あれからメイは、フィリアたちによってすぐにメディカルセンターへ運び込まれ、傷を癒すため再び入院することとなった。その間にまた意識を失っていたが、傷が由来しているというよりは泣き疲れて眠っているようだった。
そして翌日の昼下がりに、再び目を覚ました。
ーー心が軽い。
わだかまっていたモノがすっかりそそがれたような、とにかく晴れやかな気持ち。
(泣く、って……案外気持ちいいんだなあ)
そんなことを考えていると。
「メイー!!!」
「おわっ!?ちょっ痛い痛い!!」
「ナナリーやめなって!」
「あっ……ワタシまた!!すまないっ……!!大丈夫かっ!?」
ナナリカが突如、寝転んでいるメイに飛び付いた。それをめぐが叱り……と、以前にも見たような流れが繰り広げられている傍らで、アテフ、そしてフィリアとソフィアが苦笑しながらそれを見守っていた。
「痛いって言ったじゃんよー、大丈夫なワケないの分かるっしょー!?」
「ううっ、すまないい……」
すっかりいつも通りのメイ。ただ少し変わったのは、「大丈夫じゃない」と自然に言えたこと。メイ自身や、謝ることに必死なナナリカは気付いていなかったが、アテフとめぐは顔を見合わせて安堵したように微笑みあった。
「それにしても……よく、戻って来てくれた」
「ほんと、心配したんだからね!あと……まだちゃんと言えてなかったよね、おかえり!メイちゃん!」
めぐの「おかえり」の次には、他の4人も口々に「おかえり」を告げる。
「……うん、ただいま!」
メイは笑顔でーー心からの笑顔で、それに応えた。
その後、アテフに「目覚めたばかりなのに悪いが……」と前置きされ、ヴィエンタについての話に変わった。
メイが元に戻った後。アテフたちが気付いた時にはもう消えていて、ソフィアがそれを見届けていたという。
「ソフィア殿、そのときのヴィエンタの様子が少し妙だったという話だが……メイも目覚めたことだ、詳しくお聞かせ願えないだろうか?」
「勿論よ!メイちゃんだって彼女のこと、きっと心配でしょうし!」
ね!とメイに顔を向ける。メイは深く頷き、
「とーぜん!……んで、どんな様子だったの?」
と真剣な面持ちでソフィアを見つめた。
ソフィアは静かに語り始める。
「彼女、あの時泣いてるメイちゃんを見てやっと過ちに気付いて、『間違ってた』って言ったのよ」
「!」
「でも……」
メイはヴィエンタも正気に戻ってくれた、と表情を明るくするも、ソフィアは少し曇ったまま。\
「そう言ったすぐ後に、突然頭を抱えて苦しみ出して……。その時一瞬だけれど、ダーカー因子が妙な動きを見せたの」
「妙な動き……?」
「ええ。どう妙だったかは分からなくて申し訳ないんだけど……とにかく、普通じゃなかったわ。そのあとすぐにどこかへ消えちゃったから、あれが何だったのか確かめようもなくて。ただひとつ言えるのは……あんまり猶予は無さそうってことだけね」
「……そう、なんだ」
「そ。だから……」
重い空気になりかけたとき、ソフィアがにっこりと笑い、
「早く怪我を治して、助けてあげないとね!心配だからってメディカルセンターを飛び出したりしないのよ?」
と明るく告げた。メイは少し目を丸くした後、「そんなことくらい分かってらー!」と抗議する。
「ふふ、メイさんならやりかねませんね!」
「だーからしないってのー!!」
フィリアの指摘にまた抗議。この光景に、皆にも笑いが巻き起こった。
明るさを持ち直したところで、今後の行動を決めに入ることにした。とは言っても、やる事は単純。
「ヴィエンタの動きを早く掴んで、助け出す!あと、同時にはちょーっと大変だろうけど、パパの行方も探さないと!」
「うむっ、アークスの情報網も使わせてもらわねばなっ!……今までそんなに頼りにはならなかったが」
単純ではあるが、ヴィエンタやルガがどこに身を置いているのかなど見当がつかない。アークス側でも、今度こそ何か掴んでくれればいいのだがーーそう願い。
「それじゃあボクらはさっそく探索なり情報収集なりしなきゃかな?ね、あっくん!」
「……」
「あっくん?」
めぐがアテフを見上げると、何やら考え込んでいる様子だった。めぐが不安そうに眉を下げながら「どうしたの?」と尋ねる。
「……助け出すとは言っているが、如何にして助け出す?」
アテフの問いの意味が分からず、メイが当然と言わんばかりに、
「そりゃあ決まってんじゃん!ダーカー因子を浄化……」
と、言いかけて、大事なことを思い出して言葉を止めた。
ーーヴィエンタのダーカー因子は、「浄化しようと攻撃してきた相手を侵食する」性質のものであるーー。
「……ほんとだ、どーしよう」
しまった、と頭を抱えるメイ。何も知らないフィリアが、首を傾げてメイに尋ねた。
