30-すべてを取り戻すために

 

ライアから一家に連絡が入ったのは、2日後のことだった。──「オーヴァ」に留まっていたヴィエンタの両親のうち片方が、ついに動きを見せたのだ。

 

事は一刻を争う。「P.P.L」での集合は行わず、直接ロビーにてライアと合流することになった。

 

「動いたってことは……パパが見つかったってことだよね、多分」

「そうだろうな……正念場になるぞ」

「うむ、必ずやメイの父君を……!」

「連れ戻してみせるってね!」

 

一家は皆、気合い十分に、それでいて緊張の面持ちで、ロビーへ向かって走っていた。

そんな一家の空気など何処吹く風で、ライアはロビーに到着した一家にひらひらと手を振りながら出迎えた。

 

「ハァ〜イ。急な呼び出しによく来てくれたわ〜。ま、細かいことは現地に向かいながら話しましょ〜」

「おっけー、よろしくね、ライアお姉さん!」

 

挨拶も程々に、5人はゲートへと駆け込んだ。キャンプシップは4人用のため、メイ、ナナリカ、ライアの3人と、アテフ、めぐの2人に分かれて乗り込む。ライアはアテフたちへも説明が出来るように通信端末を繋いで説明を始めた。

 

「動き出したのは父親。反応は惑星アムドゥスキアの浮遊大陸エリアに現れたわ〜。で、ついさっきのコトなんだけれどぉ、メイちゃんのパパの反応も同エリア内に現れのよ〜」

「っ!!パパは無事なの!?」

「まだ大丈夫よ〜。けれど……」

 

ライアは端末でマップのホログラムを出力し、ヴィエンタの父とルガの反応の動きを見せた。……ヴィエンタの父が、ルガの反応を追って動いている。ルガは気付いていないのか、どんどん距離を詰められていく。

 

「お、おい!!マズイんじゃないのかっ!?」

「メイちゃんのパパも不完全とはいえダークファルスな訳なんだから、簡単には殺られないわよ〜。どれだけ焦ってもキャンプシップの速度は変わらないんだから、まあノンビリ待ちましょ〜」

「き、キサマ……この状況でよく……!」

「いーよ、ナナリカ。ライアお姉さんの言う通り、焦ったって仕方ないっしょ」

 

通信を聞いていたアテフも、端末越しにうむ、と頷いた。

 

「ルガ殿の強さは俺がよく知っている。信じて良い」

「男の友情って感じで、なんかいいね!」

 

めぐまで呑気なことを、とナナリカのため息が聞こえたが、めぐは意に介さなかった。

 

そうしているうちに、キャンプシップは目的地の浮遊大陸エリア上空へと辿り着いた。ヴィエンタの父──カルミオと、ルガの位置からは少し離れた場所に停め、5人は一斉に降り立った。

 

 

 

 

 

 

「──!!」

「チィ……悪足掻きヲ……」

 

同じ頃、ルガとカルミオは既に戦闘を開始していた。ライアやアテフの予測通り、ルガは接戦を繰り広げ、今は傷一つ負っていない。

しかし、背に無数の黒い腕を持つカルミオとは圧倒的に手数で劣る。ついに捌ききれず、一瞬の隙を見せてしまう。

 

「ここまデだ……」

 

ルガの胸部を貫かんと、背の腕のうちの一本が太い蔓のように姿を変えた。だが、ルガにばかり気を取られていたカルミオは、急接近してくるフォトンの矢に気付かず。

 

「っ!?」

 

蔓はルガを貫く前に、フォトンの矢によって砕かれた。その後間髪入れず、何者かがカルミオとルガの間に割って入り、次はフォトンの刃を抜き放った。カルミオはそれを飛び退いて躱し、着地して攻撃の主を睨み付けた。

 

「貴様……」

「お初にお目にかかるわねぇ〜。アナタと是非お話がしたいと思ってたのよぉ」

 

矢と刃の主は、ライアだった。薄笑いを浮かべ、カルミオにカタナの切っ先を向けていた。

少し遅れて一家が追い付いて、ライアと背中合わせになる形でルガの正面に立った。

 

「パパ……迎えにきたよ!!」

 

メイが一番に声を上げ、得物であるスラストレボルシオを抜く。必ず連れ戻すという決意に満ちた眼差しで、1度目に相見えたときよりもずっと力強くルガを見据えた。アテフ、ナナリカ、めぐもそれぞれの武器を持つ。

