23-歪なる願いは誰のために

 

あの日姿を消したヴィエンタは、ナベリウスの遺跡エリアにやってきていた。

背中の真っ黒な翼と腕を引きずり頭を抱えながら、時々木や建造物に身体を預けては、ふらふらと彷徨っている。

 

「……る、さい、うるさい……間違い、なんだっ……、私、はっ……」

 

絞り出すように呟くと、あの日の去り際のようにまたその場で倒れ込んでしまう。

 

「間違いだ」と口にする度ーー否、考える度に、頭が割れるように痛む。そして、自分の声ではない何者かの声が、しきりに語りかけてくる。

 

『ーーを、ーーする。そレがあなたノ役目』

 

『何モ間違ってナんかいナイよ』

 

『そレがあなたノ役目』

 

役目。役目、役目、役目役目役目やくめやくめヤクメーーーー

 

気が狂いそうな程に何度も何度も何度も。しかしヴィエンタはそれに抗い続け、のたうち回る。

 

「ーー!」

 

何かの足音が近付いてくる。アークスか、それとも。動けないまま顔だけをその音の方向へ向けると、もうその人物の足が目の前までやってきていた。

 

「……っ」

 

誰だ。そう尋ねる声を出すことも苦痛で、ゆっくりと顔を上げながら相手の姿を確認する。

白衣。真っ白で長い髪。髪の先端は紅く染まっている。右腕には黒い甲殻。そして、更に見上げると。

 

「……な、に……」

 

自分と同じ、黒い翼に黒い腕。背中からそれらを無数にうねらせて、こちらを見下ろしていた。どうやら女のようだが、こんな奴は知らない。何故自分と同じ翼を持っている?

言い知れない恐怖に襲われ、震え出すヴィエンタに、女は告げた。

 

「久シぶりね。あなたハ覚えテいなイでしょうケど……」

 

この声。

声だけは、聞き覚えがあった。

 

「あ……あ……」

 

先程まで、頭の中で響いていた声のひとつ。それが、この女のものだった。

ヴィエンタの中の恐怖は更に膨れ上がり、反射的に跳ね起きて女に背を向けて走り出した。

しかし。

 

「どコへ行くんだイ?せっかク迎えニ来たノニ」

「っ!?」

 

目の前には、もう1人。

今度は男。女と同じく、白衣に紅く穢れた白い髪、背中からは無数の黒い翼と黒い腕ーー

 

「なん、なの、迎えって何、私はお前達のことなんか知らない、近寄るなッ……」

 

震えた声で捲し立てるも、男女は聞く耳を持たず黒い腕でヴィエンタを捕らえた。

 

「い、や……あああああああああああああッ!!!!」

 

ヴィエンタは咄嗟にワープを使い、腕から逃れた。

 

 

 

 

 

「どコへ逃ゲテもだメよ。だっテ」

「私たチはお前をずっと見てイルのだかラ」

 

 

 

---

 

 

転移した先は、地下坑道。とにかくあの不気味な男女から離れられればどこでもよかった。

 

「はあっ、はあっ……、ぐ……」

 

震えが止まらない。まだ癒えない傷のせいなのか、拭えない恐怖のせいなのか。とにかく、心も身体も限界だった。路肩の壁際に打ち捨てられているコンテナに身体を預け、崩れ落ち、ぼやけた視界で地下坑道の閑散とした風景を見るでもなく見回す。

 

「……」

 

そういえば、ルガとアテフに出会ったのはーーメイの家族を崩壊させる発端となったのは、この地だった。自分があの時、この場所になんかいなければ。今でもそう思う事がある。

 

……じゃあ、なぜあの時自分はここに居た?

 

「私、は……?」

 

一体、どこから来た?

 

一体、何のためにここに来た?

