31-違える想い、重なる願い

 

 

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ルガは黒鎧の下でただ呻いたまま、動かない。以前と同じように、こちらから仕掛けねば攻撃はしてこないと見えた。

メイたちはルガと対話を試み、武器を持つ手と構えを緩める。そして、メイが一歩前に出た。

 

「パパ、一緒に帰ろうよ!パパにもまだ、あたしたちと同じ気持ちがあるから、自分から手を上げたりしないんでしょ?」

 

真剣な眼差しで、優しく語り掛けるメイ。これに次いで、アテフも歩みでた。

 

「ルガ殿にも色々と思う所があるのも分かる。だが、お前の一番の望みと言えば何か……それを思い出して欲しい」

 

ルガの一番の望み……

 

我が子の笑顔。それは、闇に覆われてしまった今もなお、変わらない。

 

──変わらないからこそ、ルガは闇から抜け出せずにいるなどと、この場の誰もまだ知らず。

 

「……グ、ゥ……!!」

「パパ……!」

 

ルガは頭を抱え、何かを振り切るように必死に首を横に振った。

しばらくそうしていると、腕を下ろして荒く息をついた。そしてゆるりと体を起こすと、これまで自ら攻勢に出ることのなかったルガが、ついに双剣を構えた。

 

「なっ、まさか……!」

「まだ飲まれたって決まったわけじゃないでしょ!」

 

動揺して声を上げるナナリカをめぐが落ち着かせ、即座にシフタとデバンドを全員にかけた。

 

「うん、ヴィエンタだって『パパは絶対に帰ってこれる』って言ってたし……それに、これはきっと何かの気持ちの裏返しだと思う」

 

メイがダーカーとなったときは、「助けて欲しい」「悲しい」「怖い」といった負の感情がダーカー因子に作用し、これが攻撃に転じていた。

ルガの今の状況もおそらく、ただ闇に操られているだけではない──メイは自身がそうであったために、普通のダーカーの攻撃意思とは明確に違うことを感じ取っていた。3人もメイの言葉に頷いた。

 

「今はとにかく、刃で語り合うしかないということか……!」

「そうなっちゃう、ね……!」

 

4人も武器を構え直し、ルガの動向に集中した。

 

それ故に、背後から近付く新たな気配に、誰1人気づかなかった。

 

「ちょっと、ライア」

 

突如として聞こえてきた、この状況に似つかわしくない不満げな声。4人が思わず振り向くと、そこには苛立ちの表情を浮かべながら歩いてくる少年……アルファの姿があった。

 

「言われてたサンプルの場所、違うもの置いてあったんですけど」

 

そこには居ない人物への文句を垂れる。

 

「あ、アルファ!?どうしてこんな所に……。それと、ライアさんはここにはいないよ」

「は?いないの?」

 

めぐの言葉で目的の人物が居ないと分かると、表情は落ち着きを取り戻していき、「……そっか」と吐き出した。

そのまま引き返す姿勢のアルファを、めぐが呼び止めた。

 

「ちょっと、この状況見て何もしないで帰るの!?アルファも手伝ってよ!」

 

元より戦闘になっても4人で切り抜けるつもりではあったが、相手はダークファルスと同程度の存在。手は多い方が確実だった。再び語り掛けるにしても、動きを止めねば話にならない。

 

「……分かった」

 

渋々。そう見えたため、メイは不安げな視線をめぐに投げかける。気付いためぐは、「大丈夫」とウィンクで訴えた。それを見届けて、めぐの隣に立つアルファに目をやると、今しがたの不機嫌さは既になく、その目は確かにルガをじっと見据えていた。

この様子に胸を撫で下ろし、メイも再びルガへ向き直った。

 

「何に悩んでるのか、たくさん教えて。もうあの頃みたいに、辛いの隠さなくていいから……!!」

 

子供の頃、ダーカー因子に苦しんでいたことを隠し通していた父を思い浮かべる。あの頃とはもう違うのだと訴えてみせると、ルガはそれに応えているのかそうでないのか、雄叫びをあげ、迫ってきた。

 

黒い風のように唸る双つの刃を、メイのスラストレボルシオが受け止め、往なす。ルガの刃の重みは、出力を上げたフォトンの刃をも僅かにちらつかせる程。メイ1人では捌き切れないと見て、アテフも加勢した。同時に、めぐがメイとルガを飛び越えてルガの背後に回る。ナナリカとアルファはそれぞれ左右へ。四方を囲み、それぞれ隙を突いて動きを止める算段だった。