 

「ここでお前を救い出す。必ずな」

 

アテフの言葉に続いて、ナナリカとめぐも顔を見合わせながら頷き、ルガへと視線を移した。

 

「そちらは準備万端ね〜?それじゃあ、私たちも気兼ねな〜くお話が出来るように……しないとねぇ?」

 

一家の背後では、ライアがカルミオに不気味な笑みを向けていた。

 

「邪魔ヲするナ……!」

 

カルミオがライアに向けて全ての腕を放つ。ライアは腕の猛攻に飛び込むようにして急加速し、その全てを躱しつつすれ違いざまに全ての腕を斬り刻んだ。そしてカルミオの目前まで迫ると、その勢いのままカルミオの肩を刺し貫きながら、カルミオと共に浮島から落下していった。このすぐ下の浮島までカルミオを引き離し、2人きりになるためだった。

 

(ありがと、ライアお姉さん……!)

 

メイは心の中でライアに礼を告げ、無事を祈った。

暫し、低く唸るルガとの睨み合いが続く。攻撃を躊躇しているようにも、様子をうかがっているようにも見えた。いずれにせよ、あの時と同じく、ルガから仕掛けてくる気配は無い。

メイたちのことを認識し、自ら襲い掛かるのを思い留まることができる位には自我を残している──ならば何故、こちらの声に応えないのか。戻ってきてくれないのか。

 

「……パパ、迷ってるの?」

 

メイの問い掛けに、ルガが一瞬身を震わせた気がした。

 

「あたしやアテフおじさんに迷惑かけちゃったなーとか、あと……ママのこと、とか……。気にしちゃってるから、それで……」

「……グ、ゥ……!!ァアアア……!!!」

 

しばらく大人しくメイの言葉を聞いていたルガが、唸り声を大きくして苦しみだした。

 

「メイ、お前……」

「一回あたしも『あっち側』になったせいか、今ならなんとなーく分かるんだよね。パパがどうして戻ってこれないか……。『気にするな』なんて一言で言えちゃえばいいけど、きっとそんなもんじゃない」

「……成る程、な。ならば、ルガ殿の闇と俺たちも向き合い、心を開いてやるまでだ」

「そーだね……!!」

 

メイは今一度スラストレボルシオを握る手に力を込めた。

今度は、嘘偽りの無い眼でルガを見据えながら。想いを込めた刃を、黒鎧へと振るった。

 

 

 

 

---

 

メイたちが居る浮島より低い場所にある、少し小さな浮島で、ライアとカルミオは睨み合っていた。カルミオは肩に受けた傷を一瞥し、忌々しげにライアに問うた。

 

「貴様モあの男ノ縁者か……?」

「いいえ〜。言ったじゃないのぉ、私はアナタとお話をしに来ただけよ〜?メイちゃんのパパに気を取られて貰っちゃ困るのよねぇ」

 

相変わらず薄ら笑いを浮かべるライア。どうあっても邪魔をしてくるのだろう、と判断したカルミオは、再び背から黒い腕を伸ばしてライアに向けて放った。今度は何本かを地面に埋め、ライアの周囲の地面から腕を伸ばし、彼女を捕らえようとした。

不規則に、そして次々と再生しては、際限なく絶え間なくライアに襲い掛かる。しかしそのどれもが、髪一本ですら触れさせる前にカタナの餌食となった。何処から襲い掛かられようとも、まるで背中や体側にまで目が付いているのかと思える程の正確さと俊敏さで躱しては斬る。そして、僅かな隙を突いて徐々にカルミオとの間合いを詰めていった。

 

(……ふぅん……)

 

何かに気付き、跳び退く。詰めた間合いは再び開き、この様子を見たカルミオは攻勢を止めてニタリと笑みを浮かべていた。

 

「ほウ……。もう気付いタか」

「自分で言うのもなんだけどぉ、こういうコトには敏感なのよ〜。……アナタ、『仕込んでる』わねぇ?『アレ』を」

 

ライアの言葉に、カルミオは心底面白そうに顔を歪めた。

 

「そノ通りだ。邪魔が入ル事モ想定し、『アレ』を……『A-ダーカスト』を我が体内に宿しタ。貴様にハ既に、2つノ道しか残さレていなイ……」

 

