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ヴィエンタは、ダークファルスと化したメイの父親、その凶刃に倒れる母親、絶望に染まるメイの「笑顔」、アテフの悲しみの表情、それらから遠ざかるように市街地をあてもなく逃げ惑っていた。
自分は、ダーカーの眷属である。
人間とは相容れないと分かっていたのに、ルガの言葉を甘んじて受けて入れてしまった。否、そもそも彼と出会い、彼に打ち倒された時点で、その一家の崩壊は決定されていた。
理由は分からないが、自分はどうやらそういう性質を持つ存在らしい。
ーー攻撃してきた者を逆に蝕んでしまう。
「わたし、さえ、いなければ、わたしとであって、いなければ、」
もう取り返しのつかないことをしきりに漏らしながら、走る。
そう、自分さえ居なければメイたちの幸せは壊れることなんてなかったのに。
「でも……」
壊れたのは、自分の幸せもだった。メイたちと過ごした時間はとても幸せだった。
けれどその陰で一家の崩壊が徐々に迫っていたのだと考えると、その間に幸せを謳歌していた自分がとてつもなく憎くて。
色んな気持ちがないまぜになって、訳もわからず大粒の涙を落としながら、走る。前なんて見えていない。すぐ目の前に人影が迫っていることにも気付かず、
「っ、わ、!?」
知らぬ間に、何者かの腕の中に身体を委ねていた。
「っと、どーしたちっちゃいの。迷子か?」
「まだこの辺りにもダーカーはうろついてるし……俺たちが安全なとこまで連れてってやるからさ」
優しげな男2人の声。見上げて姿を確認すると、男たちはアークスだった。
「……ぁ、あ、」
アークス。
ダーカーと敵対し、ダーカーを葬る存在。
自分の正体を知られれば、殺されるーーが、それ以前に、攻撃されでもすれば、相手に何が起こるか分からない。
ヴィエンタが持つダーカー因子はそういうもの。だからルガは、ダークファルスにーー
「だ、め、こないで」
「?大丈夫だよ!俺たちはアークスだ、お前の敵じゃ……」
「だめ、いや、いやだッ!!!」
アークスの腕を振りほどき、叫ぶ。それに呼応するかのように、禍々しい力が噴き出してくるのを感じた。そのときにはもう遅く、背中から翼とも腕ともつかない黒い帯がいくつも飛び出し、アークスの2人を襲っていた。
「なっ……!?く、くそッ!!」
1人が咄嗟にツインマシンガンを抜き、弾丸で黒い帯を迎え撃つ。
「あ、ああ……!!」
ヴィエンタは必死に黒い帯を抑え込もうとするが、制御出来る気配はない。代わりに黒い帯を制したのは、アークスの放った弾丸の流れ弾。
「あぐっ……!!」
ヴィエンタの脇腹を貫き、それと同時に黒い帯もようやく動きを止めて地面に落ちる。なんとか踏みとどまり、傷を押さえながら恐る恐るアークスたちの表情をうかがった。
「こんなナリしてダーカーとはな……。可哀想だけど、殺られる前に殺るってな!!」
「ごめんね……!!」
「っ……!!」
完全に敵対の意思を示す表情と武器を握る手。ヴィエンタは彼らが動き出す前に、赤黒いフォトンに身を包んで姿を消した。
ワープした先は、瓦礫が目立つ人気の無い通り。ここに辿り着いたのは偶然だが、身を隠すにはちょうど良い。
背中から無造作に生える黒い帯は地面に引き摺り、歩くたびに傷口から伝う血がコンクリートに引き伸ばされていく。進路を赤く染めながら、適当な瓦礫の隙間に倒れ込んだ。
「……」
寝転んでいても、世界がぐるぐると回る。意識が遠退く。
このまま死んでしまえるのなら、それでいい。そうすれば誰も不幸にせずに済む。人間と関わることは間違いなのだから。
ーーそんな思考が過ぎった時。
「……あなた、」
頭上から、女性の声が聞こえた。一瞬にして意識を引き戻され、声の主に顔を向ける。
心配そうにこちらを見下ろす、紫色の長髪、白衣の女性。後ろにも何人か白衣がいるが、目が霞んでよく見えない。
自分は今、異形の姿をしているだろうに、女性は恐れる事も嘲笑うこともしなかった。その優しさに、温かかったあの家の家族たちを重ね。
「こ、な、いで……」
息を切らしながら、か細い声で訴える。これに合わせて僅かに黒い帯が鎌首をもたげた。
「大丈夫、大丈夫です。私たちが今助けてあげますから……、」
女性はヴィエンタを抱き抱えようと手を伸ばす。
「や、だ……、やだ……!」
ヴィエンタは持てる力を振り絞って拒絶の意思をぶつけた。
「……ああああああああッ!!!」
「っ!!」
僅かに起き上がり、女性の腕を払い除けるように黒い帯を振るう。女性はすんでのところで身を引くが、黒い帯が地面に落ちるとまたヴィエンタに手を伸ばしていた。ヴィエンタは震えながら申し訳程度に後ずさる。
「なん、」
なんで。そう言いかけたとき、力んだことで開いた傷口が激しく痛み、また血が流れ出し、呻きながら蹲ってしまった。
女性の緊迫した声とそれに従う白衣たちの声が聞こえては、段々と遠退いていく。傷の痛みも鈍くなっていき、気付けば意識を手放していた。
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次に目を覚ましたのは、真っ白な空間の中。眠っていたのも、真っ白で無機質なベッド。うっすらと目を開け、ゆっくりと身体を起こす。周囲には機材が置いてあり、そこから伸びるコードかチューブがいくつか自分に繋がれている。そして、機材の前で何か作業をしていた見覚えのある姿がこちらを振り向いた。