 

ルガがメイを弾き飛ばし、そうして出来た隙へナナリカのワイヤードランスが飛ぶ。一瞬反応が遅れたルガは片腕をワイヤードランスに絡め取られ、激しくもがく。その力も尋常ではなかったが、ナナリカはしっかりと踏みとどまり続けていた。もがき続けるルガに、アテフがレイジングワルツを撃ち込むも、ルガはそれを空いた片手の双剣ひとつで受け止めた。

 

「やるなッ……!」

 

思わずそう声を漏らすアテフ。互角の鍔迫り合いかと思われたが、ルガはアテフの無防備な腹部を蹴り、引き離した。

アテフは数メートル飛ばされつつもなんとか受け身を取って着地し顔を上げると、ルガがナナリカの方を向いて双剣を振り上げるのが見えた。

 

「!ブラッディサラバンドだ!避けろナナリカ!!」

「くっ……!」

 

やむなく、ナナリカは飛び上がり、その後すぐに放たれたどす黒いフォトンの刃を躱す。しかし、そうして地から足を離してしまったことで、ルガに絡みついたワイヤードランスが不利に働いた。ルガはワイヤードランスの柄を握ったまま宙に浮くナナリカを振り回し、地面へと墜落させた。

 

「ナナリー!!」

 

めぐは攻勢から転じて、ナナリカへレスタをかけようと飛ぶ。しかし、それもまた進路へと放たれたブラッディサラバンドによって阻止された。

 

「っ!!」

「めぐ……!ワタシは大丈夫だ、ルガ殿に集中しろっ!!」

 

幸いパーツへの損傷は少なく、すぐに身を起こしてめぐに叫んだ。ドロッセルのメンテナンスの賜物……であると同時に。

 

「……」

 

ここまでの戦闘の流れを見ていたアルファは、あることに気付いていた。

 

「変な戦い方するんだね、こいつ。何か考えてるのかな?」

 

不意に放たれた言葉。めぐは切羽詰まった表情で振り向き、

 

「それが分かんないから、探ろうと思って戦ってるんじゃないか!」

 

と言い、すぐにルガへと視線を戻した。

若干の怒気を孕んだ語調だったが、アルファは特に意にも介さず、続行される戦いをただ眺めていた。

が、しばらくすると。

 

「ふーん…なるほどね」

 

にやり、と表情を歪め、悠然とした足取りでルガに歩み寄った。それを見ていたメイが、慌てて声を上げた。

 

「アルファ……!?何してんの!?危ないって!!」

 

余程腕に自信があるのか。それにしたって、油断が過ぎる。

しかし制止の声など聞かず、ついにルガの目前へ。

 

「ねえ、おじさん。僕と遊ぼうよ」

 

子どもが大人にねだるような話し方で、得物であるカタナを抜きながら、ルガに言い放った。そんな語調とは裏腹に、どこか有無を言わせない雰囲気を感じ、メイたちは思わず動きを止めた。

彼に何か手があるのかもしれない──その可能性も信じて。

 

「……ガァアアアアアアッ!!!!」

 

ルガも標的をアルファに定め、襲いかかった。黒い刃が代わる代わるアルファを襲う。しかし、アルファはその全てを躱しながら、無邪気に笑っていた。

 

「おじさん、どうしてちゃんと遊んであげないの?ねえ、ほんとはちゃんと向き合う気、ないんでしょ」

 

が、その笑顔から放たれた言葉は、無邪気とは程遠い。聞いていたメイは、思わず目を見開いた。

 

「どういうこと、なのさ……!?アルファ!!」

 

説明を求めるも、アルファは聞く耳を持たず、ルガへ言葉を叩き付け続けた。

 

「ていうかさぁ……。おじさん、死んで楽になりたいとか思ってない?」

 

にやぁ、と、無邪気さから転じて人の悪い笑みを浮かべる。

 

「酷い話だよねぇ。あの子はお前を救いたくって、ここにいるのに。あまつさえ、そんな子の優しさにつけ込んで、自分を殺させようとするなんて」

 

この言葉で、ルガは猛攻を止めた。

一家の全員も、表情を驚愕に染める。

 

