24-数奇な縁はどの道のために

 

シルファナは、かの一件の後ひとまず腰を落ち着けて休息していた。休息と言っても、マイルームのソファに腰掛けて、端末で今後取り掛かる研究やメイたちとの協力体制のための情報整理をしているのだが。

そんな最中、側に置いていた通信端末に一本の通信が入ってきた。なんの気無しに端末を手に取って、連絡主を確認する。

 

「?『P.P.L』……って、どうしてそんな所から……?」

 

『P.P.L』。比較的名の知れた、アークス公認の研究室だ。主に「アークスのあらゆる戦闘能力に関わるフォトンの研究」および「ダーカー対策目的のダーカー因子の研究」を行なっている、らしい。

シルファナも勿論この研究室の名や実績も知っている。こんな大手の研究室から、何故自分などに連絡が来るのか。まるで見当がつかない。しかし出ない訳にもいかないので、応答した。

 

「はい……」

『や〜っと連絡が取れたわぁ。どこをほっつき歩いていたのかしら〜?』

「っ!?」

 

相手の声に、ますます動揺した。

この声。アークスの間では戦闘狂と悪名高い、そして身内であるリアンという子が師とあおぐ、彼女。

 

「ライア、さん……?ど、どうして……」

『あら、私はココの研究員でもあるのよ〜。言ってなかったかしらあ』

 

アークスでありながら、どこかの研究室に所属していることはなんとなく知っていたものの、まさか『P.P.L』だとは思っても見なかったのだ。

相手はライアとはいえ、公認機関の人間としての連絡。しかしそれでも、シルファナは警戒の色を声に含みながら尋ねる。

 

「いえ……。ところで、何かご用があるのでしょう?」

『そうそう。細かいことはコッチで話したいから、すぐに研究室に来てもらいたいんだけどぉ……』

「……どんなご用なのか、少しでもお聞かせ願えませんか?」

 

警戒は解かず、要件を聞き出そうとする。ライアは仕方ないわね、とごくごく手短に告げた。

 

『ヴィエンタという子に関することよ〜』

 

 

 

 

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「メイちゃん、ナナリー、あっくん!早く早く!」

「分かってるってー!てかめぐが待ってよ〜!」

「さすがはバウンサー、足が速いな……」

「それは関係ないと思うが……」

 

昼食を終えた昼下がり、メイたちはめぐに連れられてとあるマイルームへ向かっていた。

 

そこには、めぐの「友人」が住まう。めぐは前々からこの「友人」にメイたちの話をしており、今日は実際に顔を合わせて貰おうとめぐが思い立ったのだ。そして、あわよくば一家に協力して貰おうという算段もしていたのだった。

 

「ここだよ!」

 

居住区の一角、なんの変哲も無いマイルームの扉。めぐが早速扉に近付いて、「友人」のあだ名を呼びながら躊躇なく開いた。

 

「少尉!入るよ!今日はお客さん連れてきたんだ!」

 

それからめぐに促され、メイたちもそっと扉をくぐる。目の前には、白を基調とした清楚な広い部屋に、いくつもの木製のベンチが並ぶ、生活空間らしからぬマイルームが広がっていた。そして、そこで寛いでいた少尉と呼ばれた小さな人影が扉の方を向いて、立ち上がった。

 

「待ってたよ」

 

短めの金髪をした少年。年齢の割に大人びた、落ち着いた雰囲気を醸すその少年は、めぐに短く挨拶をすると、メイたちの方を向いて、「こんにちは」と微笑んだ。

 

「こんちわー!あんたがめぐの友達って子かあ、かわいいね〜!あたしはメイ!よろしく!」

「ワタシはナナリカだっ!よろしく頼む!」

「俺はアテフという者だ。どうぞ宜しく」

 

一家は少年に挨拶と自己紹介を返す。すると、少年が僅かに首を傾げたように見えた。どうかしたのか、と尋ねる前に、少年は思い出したかのように自分の名前を名乗った。

 

「初めまして、僕はアルファ。メイさん、ナナリカさん、アテフさん。話なら、隣の部屋でお茶でも?」

 

早速親交が深まりそうな空気に、めぐも満足げに微笑んでいたが、一家と同じく先程のアルファの動作がひっかかり、尋ねた。

 

「ねえ、メイちゃんたちが自己紹介してたとき、ちょっと首を傾げていなかった?」

 

アルファは、めぐだけに聞こえるように小声で答える。

 

「君以外からも聞いた名だと思って。……あー……、誰だったかな」

「何それ、ボクと話してるときはそんな話しなかったじゃないか!今の今まで忘れてたの?」

 

そんな小声を、すぐ側にいたメイまでも聞き付けていた。

 

「マジッ!?誰、誰??」

「ああ、いや……」

 

ひょっとしたら、ヴィエンタや父の手掛かりに繋がるのではないか。そんな藁にもすがる思いで、メイはアルファに問い詰めた。

 

「ねえねえ、ホントに思い出せない??」

「この人だったかなって、思い当たる人はいますけど……。少し待ってもらえますか」

 

アルファはそう告げると、皆に背を向けて、離れた場所で通信端末を取り出した。

事を把握していないナナリカとアテフが難しい顔をしていると、めぐが状況を説明してくれた。

 