「ああ……!よかった、目を覚ましたんですね……!」
「……え、あ……」
それは、かの紫色の長髪の女性だった。心底ホッとした表情で、ベッドの側へと近付いてしゃがんだ。
「見たところ、バイタルはかなり安定していますが……何処か痛いとか、気持ち悪いとか、ありませんか?」
「だい、じょうぶ……。……」
ヴィエンタは返事をしながら、周囲の機材を見回した。
「ああ、これらはあなたのバイタルチェックや検査のためのものです。危害を加えるものでは決してありませんから、安心してくださいね」
「そう……」
女性は優しく微笑みかける。特に警戒をしていた訳ではなく、まだ意識を取り戻したばかりでぼうっとしていただけだったため、ヴィエンタは曖昧な返事を返した。
しかし、その後徐々に思考がハッキリしてくると……これまでにあったことを再び思い出し、ガタガタと震えながら涙を落とし始めた。
「あ……ああ……!!」
頭を抱えて蹲る。すると、女性が何も言わずに、落ち着かせるようにヴィエンタの背中をさすった。
「っ……!!」
この優しさと、僅かに感じた幸せが、今のヴィエンタには酷く痛かった。
「やめて……やめてッ!!!」
ヴィエンタの悲鳴のような叫びに、女性はぴたりと手を止める。
「わたしは……ダーカー、だから……、わたしといたら、きっと……」
「分かっています。だからこそ、ここに匿ったのです」
女性の言葉の意味が分からず、ヴィエンタは黙りこくった。女性はそんなヴィエンタの様子を察して、ゆっくりとこの場所の説明をし始めた。
「ここは、『ウォパル』という惑星の奥地に作られた研究施設の中です。ここでの主な研究および実験内容は、『フォトンとダーカー因子の共存』です」
……フォトンとダーカー因子の、共存。
ヴィエンタは僅かに顔を上げ、女性の言葉の続きを待つ。
「あなたはダーカーでありながら、一般的なヒューマンの特徴も持っています。これは検査で分かったことですが、私はあなたを発見した時からそう感じていました。……そして、ここはそんな人や生き物を救うため、先程言っていた『共存』の研究をしているのです。だからここなら間違いなくあなたを受け入れてくれますし……それに、私としても、あなたを放って置けなかったんです」
女性の真剣な眼差しと目が合う。
「ここに匿った理由、分かっていただけましたか?」
「……うん」
ヴィエンタは頷きながら、匿われた理由よりも気になる言葉を頭の中で復唱する。
フォトンとダーカー因子の共存ーー。
「……ねえ」
「はい、なんでしょう?」
「それがせいこうしたら、わたしはみんなといっしょにくらせるように、なる?」
「ええ。勿論です」
「……ダークファルスになったニンゲンも、もとどおりになる?」
「はい。ダークファルス並みの強力なダーカー因子とも共存可能なフォトンの研究も少しずつ進めていますから、或いは」
「……」
ヴィエンタの中に、ひとつ確固たる意思が生まれた。
「……わたしも、わたしもてつだう」
「え?」
「けんきゅう、てつだう。ジッケンも……わたしのからだ、きっとやくにたつ、から……」
またみんなと幸せに暮らせるかもしれない。
メイのパパも元に戻って……メイの笑顔も、また見れるようになるかもしれない。
希望、そして贖罪。
自分にもまだ、出来ることはある。
壊してしまったメイたちの幸せを取り戻すために、ここで。
しかし。
「……研究員としての協力ならば、歓迎します。ですが、被験体というのは……とてもではありませんが、頷くことはできません」
女性は厳しく言い放った。
「ど、どうしてっ……!」
「どうしてって……。あなた、被験体になるということがどういう意味か分かっていますか?苦しいし、辛いかもしれない。命の危険だって伴うかもしれないんですよ?」
「そんなの……!!」
そんなの、分かっている。それに。
「メイたちのほうが、よっぽどくるしくて、つらいにきまってる!!それをなんとかできるんなら……わたし、なんだってやる!!メイたちがまた、しあわせになってくれるなら……!」
一番は、メイたちの幸せだ。
願わくば、自分もまたメイたちのもとに戻りたい。けれど、元より居なければ良かった存在なのだから、それは二の次でいい。ただただ、メイたちの幸せを取り戻したかった。
そんなヴィエンタの強い主張を前に、女性はヴィエンタが抱えていることを察したが、未だ渋ったまま。
「落ち着いてください!まずは冷静になりましょう。それからまた、よく考え直してみてください。……一晩時間をあげますから、ね?」
そう言って、またヴィエンタの背中を撫でた。ヴィエンタはまだ何か言いたげに、睨むような視線を女性に送る。しかし、女性の有無を言わさない表情を見て、
「……わかっ、た……」
ひとまず、主張の矛先を収めた。シルファナは返事を聞いて、安心したように微笑んで頷いた。
「それでは、私はそろそろ研究室へ戻ります。くれぐれも安静にしておいてくださいね?」
「……わかってる」
女性は一通り機材の確認を終えると、踵を返して部屋の扉へと向かう。扉の前まで来ると、ふと足を止めてヴィエンタを振り向いた。
「ああ、申し遅れました。私はシルファナと申します」
「……シルファナ……。わたしは、ヴィエンタ。よろしく、ね」
互いに短く自己紹介を終えると、シルファナは扉を開けて退室した。
機材が立てる小さな電子音の鳴る部屋の中、ヴィエンタはベッドに蹲る。
しばらくの間そうしていたが、ヴィエンタの中の考えは、切なる願いは変わることはなかった。