「それ……は、ほんと……なの?何で、」

 

メイはアルファの導き出した、あまりにも残酷な『答え』に疑いを隠せなかった。しかし。

 

今のルガの力をもってすれば、この間に自分たちを戦闘不能まで追い込むことは出来たはず。

例えば、自分がルガに弾き飛ばされた時。あの後すぐブラッディサラバンドを放っていれば、当たっていた距離だった。

アテフを蹴り飛ばしたあの時。一撃で失神させることも出来ただろうに、アテフはなお立ち上がっている。

ナナリカを墜落させた時。無論、パーツ自体が強化されていることも要因ではあるものの、それにしたって損傷が少な過ぎる。

めぐの進路を阻んだ時。めぐに直接ブラッディサラバンドを放っていれば、簡単に動きを止められたはず。

 

(加減、してたんだ)

 

アルファは、これを見抜いていたのだ。

思えば一度目の襲撃の時も、殺させるために自ら攻撃してこなかったのかもしれない。闇の中にあってもメイたちを想うためではなく、自分を始末させるために……。

ルガは、そう考えてしまうほどに、10年もの間で追い詰められていたのだろう。メイの目の前で妻を殺してしまったこと。メイに一生消えない心の傷を負わせてしまったこと。ずっとずっとそれに苛まれ続けていたのだろう。

 

「言い訳するんじゃないよ?お前が死んでも、あの子には何の得にもならないんだから!寧ろ、お前のせいであの子は、一生を贖罪の為にすり潰すことになるんだ。押し付けがましい、誰かさんの独り善がりな偽善のおかげでね!」

 

アルファ自身、このような『偽善』が許せない質だった。口をついて、ルガの心の根深まで掻き回すように、言い放った。その次には、「はははははっ!!滑稽だね!!」と狂ったように笑い出した。かと思えば、すぐに冷めたような表情に戻り。

 

「ね〜え〜?本当に娘にそんなことさせるの〜?それって親としてどうなのぉ?自分のケツを子どもに拭かせようだなんて、なんて情けない子どもなんだろうね」

「……アルファ」

 

メイの呼び声を聞かず、僅かに震えているルガをあざ笑うかのように覗き込み、尋問する。

 

「可哀想なメイ。大好きなパパを二回も失うことになるなんて。期待だけさせられて、また、絶望に引き戻される」

「アルファ」

 

なお、尋問はやめない。

 

「いっそ、自分も死んじゃえばよかったのになぁ!」

 

まるでメイの心を知ったかのように言い放ったところで、メイもこれ以上ない程の声を張り上げた。

 

「アルファってば!!!」

 

ここでようやく、アルファは視線をメイに移した。メイは声を落ち着かせながらも、泣きそうな表情でアルファを制した。

 

「もう、良いよ。……ありがとう」

 

少しの間の後、アルファはひとつ溜息をついて、大人しく引き下がった。あまりの事態に、メイ以外の3人は呆然としていたが、アルファが下がったところで我に返った。

 

「……ルガ殿。本当のところは、どうなんだ。本当にそのような愚かな事を考えていたのか?」

 

アテフが険しく問う。ルガはゆるりとアテフの方へ顔を向けるも、何も答えない。その様子を見て、アテフは唸った。

 

「昔からそうだったな。お前は何か疚しい事があると、すぐに人の目を見ながら押し黙る」

 

過去何十年と、アークスとして苦楽を共にしてきた戦友であるルガの癖は、アテフにしか分からないものだった。

 

「お前が苦しみ思い悩んできたことは、俺にも痛い程分かる。だが、だからといって、自分が死ぬ事で……それも、メイに殺させようとして、本当にメイが幸せになると思っているのか?メイの笑顔がそれで約束されると思っているのか?」

 

アテフが言葉を切ると、今度はメイが口を開いた。

 

「パパの気持ちは、よく分かったよ。ずうっと独りで、10年もいたんだし、考え方が歪んじゃうのは仕方ないっていうか……」

 

でも、と続ける。

 

「あたしはパパを助けたい。またみんなで過ごしたい。そのために、パパが消えちゃってからずっとずっと頑張ってきたんだ。あたしだけじゃない。アテフおじさんも、ナナリカも、めぐも、頑張ってくれたんだよ。それ、全部、蔑ろにしろっていうのかな」

