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ーー『ワタシたちのこと、ちっとも信頼してなかったのかっ!!?』
そんなはずはない。
いや……そうだったのかも、しれない。
何度も伸ばされていたはずの、いくつもの小さな救いの手。それを取ってこなかった。
救いの手を取れない自分に、一体何が救えるの?
ーー『メイ、お前は今どうして欲しい。今からでも遅くはない、言ってみなさい』
どうして欲しい?そんなこと、今まで考えもしなかった。
今……。今は……。
ーー『わたしには、メイさんが何に思い悩んできたのか分かりません……。でも、助けたい気持ちは同じです。戻ってきて欲しいです。わたしが言うとワガママみたいですけど……』
助けたい?
自分は、……あたしは、キミを救えなかったのに。助けられなかったのに。それでもキミは救われたと言った。だから、今度は自分の番だと。
わからない。わからない。
……でも。
ーー『こんなに沢山の人に慕われてる。こんなステキな事に今まで気付いてなかったの?ナナリカちゃんの言う通り、もっと頼ってあげなさいな!あなたは1人じゃないのよ!』
1人じゃ、ない……。
今、みんなが、救いの手を差し伸べてくれている。この手を取って、頼って、そうすれば、あたしも誰かをちゃんと救えるようになるのかな。
ーー『ナナリーとあっくんも、苦しかったこと、メイちゃんにして欲しかったことを言ってくれてるよ。フィリアさんだってソフィアさんだって、メイちゃんを助けたいって思ってここにいるんだよ。ボクも、メイちゃんの力になりたいから、ボクたちの声に応えてほしいな』
……あたしは。あたしは。
……みんなの手を、取りたい。
たすけて、ほしい。
このまま闇に飲み込まれるのが怖い。こわい……。
ーーーーーー
「ーーイ、メイ」
落ちてくる声に反応し、メイは顔を上げた。声の主は、ヴィエンタ。
「大丈夫、もうすぐだからね」
そう言って、黒い甲殻に覆われた左腕で何も言わないメイの頭を撫でた。
「行こう。今度は失敗なんかしない」
手を離し、背を向けたヴィエンタの後を、メイがゆっくりとついていく。
ヴィエンタの背中を見つめるメイの瞳からは、赤黒い涙がどろりと溢れていた。
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ヴィエンタとメイが消えた次の日。この日も、5人は海底への探索任務へ訪れていた。
「俺たちの声は絶対にメイに届いている。そして、メイも何かを訴えようとしていた。届いているうちに、なんとしても助け出そう」
アテフの言葉に、全員が力強く頷く。
「無論だっ。メイの居場所はあちら側なんかじゃないって、ワタシたちがついてるのだと、教えてやらねば……!」
「ボクもあっくんと……ううん、みんなと同じ気持ちだよ。助けてあげよう、絶対!」
「はい。わたしたちの気持ちは嘘じゃない……全力で思いをぶつければ、きっと……!」
「うんうん、昨日でだいぶ手応えがあったものね!あと一歩のはずよ!頑張りましょ!」
皆、抱く想いは少しずつ違えど、メイを救いたい気持ちは同じ。一丸となって、メイとヴィエンタを待ち受けた。
そしてーー。
「……」
目の前に、闇の渦。ふたつの人影。
「やあ。昨日は取り乱して済まなかったね……」
「……」
不気味に笑うヴィエンタと、その隣にーー微かに憂いを帯びて佇むメイがいた。
「昨日無駄になった1つを作り直すのがやっとだったけど、まあいいや。一刻も早く、1人でも早く、こっちに来てもらわないと……ね」
ヴィエンタは昨日と同じく、右手に長槍、左手にダーカー因子を構え、背中に生える無数の黒い腕を持ち上げた。
