25-思いの錯綜は光のために

 

ライアの研究室は、フォトンやダーカー因子の研究を主としているせいか、研究室にありがちなイメージである薬品臭さはほぼ感じられない。この日は研究室内の人間はまばららしく静かだが、この静寂を破りながら一番に出迎えたのは黒衣で薄紫色の髪の少年だった。

 

「あ、お帰りなさいライアさん、アルファさん!そちらの5人がお客さんですよね!よろしくお願いします!どうぞこちらへ!」

 

目を覆い隠すほどに伸びた前髪をふわっと靡かせて一礼。5人が挨拶を返す前に、長テーブルに案内し、人数分の椅子を1つずつ引っ張り出してきた。空いているデスクから拝借しているようだった。

 

「なんか落ち着きない子だね〜!!」

「お前が言うな、お前が」

 

忙しない少年を目で追いながら言い放つメイに、ナナリカが低い声でツッコミを入れた。

そうしているうちに、目の前には円陣を組む形で人数分の椅子が置かれていた。少年に促され、メイ、ナナリカ、アテフ、めぐ、シルファナ、アルファ、ライアは椅子に腰掛けた。

 

「ありがとー!ええっと?」

「あ、申し遅れました!ぼくはブランクと申します!ライアさんの助手的なことやらせてもらってます!よろしくお願いします〜!」

 

ブランクはまた一礼すると、ライアの隣の椅子に座って姿勢を正した。

全員が座り終えると、早速ライアが話に入り始めた。

 

「まずは、シルファナちゃんをここに呼んだ理由だけれど〜。早い話が、ヴィエンタが体内に持っている『特殊なダーカー因子』について何か知らないかっていうことと、彼女のダーカー因子に対抗するフォトンの開発を手伝って欲しい、ってことねえ」

「それは……アークス側からそのように依頼が?」

「そんなところよぉ。そうなるに至った経緯は、皆見当がつくんじゃないかしらあ?」

 

そう言われ、シルファナと一家の中にすぐ心当たりが浮かんだ。

 

ダーカイムもどきの一件。

 

あの件でアークス側にヴィエンタの情報が届けられ、共有された。

 

「私はあの事件に至るまでの経緯も知っている……というよりも、当事者に近いわねえ」

「!?それって……!」

 

あのダーカイムもどきの開発に、彼女が一枚噛んでいたということか。シルファナは思わず険しい表情で椅子から立ち上がるが、ライアは「早とちりは止しなさいな〜」と制した。

 

「アークス公認の研究室で、堂々とそんなコトが出来るわけないじゃないの〜」

「……すみません、取り乱しました……。しかし、なら、何故『当事者』だなんて」

 

落ち着きを取り戻し、着席するも、表情は険しいままライアに尋ねた。

 

「その理由と、あの事件に至るまでの経緯。この話がメインよ〜。ただ、表に出ていない話もあるからぁ……ここで聞いたコトは、公表されるまでは内緒にしといて欲しいわ〜」

 

ライアは言いながら、人差し指を口元に当てて薄く笑った。

 

シルファナ、そして一家も、首を縦に振って承諾した。

 

 

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A.P.236。

 

ライアとブランクがアークスとしての任務でウォパルの海岸へ赴いていたとき、海辺をふらふらと彷徨っている人影を発見した。

 

「それがヴィエンタだったって訳。周りには有翼種ダーカーが居たっていうのに、皆彼女を襲わない……面白そうだと思って、保護したのよ〜」

 

それが、ヴィエンタとライアたちとの出会いだった。

 

 

 

 

ライアとブランクは、このとき『P.P.L』ではなく別の研究所に属していたが、行なっている研究は今とさほど変わらなかった。ヴィエンタはこれまでの経緯──シルファナのことや今までいた研究室、行なっていた研究や実験についてライアたちに話し、彼女たちの研究を手伝う代わりに「フォトンとダーカー因子の共存」についての研究をさせて欲しいと懇願した。

 

ライアたちはこれを承諾。そうして行動を共にする中で、ヴィエンタから自身のことやメイたちのことについて聞く機会があり、『P.P.L』に移ってから知り合うことになったアルファへも同じ話をしていた。

 

 

 

 

 

そんなヴィエンタが、A.P.240 11月に入って、研究室から姿を消した。

 

「姿を消しただけなら良かったのだけれど……、してやられたのよねえ……」

 

ライアたちがここで手掛ける研究のひとつ、「ダーカー対策目的のダーカー因子研究」。

ダーカーへより有利に対抗するため、ダーカー因子自体の研究も不可欠だ。しかし、研究の過程で『突然変異したダーカー因子』が副産物として生まれてしまうことがある。

 

「本来は破棄、もとい浄化処理を施すソレを、あの子は持ち出してしまったのよぉ。私たちの目すら盗んで」

 

ヴィエンタはそれを利用し、かのダーカイムもどきを作り出したのだ。

実害が出てしまったのだから、当然ライアたちのもとへ「ヴィエンタを捕らえろ」と通達が下る。しかし、ヴィエンタが宿すダーカー因子の性質を知っている。戦闘になろうものなら……。