「浄化しちゃだめなんですか?」
「ヴィエンタのダーカー因子ってねー、かなーり厄介なんだよね〜。浄化しようと思って攻撃したら、コッチが侵食されちゃうんだよ。アークスの超強力なフォトンだってなんのそのってね。それであたしのパパも……」
「!そう、だったんですか……。そ、その、ごめんなさい……」
フィリアは悪い事を聞いてしまった、という顔で俯いた。
「ちょいちょい!全然気にしてないから大丈夫だって!!元気出しなって!」
「は、はい……」
メイが慌てて元気付けたその矢先、ソフィアが一言、皆の肝を冷やした。
「それなら私、彼女に攻撃しちゃってるから危ないかもしれないわね!」
「お、お!?ちょい!?」
「そ、そんな!!」
あっけらかんと言い放ったソフィアに、メイとフィリアが同時に青い顔で身を乗り出す。2人だけでなく、アテフとナナリカ、めぐも思わず驚愕の表情をしていた。しかし。
「……なーんて!さっき体内にダーカー因子が残ってないか検査してもらったけど、何の問題もなかったわ。安心して頂戴!」
と、笑い飛ばした。
「は〜??いやさー……勘弁してよほんとさー!!」
「もー……。ビックリさせないでください……」
冗談ではないーー2人は胸を押さえて深くため息をついた。
だが、何事も無いというのも、かえっておかしな話。メイは疑問を誰ともなく投げかけた。
「何でソフィアお姉さんは侵食されなかったんだろー。ソフィアお姉さんが超ハンパなく強いとか?」
この問いを拾い上げたのは、アテフ。
「確かにそれもありそうだな。不完全とはいえ、ダークファルスになりかかっている彼奴の一撃を真っ向から打ち消す程のフォトン……並大抵のアークスでは、あのような芸当は出来ん。只者ではないとお見受けするが……」
「あら、買い被りすぎですよ!それに、今は私の話じゃないでしょう?」
ソフィアは逸れかけた話を戻し、アテフも「そうだったな」と続きを話し始めた。
「ルガ殿の時のヴィエンタは『完全なダークファルス』だった。しかし、今のヴィエンタは先程も言った通り『不完全』だ。……これは憶測だが、不完全なうちはヴィエンタのダーカー因子の働きも弱いということではないだろうか」
だから、今回はソフィアの強大なフォトンによる自浄作用が優った。
「つまり、彼女がダークファルスにならないうちに浄化ができれば完璧ってコトね!」
「これが憶測ではなく正解であれば、だがな」
そう、これがもし失敗すれば、取り返しのつかないことになるーー二の足を踏むアテフに、メイが力強く告げた。
「可能性がちょっとでもあるんならさ、やってみよーよ!どっちみちダークファルスになっちゃう前に手は打たなきゃいけないんでしょ?アークス側でもなんか掴んでくれるかもしんないし!」
希望が見えたのだから、捨てるなんて以ての外。アテフはメイの言葉を受けてまた悩み出す。
「それに、一瞬でも正気に戻りかけたんだから、まだ話も通じるかもしれないじゃん!」
この言葉で、ようやくアテフが迷いを拭った。
「……そう、だな。それこそ『不完全』なうちならば、言葉でこちらに引き戻せるやもしれん」
「でしょ?だから急がなきゃ!迷ってたら遅くなっちゃうじゃんよ!」
アテフだけでなく、この場の全員がメイの考えに概ね賛同していた。
「正直、今まで話が通じなかったから不安はあるけど。まあ、言っても聞かなかったらまた蹴っ飛ばしてあげるけどね!」
「そういえばめぐはダーカー因子が効かないんだったなあ……。しかしそれで奴の逆鱗に触れてはたまったものではない。なるべく穏便にな!」
「わたしはあんまり無責任なこと言えないですけど……でも、お手伝いはしたいです。わたしにも出来ることがあれば、言ってくださいね!」
「私もフィリアちゃんに同じよ!なんてったって、お師匠様のお師匠様のことだもの!」
目標が定まると、5人は早速に動き出した。
「ひとまずは俺たちに任せて、メイはとにかく傷を癒すことに専念しなさい。いいな?」
「わかってるわかってる!……頼むね、みんな!」
皆は勿論、と頷き、病室を後にした。
1人になり、ぼんやりとヴィエンタのことを考える。
思えばヴィエンタのことについて分からないことばかり。本当に不完全なうちは攻撃しても絶対安全なのか、そもそもどうしてヴィエンタがあんな強力なダーカー因子を持っているのか、なんとか侵食されずに浄化できないものか……。
「……そういえばシルファナお姉さんなら、なんか知ってるのかなあ」
ヴィエンタと数年に渡り研究を共にしていた彼女。ヴィエンタを使った実験を行なっていたらしいし、ヴィエンタの体質のことにも明るいかもしれない。久しく顔を見せていないし、近況を知ることも兼ねて、傷が癒えたら彼女を真っ先に訪ねることを決めた。