そして、今回はメイも自ら前に出て、鉤爪を構えた。
5人もそれぞれの獲物を抜き、構え、前へ。
「メイ。言いたいことがあるのだろう?どんな形でも良い……我慢せずに、俺たちに見せてくれ」
アテフが一言、メイに告げる。
メイはーー大粒の赤黒い涙を溢れさせ、
「ーーウぁアアああああアアァアアアぁァアッ!!!!!」
叫びながら、アテフに向かって跳躍した。
鉤爪を大きく振り上げ、重い連続攻撃。アテフはその全てをツインダガーで往なす。この間、メイの目から視線は逸らさず、助けたい想いを届けようと、そしてメイの訴えを受け止めようとしていた。
ヴィエンタはメイが劣勢と見るや、黒い腕を水面へ。アテフの背後の水面から出現させ、彼を捉えようとうねる。しかし。
「2度も同じ手が通じると思ってるの?」
それをしっかり捉えていためぐが、黒い腕を蹴り潰した。
「チッ……また、キミか……!!邪魔ばかり、邪魔ばかりッ!!!」
苛立ったヴィエンタは、めぐに向けてセイクリッドスキュア零式を放った。ダーカー因子で生成された殺意に満ちた槍。だが、それはめぐに届く前に。
「甘いわよっ!!」
めぐを横切り、ソフィアがアサルトバスターで真っ向から黒い槍とぶつかり合う。強大なフォトンとダーカー因子は暫しの拮抗を見せた後、黒い槍の方が弾け飛んだ。ソフィアはニッと口角を上げて見せた後、背後のめぐを振り返る。互いに無言で笑い合い、称賛し合った。
メイはヴィエンタが押されていることに気付き、アテフへの攻勢を緩めて微かに振り返る。その隙を突いて、ナナリカがありったけのフォトンを込めてワイヤードランスを放った。狙いは鉤爪。フォトンの気配に気付いたメイは、ワイヤードランスを鉤爪で弾き返そうとした。だが。
「ーー!!」
バキッ、と音を立て、右腕の鉤爪が砕けた。欠片はダーカー因子となって霧散し、残滓の隙間からは動揺するメイの表情が見えた。そこへ畳み掛けるように、ナナリカが言い放つ。
「メイッ……!!ワタシたちを信じろ!頼れ!ワタシもメイが必ず戻ってきてくれるって、信じてるからっ!!」
「ーーーーぁ、グ、ッ……!!!」
メイは呻き声を上げながらナナリカを睨み付け、背中から黒い腕を伸ばす。
「だめッ!!」
ナナリカに迫らんとしていたそれを、フィリアが銃剣のエイミングショットで撃ち落とす。メイはこれにもまた呻きを上げ、今度はフィリアの方へ身体を向けた。
「メイさん……必ず、助けてみせますから……!!」
フィリアはツインダガーに持ち替え、メイと対峙した。メイはフィリアを睨み付けていたが、依然としてその目からは赤黒い涙が流れ続けている。
「ーーテ、」
「……?」
「ドう、シテ……」
初めて、メイからフィリアへと投げ掛けられた問いーー
昨日、フィリアが「あなたに救われた」と言った時にメイが放った「嘘だ」という言葉。そして、この問い。フィリアには、その言葉の続きが分かった気がした。
どうして助けようなんて思うのか。
どうして救おうって思うのか。
自分は、フィリアを救えなかったのに。
そんなの、決まっている。
フィリアは、あの日メイに掛けられた言葉をそのまま返した。
「お師匠様のピンチに、何もしない弟子がいますか……!」
「ーー!!!」
メイは目を見開き、頭を抱えてよろめく。しかし、次の瞬間には再びフィリアを真っ赤な双眸に捉え、左手の鉤爪を振り上げて迫った。フィリアはそれをツインダガーで受け止める。
「ぐっ……!!」