『A-ダーカスト』。

ヴィエンタがその身に宿していたダーカー因子。フォトンによる攻撃で浄化しようとした者を逆に侵食してしまう、恐ろしいダーカー因子──。

それが今、自分の体内に取り込まれているというのに、ライアは冷静だった。

本来、自覚症状が出るには数ヶ月を要する。自身が自他のフォトンの変質に敏感であることも勿論だが、この『A-ダーカスト』は自覚症状が劇的に早まる改良か単純に作用の強化でもされているのだろう……と、ライアは推測した。

 

「こノ場で私に殺されルか、ダークファルスと化スか……」

 

カルミオは背の黒い腕を持ち上げ、嗤う。さあ、どうする、と言いたげな、挑発的な笑みだった。

しかし、ライアは表情ひとつ動かさず。

 

「成る程ねぇ。おおよそ、恐怖を煽るために自覚症状を早めさせたんでしょうけど……生憎、こんなコトでいちいち動揺する程甘ったれちゃあいないわよ〜」

「フン……勘違いヲしているナ。自覚症状だけでハなイ。侵食の作用モ従来ノ『A-ダーカスト』ヲ改良していル」

「『改良している』、ねぇ。その口ぶりだと、『A-ダーカスト』の開発と改良はアナタ、もしくはアナタと奥さんが行ったって感じかしら〜」

「そノ通りダ。ソレがどうシた?」

 

話の意図が分からない上に、自分の状況に対してあまりにも無感動なライア。カルミオは少しばかりの気味の悪さを感じ始めていた。

 

「ということは、ヴィエンタに『A-ダーカスト』を植え付けたのもアナタたちだと見て間違い無さそうねぇ〜。言わば我が子をダーカーの生物兵器に仕立て上げた……ふふ、えげつないわね〜」

「アークスを根絶やしニすルためノ、希望ダ」

「そうなのね〜。まあ、今はアナタたちの願いだ希望だなんていうのはどうでもイイわぁ」

 

ライアは相変わらず態度を変えない。これに苛立ちを表し始めたカルミオに、更に告げる。

 

「ヴィエンタを攫ったのも、改良型を植え付けて生物兵器として完成させるためでしょ〜?アナタは一足先に効果を試したかったから、自分にも植え付けた……」

「だカラ、ソレがどうシた」

 

しびれを切らし、カルミオが再び黒い腕を放った。斬れば斬る程、『A-ダーカスト』が体内に蓄積される。安易に攻撃出来まい──

──が、ライアは全く躊躇うことなく、腕を全て叩き斬った。

 

「何……?」

「相手が悪かったわねぇ、アナタ。……2つ、イイこと教えてあげるわぁ」

 

そう言うと、ライアはカタナから弓に持ち替え、フォトンの矢をつがえた。

 

「1つ目。ヴィエンタみたいに子供の頃から『A-ダーカスト』漬けだったならいざ知らず、アナタみたいな付け焼き刃程度の『A-ダーカスト』じゃあ……私を即刻喰らい尽くすコトなんて出来ないわよ〜」

 

矢に込められるフォトンは、どんどんその力を増していく。周辺の大気をも震わせる程に強く、強く。

ライアの有するフォトンの量、強さは常軌を逸脱している。対抗フォトンではないので当然侵食からは免れないが、この膨大なフォトンは『A-ダーカスト』が喰らい尽くすにはあまりにも時間がかかりすぎるのだ。

カルミオの顔には、驚愕の色が表れていた。

 

「2つ目。つまりアナタは、私にみすみす改良型『A-ダーカスト』のサンプルを差し出してしまっているってコトよぉ〜」

「ッ……!!」

 

『A-ダーカスト』に限らず、体内に蓄積されたダーカー因子は、抽出して研究に使うことができる。ヴィエンタの『A-ダーカスト』も、そのようにして採取されていた。このままライアが改良型『A-ダーカスト』を体内に蓄積し、持ち帰る……そうすることで、改良型『A-ダーカスト』への対抗フォトンの開発を進めることができるのだ。

いくら『A-ダーカスト』への抑圧が効いているとはいえ、無謀かつ命懸けの選択を平気で取るライアに、カルミオは最早怪物でも見ているかのような視線を送る。

 

「バケモノが……」

「ホンモノのバケモノに言われたくは無いわねえ〜」

 

