29-強くあるために

 

同じ日。

 

ナナリカがめぐを連れて訪れたのは、とある少女のマイルームだった。インターホンを鳴らし、部屋の主が応答するのを待つ。

 

「はい、どちら様でしょう?」

「久しいな、ドロッセル!ちと頼みたい事があってだな……」

「やっほー、ドロッセルちゃん!ボクも一緒だよ!」

「あら、まあ!ナナリカさん、お久しぶりですわ!めぐさんもようこそですの!どうぞ、お上がり下さいまし!」

 

上品かつ明るい口調の声が、インターホン越しに2人を迎えた。程なくして扉が開き、水色の長髪の少女──ドロッセルが笑顔で2人を招き入れた。

 

ドロッセルは、幼いながら天才的なクラフターであり、かつ様々な機械類に精通した技師である。そのドロッセルとめぐは友人同士であり、ナナリカはドロッセルに対してとある「恩」がある。そんな見知った顔同士がわいわいと盛り上がる中、ドロッセルの背から遠慮がちに顔を出す少年がいた。めぐがそれに気付き、ドロッセルに尋ねた。

 

「この子が、噂に聞いてたイレブンかい?」

「そうですわ。イレブン、ご自分で自己紹介なさいまし」

 

イレブン、と呼ばれた少年は自己紹介を促され、恐る恐るといった様子でドロッセルの少し斜め後ろに立った。

 

「イレブン……です。よろしく……」

 

それだけ言うと、イレブンはめぐとナナリカから目を逸らしてしまった。

一呼吸置いて、ドロッセルが詳しい紹介を始めた。

 

「イレブンは、長年手塩にかけて育て上げた、私の最高傑作ですの!」

「そう……って、まさか造ったのか!?こんなヒトと見紛う程の精度のキャストを……」

 

自慢げに胸を張るドロッセルに、ナナリカは流石だなと嘆息しつつ、「最高傑作」という言葉に、ほんの少しの嫉妬を覚えた。

 

(最高傑作……いちばん、か)

 

だが、今は暗い顔をしている時ではない。ひとまずこの気持ちは心の片隅に置いた。

イレブンの紹介を終えたと見ると、めぐも自己紹介を返した。

 

「ボクはめぐ。ドロッセルちゃんの友達だよ!よろしくね!」

 

イレブンが小さく頷いて応えた。

 

「ワタシはナナリカ。ドロッセルには昔世話になった関係だ。この通りキャストなのでな、どう世話になったかは想像できよう……っとと、そうじゃなくて、よろしく頼むぞ!」

 

ナナリカの自己紹介を聞いたイレブンは、自分と同族だと分かったためか先程よりも少し表情を明るくした。自分と反応が違うことにめぐが抗議したが、これ以上イレブンを緊張させまいとナナリカが収めた。

自己紹介を終えたのを見計らって、ドロッセルが本題に入った。

 

「ところでナナリカさん。本日はどのようなご用事ですの?」

「ああ、ちょっとな、メンテナンスを頼みたいのだ。……近々、大事な戦いがあるからな。それに備えておきたいのだ」

 

ナナリカの真剣な眼差しに、ドロッセルは自信満々の笑顔で答えた。

 

「ふふ、勿論宜しくてよ。私どんな戦いにも耐え得るよう、しっかりメンテナンスさせて頂きますわ!」

「うむ、有難い!」

 

ナナリカとめぐは、玄関のある部屋の隣部屋……ドロッセルの工房に通された。機材やパーツが置かれている部屋の中央にテーブルと2つの椅子があり、ドロッセルが機材を取り出す間、2人はイレブンが淹れてくれたお茶を楽しみながら掛けて待っていた。

 

「そういえば、『世話になった』っていう話しか聞いたことないけど、昔にもメンテナンスしてもらってたの?」

「んー、そのようなものだが……正確には、壊れ掛かっておったのを修復してもらった、だな」

「壊れ掛かってた?」

「うむ」

 

話を続けようとしていると、ちょうどドロッセルが機材を準備し終えてナナリカを呼んだ。1人で待っているのも退屈なので、めぐも作業の邪魔にならない場所に陣取って様子を眺めることにした。

ドロッセルが手際よくナナリカのアームを解体し、中の機構のあんばいを観察する。しばらくして上げた顔は、怒り顔だった。

 

「あなた、全然手入れしてませんでしたのね?」

「あ、あはは〜……すまない……」

「ですが、ここまでよく持ちましたこと。私が修復を手掛けていなければ、とっくにガタが来ている頃ですわ」

 

つまり、それ程までにドロッセルの技術が卓越しているということ。そしてそれを自覚し、自信を持っている。だからこそ、信頼出来るのだった。

 

「それでは、早速始めますわね。お構いなく、めぐさんとお話の続きをして下さっても大丈夫ですわ」

「それじゃナナリー、さっきの続き!」

「おお、そういえばそうであったな!確か、壊れ掛かっておったのを修復してもらったのだという所からだな」

「そうそう!」

 

ドロッセルが作業に掛かると、ナナリカとめぐは先程テーブルで話していた会話を再開した。

 

 

 

 

 