振り下ろされた鉤爪の一撃は、フィリアの身体中にその重さを伝達させる。全身の筋骨が軋む音、痛みに耐えながら押し返そうとするが、及ばない。ならば、とフィリアは力を抜きながら後ろへ倒れるようにあえてバランスを崩す。力の限り鉤爪を押し付けていたメイは前へ倒れ込んだ。そこに、踏み留まって姿勢を低くしたフィリアがクイックマーチを放ち、メイを蹴り上げた。
「これでっ……!」
フィリアは追撃のレイジングワルツを入れようと踏み込んだ。
しかし。
「ーーさセ、るかあアああアアあッ!!!」
めぐとソフィアに阻まれていたヴィエンタが、また黒い腕を水面に沈め、フィリアを取り囲むように出現させた。
「それは此方の台詞だ……!」
「そーだそーだっ!!」
近くに居たアテフとナナリカが、それぞれブラッディサラバンド、カイザーライズを放って腕を消し飛ばす。
「ありがとうございます……、っ!!」
それでも腕は際限なく現れ、フィリアはおろかアテフとナナリカをも捕らえようとしていた。
「しつっこいよ!!」
このいくつもの腕を、めぐがモーメントゲイルで全て巻き込んで蹴り落とす。そして、
「あなたの動きを止めれば、腕も大人しくなるわよねっ!!」
ソフィアがヴィエンタへスピードレインを放つ。腕の全てを地に埋め、咄嗟に動けないヴィエンタへ、全ての斬撃が叩き込まれた。
「グ、ァああァアアアアッ!!!」
ヴィエンタは身体に大きな傷をいくつも負い、血とダーカー因子を溢れさせながら仰向けに倒れた。ソフィアの読み通り、この瞬間に全ての腕が動きを止めて霧散した。
「メイさん!!」
この隙に、フィリアは落ちてくるメイを抱き止め、しゃがみ込んだ。
メイは視点の定まらない虚ろな目で、息を切らしていた。
ーーーーーー
助けて、怖い、悲しい、それを訴えようとすればするほど、何故かみんなを傷付けようとしてしまう。闇が心を飲み込んでいく。感じる「負の感情」が全部、闇に変わる。
みんながこんなに救おうとしてくれているのに、それに応えられない。口に出してしまうと、完全に飲み込まれてしまいそうでーー
ーーそうしてまた、自分の気持ちを圧し殺しているじゃないか。圧し殺して、みんなを傷付けているじゃないか。応えられないんじゃなくて、応えてないんだ。
信頼してあげられなくて、ごめんなさい。
嘘だ、なんて言ってごめんなさい。
どんなに傷付けられても、こんなに頑張ってくれてるのに……ごめんなさい。
みんなの「救いたい」っていう気持ちを、信じよう。応えよう。
みんなのところへ、帰るんだーー!
ーーーーーー
「……ッ!!!」
しばらくフィリアの腕の中で大人しくしていたメイが、突然フィリアを突き飛ばして跳び下がった。
覚束ない足取りで着地したかと思うと、これまでに無い程のおびただしい量のダーカー因子の泥を、背中の腕から溢れさせた。
フィリアと一家がメイの変貌に目を見張り、ヴィエンタの動きを止めたソフィアも思わずメイを振り向いた。
「……、け、テ……」
「!!」
メイが、呻くように何かを呟いた。
メイの声を聴き届けようと、5人は静かに見守る。
苦しそうに息を詰まらせ、言葉を紡ごうと口を動かそうとする度に、腕から溢れる泥のようなダーカー因子の勢いが増す。それでも、メイは顔を上げて。
「たす、けてっ……!!」
はっきりと、そう告げた。
「メイ……!」
「ああ……ワタシたちに任せておけっ!!」
「やっと素直になってくれたね、メイちゃん!おっそいよ、もう……!」
「勿論です!そのために来たんですから……!」
「うんうん、よく言った!!それじゃあ今度は、私たちが応える番ね!」
5人は確かにメイの願いを聴き届け、笑顔を向けた。
めぐが自身と4人にシフタをかけ、飛び出す。
異常なまでに膨れ上がり、メイを包み込まんとする無数の腕の片方へグランウェイヴで突っ込み、連続の蹴撃でいくつもの腕を巻き込んで消し飛ばし、残った腕をヴィントジーカーでことごとく破壊。
