26-捨て去るおのれは誰のために

 

 

惑星アムドゥスキア 浮遊大陸。

 

少し開けた草原の真ん中で、ヴィエンタはボロボロになった身体と翼を地面に預けて蹲っていた。

最初は惑星間をワープで逃げ回っていたものの、もうそんな力も残されていない。メイたちがいるアークスシップへのワープも考えていたが、そんなことをすれば無関係の人々にも彼等の魔の手が及ぶのではないかと思うと出来なかった。メイがここに来てくれることを願うしか、ない。

 

「……!」

 

ふと空を見上げると、程近い上空に一隻のキャンプシップが滞空しているのが見えた。

滞空しているということは、あのシップに居るアークスたちはこのエリアを任務のスタート地点に置くつもりなのか。こんな中途半端なエリアを滞空するキャンプシップなど、今まで見た事がない。

 

「まさ、か」

 

僅かな希望。これに賭け、ヴィエンタはキャンプシップから降りてくる者を待ち続けた。

 

 

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マップ上には、例のダーカー反応が確かに2つ。そこから遠く離れたエリアに、ヴィエンタの反応。ライアから言い渡されたのはあくまで「ダーカー反応の正体の調査」。しかし、ヴィエンタのことも放っておけないし、2つの反応もどの道ヴィエンタを追ってくるのだろうと、ヴィエンタとの接触も図ることを決意した。

 

マップ上に示されていたヴィエンタの反応があるエリアの上空にキャンプシップを着ける。キャンプシップが停止すると、メイが窓に駆け寄って目視でそれらしき人影がないかを確認した。

 

「……!!あの黒いの、そうじゃない!?」

「どれ、ワタシにも!……翼のようなものも見えるし、間違いなさそうだな。どうするっ!?」

「出てくに決まってんでしょ!!めぐとアテフおじさんも早く!」

 

人影を確認するや否や、窓から離れてテレプールへ駆け出すメイとナナリカ。

 

「2人だけでさっさと出て行こうとしないでよ!もう!」

「まったくだ。めぐ、急ごう」

「分かってる!」

 

早々にテレプールへ消えていったメイとナナリカを追い、めぐとアテフもテレプールへ飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

先程上空から見えた人影のもとへと急ぐ4人。すると、進行方向に渦巻くダーカー因子が現れたことに気付いて足を止めた。

 

「!!」

 

程無くしてその中から何かが現れ、どさり、と倒れ込む。それが何者なのか、すぐに分かった。

 

「ヴィエンタ!!」

 

メイが叫び、ヴィエンタに駆け寄った。無警戒さに背後の3人は数瞬焦りを見せるが、ヴィエンタは攻撃行動に出る気配はない。それどころか、起き上がることすら困難なようだった。

 

「ヴィエンタ、」

「……よか、った……。間に合って、よかった……」

「うん、早くここから離れて手当てを……」

 

そう言って抱き起こそうとするメイの腕を、ヴィエンタは背中の黒い腕で払って拒む。

 

「え、」

「メイ、みんなも……これから言うこと、よく聞いて」

 

有無を言わさない声色に、メイはそれ以上何も言えなくなった。ナナリカたちも、只事ではない様子に口をつぐむ。

 

「メイのパパの侵食は、不完全だ……まだ、助かる……。絶対に、そっちに戻れる。だから、殺されてしまう前に……、私の、父さんと、母さんに、始末されてしまう前に、助けてあげて」

「!?ど、どういうことさ……?」

 

ヴィエンタの両親に、ルガが殺されるかもしれない──。

突拍子のない話に、メイは思わず動揺する。その隣で、アテフが「まさか」と声を上げた。

 

「ヴィエンタを追っている2つのダーカー反応というのは……」

「察している通り、だよ。……でも、もういいんだ。伝えたいこと、伝えられたから……」

「何……?」

 

ヴィエンタは、心底安堵した……それでいて悲しげな笑みを、4人に投げかけた。

 