 

目の前のルガに、あのときのヴィエンタを重ねる。

 

もう、いいから。

 

ルガにも、そう言われている気がしたのだ。

 

「──!!!」

 

ルガは、声にならない叫びを上げて、双剣を振り乱した。錯乱しながらふらふらと、しかしとてつもない速さで、メイに襲いかかった。

そこに、アルファが割って入り、カタナで双剣を制する。少しの間、そうして拮抗していると、メイが意を決したように動き出した。

右側へ回り込み、スラストレボルシオの刃を前面に構えて、それを押し付けるようにして体当たりし、そのまま斬り払う。硬い黒鎧が、音を立てて裂かれ、ルガは地面に倒れ込んだ。

まさか、とアテフたちはメイとルガの方へ駆け寄ったが、心配は杞憂だった。

 

「……ウ、ゥ……」

 

ルガは僅かに呻きながら、傍に立ち自分を見下ろすメイを見上げた……そのとき、ぱた、ぱた、と黒鎧に何かが落ちる音がした。

 

「やっと助けられるかもしれないのに、そんなこと思われてたんじゃ、あたしはどんな顔すればいいってのさ……!!」

 

それは、メイの涙だった。

ルガを救い出したい一心で、ついにここまできたというのに、突き付けられた事実。過去と向き合い、真っ直ぐ挑もうとしていたのに、この有様。やりきれず、感情が流れ出す。

それきり言葉が出なくなったメイに代わり、アテフがルガの側にしゃがみ込んで話した。

 

「ルガ殿よ、お前が死んでしまったら、メイは一生こんな表情をして過ごす事になる。それで良い訳がない筈だ。……救いの手を取れ。まだ間に合う」

 

そうして、また暫しの沈黙。

次に言葉を発したのは。

 

「…………オ、レハ……」

「!!」

「メイ、ニ、笑ッテ、ホシ、イ……」

 

幾分か濁りの少なくなった声で、ルガが途切れ途切れに訴えた。

メイははっとして、伏せていた目をルガに向ける

 

──ルガもまた、黒鎧の隙間から紅い涙を溢れさせていた。

黒鎧の所々が僅かに崩れ、小さなダーカー因子の残滓となって消えていく。

 

「パパ……!!」

「な、なあ……まさか自力でダーカー因子を払おうというのか……!?」

 

メイたちのやり取りを見守っていたナナリカが、驚いて声を上げた。

 

「ダメだよ。一人でどうこうできるもんじゃないでしょ、それ……!あたしも手伝う。パパ!!」

 

メイがルガに手を差し伸べる。ルガは、それに応じて、ゆるゆると手を上げ、メイの手を握った。

そうしてルガを起き上がらせると、メイはスラストレボルシオを握り、向き合った。

 

(パパを助ける。殺さない、ダーカー因子だけ、斬る……!!)

 

スラストレボルシオは、即座にメイの思いに従い、出力の演算を始めた。──そして。

 

「……いくよ……!!」

 

メイは駆け出し、ルガの黒鎧へレイジングワルツを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ダークファルスの反応消失を確認。かつ、ルガさんの生存を確認。……良かったですね』

 

倒れ、気を失っているルガを膝の上で寝かせながら、メイはオペレーターに連絡を取っていた。ルガにはもう黒鎧は無く、ボロボロの戦闘服に、「あの日」よりもシワの増えた、しかし見慣れていた顔があった。

その側では、めぐがレスタをかけ、アテフとナナリカもルガを囲んで安堵の表情を浮かべていた。

 

「うん……ありがとう。ほんと……ほんとに、良かった……」

『ええ。……キャンプシップを遠隔操作でそちらのエリアまでお送りします。帰還次第、ルガさんを連れてメディカルセンターまでお越しください』

「ありがと、助かる」

 

キャンプシップがやってくるまでの間、皆で穏やかな談笑をしていた。めぐはふと、少し輪から離れているアルファに目をやる。

 

「……何だよ。結局、自分の娘にさせてんじゃん」

 

アルファは首だけ後ろに向け、離れながら、不機嫌そうに唾をぺっと吐いた。

 

「こら!下品でしょ!!」

「……」

 

注意してもだんまりのアルファを、むっとして睨んでから、また会話の輪の中へ入っていった。