もう片方へ、ダブルセイバーに持ち替えたアテフがトルネードダンス零式で腕を切り刻みながら飛び込む。最後に、カマイタチでその残滓をも跡形もなく消し去る。
残り、1対の翼の片方へ、ナナリカが全身全霊を込めたカイザーライズを放ち、
そしてもう片方へソフィアがヴォルグラプターを撃ち込み、追撃のアサルトバスターでフォトンを爆発させ、
すべての腕と翼から、メイを解放した。
そして。
「今、助けますからっ……!!」
ふたつの刃に想いを込め、フィリアがオウルケストラーを放った。
「ーーーー」
メイの身体にはいくつもの傷があらわれ、吹き飛ばされる。
その傷口からは、メイに巣食っていたダーカー因子が血と共に溢れては、虚空へと霧散していった。
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ボロボロになって倒れ伏しているメイに、皆で駆け寄る。
緑色の髪、ヒトの腕。ダーカー因子の気配も、もう感じない。傷だらけなこと以外は、見まごうことなく、いつものメイの姿だった。
「メイさん、しっかり!メイさん……!」
「あんまり揺らさないでよ!今レスタかけるから!」
「あっ……!ご、ごめんなさい!」
メイを抱き上げて必死に身体を揺するフィリアを制し、めぐがレスタを放った。表情は完全に傷が塞がることはなかったものの、血は止まってくれたようだった。
それから皆で何度かメイの名を呼びかけーーそして。
「……あ、……」
メイはうっすらと目を開け、5人を見上げた。
「!!よかった、よかった……!」
フィリアは泣きそうな声で安堵を漏らした。その側ではめぐが座り込み、緊張の糸が切れたのか、どっと泣き始めた。
「ほんとに……!!目を覚ましてくれてよかった……!!」
メイの手を握り、無事をしっかりと確かめるように自分の頬に当てる。
めぐの号泣に感化され、ナナリカも堰を切ったように泣き出した。
「ううー……!!ほんとーにオマエって奴はあ!!」
「あはー……ごめん……」
メイは、へなっと笑ってみせる。しかし、その目からは自然と涙が溢れ出していた。
「あ……」
自分が泣いているのだと自覚する。いつもであれば、すかさず笑っていたがーーそれは間違いだったのだと、笑顔は負の感情を圧し殺すためにあるのではないと、もう気付いていた。だから。
「う、うっ……、うあああああっ……!」
皆の前で、初めて心から泣き叫んだ。
メイが目を覚ましたのを見届けると、ソフィアはふとヴィエンタへ視線を向けた。
長槍を支えに辛うじて起き上がっているが、立ち上がるまでには至っていない。ソフィアは警戒しつつ彼女に歩み寄り。
「ねえ……あれを見ても、あなたが間違ってないなんて言えるかしら?」
「……な、に……」
ソフィアが示す先、声を上げて泣くメイとそれを囲んで優しい顔をする仲間たち。
泣いているのに、とても安らかに見える。心からの笑顔と同じような穏やかさを感じる。
自分がしたことは、そして今まで見ていたメイはーー
「わ、たし……」
とんでもないことを、してしまっていた。それにやっと、気付いたのだ。
「間違って、た……、っ!!」
「……?」
突如、ヴィエンタが頭を抱えて倒れ込む。見た目には何も変化はないが、ソフィアにはヴィエンタのダーカー因子の妙な変化が明確に感じ取れた。
「……あなた、」
「……ふ、ふっ……」
ソフィアが呼び止めるも、ヴィエンタは薄気味悪く笑いながら、ダーカー因子を纏って消えていった。
「……」
それを成すすべもなく見送ると、首を振って思考を切り替える。ソフィアも再びメイたちのもとへと駆けて行った。