ライアはそう言うとニコリ、と笑い、矢を放った。

彗星の如く速く、大気を切り裂くそれ。まともに当たれば一撃で消し飛ぶだろう。カルミオは間一髪で横っ跳びに避け、地面にダーカー因子の沼を出現させ退避しようとした──

 

「逃げちゃダメじゃないのぉ」

「ぬ……!?がッ、ぁああ!!」

 

いつの間にか目と鼻の先に居たライアは、既に下半身を沼に埋めていたカルミオの胸をカタナでひと突きにし、そのまま持ち上げて沼から引き摺り出す。そして、カタナを引き抜き、左肩から右脇腹までを袈裟懸けに斬った上、蹴り飛ばして乱暴に地面に倒した。最後には、呻き声を上げるカルミオに跨るようにして仁王立ち、カタナを首へ突きつけた。

 

「まだ聞いておきたいコトがあるのよぉ。ぜ〜んぶ『お話』してくれたら命は取らないであげるわよぉ」

「グ、はッ……き、サマ……」

 

傷はどれも僅かに急所を外していた。

が、カルミオには最早抵抗出来る程の余力は残っていない。

 

「アナタはどうしてメイちゃんのパパを追っていたのかしらぁ?」

「……アレ、ハ、『不完全』……アークスニ、戻っテシマッてハ、困ルからダ……」

 

ライアは満足げに頷くと、もう一つ問うた。

 

「アナタの今までの話から、新たなダーカー因子の研究・開発が出来る規模の施設や人手が『オーヴァ』には有る、と考えてイイ筈よねぇ。他に何か研究していたりするのかしら〜?」

「新た、ナ、兵器……、クローン……、悲願、ヲ、達スルタメニ……」

 

新たな兵器。

おそらく、『オーヴァ』の調査に出て以来消息不明のアークスたちは、ここで開発された未知のダーカー兵器によって屠られたのだろう。下手に『オーヴァ』に踏み込めば、二の舞は必至。

クローン。

これは、かつてルーサーによって研究されていたものでもある。それとほぼ同様だろう……しかし、使い道は思い付く限りひとつしかない。

 

クローン技術を応用して『完成されたヴィエンタ』を複製、それらをバラ撒く……

 

「ふふ……面白くなってきたわねぇ。そうこなくっちゃあ、張り合いが無いわぁ」

 

正直面倒だと思っていたこの件。しかし、目前に迫る危機的状況を前に、ライアはなんとも言えない興奮を覚えていた。

 

「じゃあ最後に……アナタたちが作ってる未知のダーカー兵器。具体的にどんなモノなのか教えてくれないかしらぁ?」

「……オーヴァニ、乗リ込ミ……ヴィエンタヲ……取リ戻ス、ツモリ、カ……」

「質問してるのは私よ〜?早く答えなさ〜い」

 

ライアは蔑むような表情を浮かべながら、カルミオの胸の傷を踏み付け、抉った。

 

「、ガぁ、アああァアあアアア、……!!!」

「まだ死んじゃダメよぉ」

 

苦悶の表情を浮かべながら意識を手放しかけるカルミオの頭を蹴飛ばし、答えを促した。

 

「グ、ゥ……既存、ノ、兵器ヲ……改造、シタモノ……、シップ内の兵器ヲ参考ニ、シタモノ……」

「あら、完全な新型って訳じゃあないのねえ。……本当にそれだけなのかしらぁ?」

「……」

「……ま、いいわぁ」

 

質問を切り上げ、ライアはカタナを首から離し、カルミオから遠ざかった。──そして。

 

「ありがと。イイ『お話』が聞けたわぁ……とびっきりのお礼、してあげなきゃねえ〜?」

 

再び弓に持ち替え、フォトンの矢をカルミオに向けた。

 

「キサマ……!!」

「サンプルは多いに越したことは無いものぉ。それと、敵の言うコトは簡単に信用しちゃダメよ〜?」

 

笑みは嗜虐的なモノに歪み、呼応してフォトンの矢の力も膨れ上がる。

 

「それじゃ、さようならぁ」

 

矢が、放たれた。

カルミオは為すすべなく跡形もなく消し飛び、彼が宿していた『A-ダーカスト』は残らずライアに渡った。

 

ライアは弓を納め、上の方で僅かに聞こえる戦闘音を聞き流しながら、一足早くキャンプシップへと帰還していった。