「ワタシは、元々廃棄されたキャストなのだ。廃棄前のことはあまり覚えておらん。記憶しているのは、ワタシを造ったのであろう者たちが揃って『役立たず』だの何だの罵ってきたことだけだ。そうして廃棄されていたところを、父上……アテフ殿に拾われた。そして、父上はワタシを直そうと、」

「ドロッセルちゃんのところにナナリーを運んだ……って感じ?」

「その通りだ。拾ってくれた父上と、あるべき姿に修復してくれたドロッセル……2人には、感謝してもしきれん」

 

ナナリカは穏やかに微笑んだ。ドロッセルも作業のかたわら会話に耳を傾け、同じように微笑んでいた。

 

「その後、父上のもとに引き取られて、メイとも出会い、あの2人が抱えていることを知っていって……ワタシは、恩返しのために強くなろうと、『最強のキャスト』になろうと決めた」

 

まあ、まだ先は長そうだがな。と苦笑した。

そんなナナリカの言葉を聞いていたドロッセルが、不意に顔を上げたかと思うと、張り切った笑顔を向けていた。

 

「ナナリカさんの『最強のキャスト』への道、私がしっかりサポートして差し上げますわ!任せなさい!」

 

技師としての血が騒いだのか、心から協力したいと思ったのか。どちらにせよ、ナナリカにとってはこの上なく心強い言葉だった。ナナリカは突然声を上げたドロッセルに少し驚きつつ、感謝を述べた。

 

「かたじけない!頼りにしておるぞっ!」

「ええ!ですから、今後はちゃんと定期的にメンテナンスに来るように!力ばかり磨くのではなく、パーツの管理も徹底してくださいまし」

「うむ、そうする!」

 

そうしてまたドロッセルが作業を再開した。ドロッセルの後ろで控えて、彼女たちの会話を聞いていたイレブンは、ドロッセルのナナリカへの入れ込みように少しばかり嫉妬していた。しかし、彼女の自信に満ちた顔を見れるのは嬉しいし、彼女のために頑張ろうとも思えた。

 

(ドロッセルが楽しそうなら……それでいい)

 

最終的に、嫉妬の矛先は納め、ドロッセルの作業を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「これで、摩耗や劣化が見られていた箇所の修繕は終わりましたわ。ついでに、旧式のパーツは最新型のパーツに取り替えておきましたわ!」

「おお……!なんだか体が軽いと思ったら、そういうことであったか!助かるぞっ!」

 

メンテナンスを終えたナナリカは、ぴょんぴょんと工房内を跳び回り、新型のパーツの具合を存分に確かめていた。めぐも拍手を送り、我が事のように喜んだ。

 

「おめでとう、ナナリー!これで戦いの準備はバッチリだね!」

「うむ!今なら何にでも敵う気がするぞ!!」

「なら、ライアさんと手合わせとかしてみるかい??」

「げっ!?そ、それはダメだ!!あれは例外!!例外だ!!」

 

ナナリカとめぐのやり取りを見て、くすくすと笑うドロッセル。イレブンも釣られてほんのり笑顔を浮かべていた。

 

「と、とにかく!ドロッセル、本当にかたじけない!」

「ありがとうね、ドロッセルちゃん!」

「お安い御用ですわ!お2人とも、『大事な戦い』、健闘を!」

「ああ!ドロッセルに診てもらったのだから、絶対大丈夫だ!」

「任せてよ!」

 

こうして、ナナリカとめぐはドロッセルとイレブンのもとを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「『最強のキャスト』かあ〜」

「な、なんだ。どうかしたのか」

 

帰りの道中、めぐがナナリカの話していた言葉を楽しげに反復していた。ナナリカが怪訝そうにめぐの横顔を見ていると、めぐもナナリカに視線を移し。

 

「ナナリーが頑張って親孝行してるんだから、ボクも負けないように頑張らないとねって思っただけだよ!」

 

にっこりしながらそう告げた。

めぐはめぐで、アテフをとても慕っているが故だった。しかし、張り合おうとか、勝負しようとか、そのような感情はない。ナナリカが頑張っているのを知って、自分もなんだか張り切ってしまう。そんな感覚だった。

ナナリカは一瞬きょとんとするが、すぐに笑顔になり、

 

「ふふん、ワタシも負けないぞ!」

 

と勢い良く返した。

 

いつもなにかといがみ合う2人。しかし、アテフを、そして一家を想う気持ちは同じ。今日この日をきっかけに、意気投合し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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旧106番艦 オーヴァ──

 

 

 

「もウ大丈夫。私に任せテ、あナたは『彼』ノ始末ヲ」

「あア、分かッタ」

「気ヲ付けテね」

「心配するナ」

 

オルディネとカルミオは、ダーカー因子によって真っ赤に穢れた小部屋に居た。

出掛けていくカルミオを見送ったオルディネは、室内を振り返る。部屋の一番奥には、赤と黒の巨大な網のような、繭のようなもの──ベイゼが貼りついていた。

 

「もウすぐ、もウすぐね。可愛い子、私たチの願いヲ……」

 

恍惚とした表情でベイゼに歩み寄り、撫でる。ベイゼの中で眠る我が子を愛でるように、何度も。

 

オルディネは、延々とそうしながら、『完成』とカルミオの帰りを待ち続けた。