかった、2人の「戦友」としての表情。これに再び目頭が熱くなるが、堪えた。

その向かい側で、めぐがいつになくニコニコとしていた。

 

「あっくん、今までにないくらい楽しそう。なんだかボクも嬉しくなっちゃうな」

「同感だ。それにワタシも、あの2人の共闘が見れるのだと思うとワクワクするぞ!」

「分かる!きっとすごいんだろうなー!」

 

先程言い争っていたというのに、今は互いに喜びを分かち合っていた。

 

そして、話は「どうアークスに復帰するか」というところに当たった。ダークファルスであった者がダーカー因子を浄化され、アークスになった、という前例はあるが、とはいえすんなりと復帰できるとも言えなかった。しかし、メイは明るい表情を崩さず、これを打開する方法を話した。

 

「またシャルラッハお姉さんに頼むのはどうかな?シルファナお姉さんに話通してもらってさ!」

「ふむ、それが最も確実だな。また世話になってしまうのは心苦しいが……」

 

となれば、ルガが退院したら一緒に研究室に赴かねば。そう思ったところで、メイは「あっ」と声を上げた。

 

「そういや……アルファ」

「……ああ……」

「ん?なんだ?」

 

メイたちが表情を強張らせたことを気にして、ルガが不安げに尋ねる。

 

「覚えてるかな、白っぽい金髪のちっちゃい子」

「!!あ、ああ……あの子か。彼も研究室にいるのか?」

「うん、協力してくれてるから……」

 

どうしよう、と考え込むメイ。ルガも少し苦い表情をするが、それでもと意を決した。

 

「彼にも礼を言わねばなるまい。行くよ」

「そっか……分かった。んじゃあ、あとは退院を待つだけだね!」

 

こうして話がつくと、病室の扉をノックする音が聞こえた。その後、「失礼します」との声とともに、ルガの担当医らしい女性が入ってきた。

 

「ああ、お目覚めになられたのですね!良かったです!顔色も良いみたいですが、念のため検査をさせていただきますね」

「おお、有難う」

 

担当医もルガの目覚めを心から喜び、慣れた手つきでベッド脇の機材や端末を操作し始めた。一家はじっとそれを見守っていた。

 

「……バイタル良好、ダーカー因子も完全に浄化が完了していますね!」

「おっ!となれば早速今から研究室へ……」

「ダメです!!油断大敵、あと1日は経過観察です!」

 

ベッドから起き上がろうとするルガを、担当医はピシャリと制した。ルガは「むう……」と唸りながら、子どものようにしょげてしまった。

この光景に、再び皆の笑いが巻き起こった。