「私のことは、もう……いい、から……」

「もういいって、何それ……!」

「だって、私は──」

 

言葉を紡ぎ終わらないうちに、異変は起きた。

ヴィエンタの身体が宙に浮く。正確には、地面から伸びたヴィエンタのものではない黒い腕が、ヴィエンタの首を掴み上げている。その背後では、同じ黒い腕、そして黒い翼を背中からうねらせて薄く微笑む男女──カルミオとオルディネが立っていた。

 

「やっト捕まえタぞ」

「大人シく帰っテ来れば、良かっタのに。少シ、お仕置キね」

 

突然の出来事に理解が追い付かず動けずにいたメイたちだが、我に返って武器を抜く。

 

「こいつ……!!」

 

メイはヴィエンタの首を掴む腕を目掛けてレイジングワルツを放つ。メイの攻撃を阻止しようと他の腕も地面から現れるが、それらはめぐが放ったイル・グランツによってことごとく消し飛ばされた。妨害を受けることなく、メイのレイジングワルツは腕を一閃。腕は消滅した……が、すぐに他の腕がヴィエンタを捕らえ、オルディネたちのもとへと引き寄せた。

 

「ヴィエンタは、私たチと帰るノ。ね……?」

「っ……ごほっ……、帰る、から……メイ、たちには……手を、出さない、で……。お願い……」

「さア……。私たチの邪魔ヲ、しなけれバな」

 

オルディネたちとのやり取りを呆然と見ていたメイ……だったが。

 

「……ざっけんなよ!!!!!」

 

叫びながら、オルディネたちのもとへ跳躍した。

 

「め、メイ!?」

「驚いてる場合ではない!ナナリカ、めぐ、援護するぞ!!」

「わ、わかっておる!!」

「おっけー、あっくん!」

 

メイが初めて皆の前であらわにした、「怒り」。スラストレボルシオの刃こそオルディネたちへ向けられていたが、怒りの矛先はオルディネたちではなく、ヴィエンタだった。

 

「何が『もういい』なのさ!?散々間違えといて今度はあたしたちやシルファナお姉さんの気持ちまで蔑ろにするっての!!?勝手に諦めんなこのバカッ!!!!」

 

迫る無数の黒い腕を斬り払いながら怒声を放つ。腕の間から見えるヴィエンタの驚愕の表情を見据えながら、前へ。しかし、止まらないと見たカルミオが自ら割って入り、硬い甲殻で覆われた両腕でスラストレボルシオの刃を防いだ。

 

「んだこの!!!邪魔すんな!!!」

「それハこちらの台詞だ。娘ヲ誑かさレては困ル」

 

カルミオはメイの背後の地面から黒い腕を放つ。が、それらはナナリカのカイザーライズによって断たれ、カルミオの左からはめぐがグランウェイヴで、右からはアテフがシンフォニックドライブで迫っていた。

 

「小癪ナ……」

 

カルミオは腕に力を込め、メイを押し返して弾き飛ばした。そして、空いた両腕のそれぞれでめぐとアテフの挟撃を防ぐ。完全には威力を殺しきれず、衝撃は甲殻を突き抜けて腕の骨を砕いた。

めぐとアテフは手応えを確認するとすぐに飛び退く。しかしカルミオは両腕をだらりと下ろすも、こたえていないような表情だった。

そのカルミオの背後で、オルディネが無数の黒い腕でヴィエンタを抱きながら、赤黒い沼のような地面へと消えていくのが見えた。

 

「ヴィエンタッ!!」

 

メイが駆け出すが、間に合わない。俊足を誇るめぐもオルディネを止めようと走るが、カルミオの腕に阻まれる。

 

「っ……!」

 

為すすべなく、ヴィエンタはオルディネと共に沼へと飲み込まれてしまった。それに続き、カルミオも地面に現れた赤黒い沼へと姿を消した。

 

 

 

 

間際のヴィエンタは、「ごめんなさい」と呟きながら赤い涙を流していた。