 

思えば、「ヴィエンタ」という名で、ダーカーの眷属であること以外、自分で自分のことを知らない。

 

「あの日、地下坑道に来る前、の、私……」

 

覚えているのは、ずっとずっと真っ暗な闇の中で過ごしていたことだけ。

 

ーーしかし。

 

「……!!」

 

今、その真っ暗闇の記憶を思い起こすと。

 

闇の隙間から、不気味に笑いこちらを覗き込む、あの男女がいた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

『やっトね、アナタ』

 

『ああ、やっトだ、オルディネ』

 

『立派な、良い子に育っテくれて、嬉シイわ、ヴィエンタ』

 

『お前ヲ誇りニ思うよ、ヴィエンタ』

 

『きっト私たチの願いヲ叶えテくれル』

 

『そレがお前ノ役目なのだカラ』

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「……かあ、さん……とうさん……」

 

あの女と男は、他でもない、ヴィエンタの両親。

そして、自分は彼らの願いを叶えるのが役目?そのために育てられた?

 

「願い、って……なに」

 

これ以上は思い出したくない。思い出しては、いけない。背中の腕まで使って頭を覆い、蹲った。

 

 

 

 

 

 

「それハあなたが今マでシテきたコト、そノものよ」

 

頭上から、声が降ってきた。恐る恐る見上げると、壁に開いた真っ黒な染みのような穴から這い出て、こちらを見下ろす母ーーオルディネと目が合った。

 

「ひ、っ……」

 

這うようにして壁から離れるが、その背後の地面にも穴が現れ。

 

「そウだな、そろソろ、思い出シてもいいだロウ」

 

同じように穴から姿を現した父ーーカルミオ。

 

2人に挟まれたヴィエンタは、最後の力を振り絞って立ち上がり、覚束ない足取りで通路を走り出した。

両親はゆっくりと歩いて追ってくる。黒い腕を先行させ、ヴィエンタを捕らえようとしていた。

 

「来るな……来るなッ!!」

 

走りながら、自分も黒い腕で両親の黒い腕を払う。そうして逃げ回りながら、オルディネの言葉を頭の中で復唱していた。

 

ーー『それハあなたが今マでシテきたコト、そノものよ』

 

今までしてきたこと……。

 

攻撃してきた相手を侵食してしまったこと?

独自にダーカー因子を作ったこと?

それを使ってメイたちを侵食しようとしたこと?

 

否、きっとその全て。

自分の存在と行い自体が、彼らの願いのためにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アークスを、残らず侵食する。そレがあなたノ役目』

 

 

 

「ーーああ……」

 

そのために育てられ、両親が創り出したアークスのフォトンをも食い潰すダーカー因子を植え付けられ、あの日この惑星に放たれた。

 

「あ……はは、はははっ……!そっか、そっかあ……」

 

ゆっくりと足を止め、立ち尽くす。

 

「何が……何が幸せを取り戻すだ……メイの笑顔が見たいだ……。あはっ、ははは……!」

 

ダーカー因子を、不幸をばら撒くような存在に、幸せなんて取り戻せる訳がない。

 

「私たチの願イ、思い出シテくれタ?」

 

背後からオルディネの嬉しそうな声が聞こえた。ヴィエンタは何も言わない。何も言えない。

 

「だガ、まダだ」

「そウ、不完全」

「お前が最初に支配シたアークスの男ハ、10年経っタ今デモ自我ヲ残しテいル」

「浄化されル前ニ、殺サなきゃ」

「アークスに戻ル前ニ、殺サねば」

「そしてアナタにあげタ『A-ダーカスト』。もっとモット、強クしてあげナきゃ」

 

カルミオとオルディネの言葉を黙って聞いていたヴィエンタが、ふと顔を上げて2人を振り向く。

 

「……今。なんて。メイの、パパは……」

「?自我ヲ残しテいル。アークスに戻ル前ニ、殺サねばならナイ」

「……そう。なら……」

 

なら、パパはまだ助かるんだ。

 

「……ありがとう。こんな私でも、まだメイたちにしてあげられること、あるみたいだ」

「何ヲ、言ってイルの?アナタは、私たチと帰ルのよ」

 

オルディネが再びヴィエンタに黒い腕を伸ばす。それが届く前に、再びワープしてどこかへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「あいつらの手に、かかる前に……まだ助けられるって、助けてあげてって、」

 

メイたちに伝えなければ。

 

「だ、から、まダ……捕まル訳にハ……」

 

依然として頭に響く、オルディネとカルミオの『あなたの役目』という声に、闇が掻き立てられる。

この闇にも、あの黒い腕にも、捕まる訳にはいかない。メイたちにもう一度会って、パパのことと、彼らのことを伝えるまでは。