 

「そこで、彼女のダーカー因子に対抗できるフォトンの研究のためにまずは彼女のダーカー因子の解析を進めていたんだけどぉ……見たこともない組成のダーカー因子なものだから、遅々として進まなくって」

 

 

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──そして、今に至る。

 

「……そういう、ことでしたか」

 

シルファナは、俯いて、膝の上で拳を握る。

アテフも険しい表情で、ライアに問う。

 

「……ヴィエンタがライア殿の元に保護された時点で、アークス側にはヴィエンタの存在は知れていた。しかし、かのダーカイムもどきの騒ぎ……要は『P.P.L』の不祥事。それを漏らさぬため、または混乱を避けるために情報統制が成されていたのだな?それゆえ、これまでアークス側から我々への情報提供も無かった、と」

「ご名答。だから口外しないで欲しいって訳なのよぉ」

 

アテフの指摘に、表情を変えずに答えるライア。この態度に納得のいかないナナリカとめぐが噛み付いた。

 

「キサマの油断さえ無ければ、こんなことにはならなかったのだろう!?そんなことで我々への情報まで制限されて……!なのに、なんなのだ、そのふてぶてしい態度は!」

「そーだよ、サイテーだ!」

「ちょい、落ち着けって2人とも!」

 

メイに制されるも、まだ納得がいかない様子で唸る。メイはそれを気にせず、場を落ち着かせるため発言した。

 

「そりゃあ、ライアお姉さんたちの落ち度もあるかもだし……あたしも、正直納得いかないけどさ。今は言い争ってる場合じゃなくない?さっさとダーカー因子の解析ってやつやって、フォトンの開発して、ヴィエンタをなんとかするのが先っしょ?」

 

メイの言葉に、ようやく落ち着きを取り戻したナナリカとめぐは、黙って首を縦に振った。アテフも未だに表情は曇っていたが、同じく肯定の意思を示した。

 

そして。

 

「私も……同感です。事は一刻を争うのでしょう?協力、させていただきます」

 

シルファナも強く賛同した。ライアは「決まりねえ」とニッコリ微笑む。

 

「シルファナちゃんにはココで協力してもらうとしてぇ……」

 

メイたちに視線を移す。メイとナナリカは蛇に睨まれでもしたかのように肩を竦め、アテフとめぐは反射的に警戒の色を強めた。

 

「何よぅ、別に取って食いやしないわよお。……アナタたちには、ヴィエンタ周りで少し調べて欲しいことがあるの〜」

「……あたし達もヴィエンタを探してるし、何か出来るんなら何だってやるよ!」

 

メイの答えを聞くと、また微笑んで内容を話し始めた。

 

「ほんの数日前、アークス側で正体不明の強力なダーカーの反応を2つ捕捉したらしいのよぉ。この反応の正体を掴んで欲しいのよねぇ」

 「2つ……?」

 

2つ、というところにヴィエンタとルガを連想したが、正体不明と言うからには違うのだろう。これらがどうヴィエンタに繋がるのか。

 

「その2つの反応を追ってみたら、その先にヴィエンタの反応も捕捉した上に接触したと見られる行動もあったって話でねぇ。ただそれ以降は、2つの反応はヴィエンタに追従する……言い換えれば、まるでヴィエンタがそいつらに『追われている』ような様子みたいなのよぉ」

 

これに、一家だけでなくシルファナも思わず身を乗り出した。メイに至っては、大きな音を立てて椅子から立ち上がっていた。

 

「今すぐ行く!嫌な予感しかしないっしょ、これ」

 

すぐにでも研究室から出て行こうとする勢いのメイに続き、ナナリカたちも立ち上がった。

 

「同感だっ!」

「まだ色々と納得いかないことはあるが、じっとしている場合でもなさそうだな」

「ボクも賛成!」

 

そんな一家たちに、ライアは満足げに微笑みながら、現在ヴィエンタと2つの強力なダーカー反応が確認されているというエリアを言い渡した。

 

「惑星アムドゥスキアの浮遊大陸エリアを動き回っている、という報告が今のところ最新よ〜。変わったことがあれば連絡するから、頼んだわね〜?」

「おうよ!!」

 

大きく返事をしたメイを先頭に、一家は研究室を後にした。が、最後尾のめぐははたと立ち止まり、振り返って、

 

「アルファも行こうよ!」

 

とアルファに声を掛けた。

 

「僕はライアさんと話があるから残るよ」

「んもー!それ、絶対面倒なだけじゃないか!分かったよ、代わりにそっちでライアさんたちと頑張ってよね!」

「分かってるさ。そっちも気を付けて」

 

めぐは大急ぎで踵を返し、メイたちを追って出て行った。

 

シルファナも後を追いたい気持ちで一杯だったが、思い留まった。

 

「……ライアさん、ブランクさん、アルファさん。よろしくお願いします」

 

今度こそヴィエンタを救うため、再び白衣に袖を通すことを固く決意しながら、3人を見据えた。