「アルファがね、メイちゃんたちの名前をボク以外の人からも聞いたことがあるって」

「!成る程……。それで、今その相手と連絡を取っているのかっ?」

「さあ……」

 

4人で、何者かと連絡を取っているアルファの背を固唾を飲んで見守る。しばらくすると、通信端末を切ってこちらに戻ってきた。

 

「そう……確か、ヴィエンタという女性でした。ご存知ですか?」

 

アルファの問いに答えるより先に、いきなりドンピシャの人物の名前が出たことにメイとめぐが大声をあげて驚いた。

 

「マジかー!!??」

「ウソお!?」

 

背後のナナリカとアテフも、それぞれ驚愕を浮かべていた。

 

「ま、まさかこんなところで奴と繋がるとは……!」

「ふむ……アルファ君、彼女に関して知っていることを、差し支えなければ話して貰いたいのだが」

 

アテフはあくまで冷静にアルファに尋ねる。アルファは柔和に微笑み、

 

「僕よりもその女性に詳しい人がいるので、聞いてみてはいかがでしょう。そこまで案内しますよ」

 

と提案した。

アテフが返答するより先に、メイが前に出て即答する。

 

「行く!こんなチャンス、逃さない手はないよ!」

 

アテフをはじめ、ナナリカとめぐも頷いて賛成の意を示した。

 

 

 

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シルファナは急ぎ足で『P.P.L』へと向かっていた。

アークス・ロビーからほど近い、アークス管轄の研究施設の集まった区画。当然と言うべきか人通りは少なく、外だけ見ると閑散とした通りを駆けて曲がり角を曲がろうとすると、人影が出てくるのが見えて慌てて足を止めた。

 

「っ、す、すみません……って、」

 

先頭に立っている少年に見覚えはないが、その後ろをついてきている4人はよく知る人物たちだった。

 

「おお!?シルファナお姉さんじゃんか!どーしてこんなとこに??」

「メイ、さん!?それに皆さんまで……。あなた方こそ、何故ここに……?……」

 

尋ねつつ、シルファナは見覚えのない少年へ視線を向ける。それに気付いた少年──アルファが、シルファナにも丁寧に挨拶をした。

 

「初めまして、ですよね。僕はアルファ。貴方は?」

「私はシルファナと申します。よろしくお願いします、アルファさん」

「ええ。よろしくお願いします」

 

シルファナも挨拶を返し、話を続けた。

 

「私は、その……突然、『P.P.L』の方に呼ばれまして。なんでも……ヴィエンタについての話だとか……」

「……ま、マジかあ!!!えっ、ひょっとしてアルファが言ってた人と同じ人かなあ??」

 

メイは驚きのあまり挙動不審になりながら、アルファとシルファナを交互に見る。ナナリカ、めぐ、アテフも、奇遇すぎる事態に動揺を隠せずにいた。

アルファのみ、動じることなくメイの言葉に答えた。

 

「彼女はずぼらですから、恐らくは説明の手間を省こうとしてこうなったのかと。いずれにせよ、行き先が同じなのであれば、同行しましょう」

「マジかあ!!!いいねいいね、おいでよシルファナお姉さん!」

「は、はい!差し支えないのであれば、是非……」

 

こうしてメイたちはシルファナと共に、『P.P.L』へと向かうこととなった。

 

 

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区画の中でも少し奥まった場所に位置する『P.P.L』。その正面玄関を潜り、真っ白で無機質なロビーへ辿り着くと、アルファが通信端末で先程話していたであろう人物と再び連絡を取り合った。

程なくして、左手側の廊下からその人物が姿を現し、ひらひらと手を振った。

 

「はあ〜い。皆こんな所までよく来てくれたわねえ〜。アルファたちとシルファナちゃん、合流してたのねえ」

 

白いショートヘア、金と銀のオッドアイのデューマンの女性。彼女の姿を見て、シルファナは「やはり……」と呟いた。そして、彼女が姿を現したことに何より驚いていたのは。

 

「ねえねえねえこの人知ってるよあたし。やべー人じゃん、あの。なんて名前だっけ??」

「ら、ライアだ、ライア!しかし、奴はアークスではなかったか……?」

「ここの研究員も兼業しているのだろう。時折そういう者も見かける。彼女がまさかそうだとは思わなんだが……」

「アルファの知り合いならって思ったけど、この人が出て来ちゃうなんてなあ……」

 

一家は小声でかの女性──ライアへの不信感を吐露し合う。しかし、ライアにはしっかり聞こえてしまっていた。

 

「聞こえてるわよお〜」

「ひょあ!!何でもない何でもない!!それより、ライアお姉さんがヴィエンタに詳しいって人?」

 

驚きのあまり、メイは素っ頓狂な声を上げ、慌てて本題へと移した。

 

「ええ、色々と説明したいことがあるのよぉ。立ち話も何だし、私の研究室での~んびりお話しましょ〜?」

 

そう言って、ライアは元来た廊下へ歩き出した。

急に事が発展しすぎて理解の追い付かない一家とシルファナは唖然としていたが、アルファに促されてライアの後をついていった。