EX 1/2-取り戻したくて、失って

★藍白碧さん作「命の先に act.1」「命の先に act.2」と対応しています。こちらも是非ご覧ください!


ヴィエンタはいつの間にか眠っていたらしく、目を覚ました頃には翌日だった。

身体を起こし、しばらく周囲の機材を眺めて待っていると、シルファナが部屋の扉を開けて入ってきた。

 

「ああ、おはようございます。すみません、起きているとは知らずに声もかけなくて……」

「ううん。おはよう、シルファナ」

 

互いに穏やかな笑みを浮かべ合う。が、シルファナはすぐに真剣な面持ちに変わる。

 

「ヴィエンタさん、昨日のお話ですが……答えは、いかがですか?」

 

昨日の話ーーヴィエンタ自ら研究員兼「被験体」となることを申し出た話。一晩を経て、ちゃんと冷静に考えて、ちゃんと出した結論を、シルファナはヴィエンタに問う。

 

「……わたしのかんがえは、かわらない。メイたちのしあわせを、とりもどしたいの。だから、なんでもきょうりょくさせてほしいんだ」

 

ヴィエンタの考えは覆ることはなかった。むしろ、昨日よりも確固たる決意を宿した力強い瞳でシルファナを捉えている。シルファナは少し困惑した様子を見せるが、この目を見ればもう決心は揺るがないだろうと分かり。

 

「……そこまで決心が固いのなら、無下にするのも申し訳ないですね。分かりました、所長に掛け合ってみます」

「!!ありがとう……!」

 

ヴィエンタの願いを受け入れた。ヴィエンタはたちどころに表情を明るくし、気が急くままにベッドから飛び出そうとしていた。

 

「だ、だめですよ!そんなに急に動いては……!」

「もう、へいき。いっしょにたのみにいきたい!」

「だめです。まだ傷は癒えきっていないのですから。傷が開いたら、話が通っても研究に加わるのが遅くなってしまいますよ?」

「あ……。……うん、わかった……」

 

正論を突き付けられ、すごすごとベッドに潜り込むヴィエンタ。シルファナは分かりやすく落ち込む彼女を見て少し申し訳なく思うも、なんだか可愛らしくも思えてくすっと笑った。

 

「それでは、話をしてきますね。くれぐれもベッドから出ないようにしてくださいね?」

「わかってるよ、シルファナ」

 

ヴィエンタは扉の外へ消えていくシルファナの背を見送り、これからのことに想いを馳せる。まだ話が通るとも決まっていないのに、ヴィエンタの中には「これでメイたちを救える」という気持ちが膨らんで止まらなかった。

 

 

---

 

 

ヴィエンタを研究員に加え、更に被験体としても迎え入れるという話は、なんとその日の内に許可が下りた。ヴィエンタがヒューマンとダーカーの特徴を併せ持つ、まさに「共存」を体現した大変貴重な存在であること・シルファナはこの研究室において非常に優秀な研究員であり、これまでの実績と信用があること……この2つがあったからこそだった。

 

そしてヴィエンタは、シルファナと他2人の助手で構成された研究チームに編入することになった。この知らせを聞いて、またもやベッドから飛び上がる勢いで喜んだ。

 

「ありがとう、ありがとう……!」

「どういたしまして。でもまさか、こんなにすぐ話が進むなんて思っていませんでした」

 

シルファナはまだ少し表情を曇らせていた。とはいえ、もう決まってしまったことである。自分に出来るのは、少しでも負担やリスクを減らすこと。そう言い聞かせ、ヴィエンタに笑ってみせた。

 

「傷が完全に癒えたら、まずは少しずつ研究室に慣れていくことから始めましょう」

「あと、どのくらい?」

「完治はあと1週間程ですね。その間に、研究室のことやその日の研究内容をお話しに来ます。予習にも暇潰しにもなるでしょう?」

「うん、うん。いっぱいきかせて」

 

 

 

シルファナはその後、ヴィエンタの編入に向けた準備をしに研究室へ戻っていった。

ヴィエンタは逸る気持ちを抑えつつ、言いつけ通りベッドに横になる。編入の日を待ち望みながら、その日は眠りについたのだった。

 

 

---

 

 

そして、1週間後。

 

全快したヴィエンタは、シルファナに手を引かれて研究室に向かっていた。真っ白で無機質な廊下の両側には、ガラス張りの研究室が見える。自分が行く場所以外にもいくつかあるらしく、通り過ぎる度に興味深げにガラスの向こうを覗いた。

こんなにも沢山の人が、「フォトンとダーカー因子の共存」という目的のもと動いているーー。ヴィエンタの中の希望はますます膨れ上がった。

 

2人はかなり奥まった場所にある研究室の扉の前に辿り着いた。扉のロックを解除しようと、ホログラムの盤面にナンバーを打つシルファナ。ヴィエンタはそれを緊張の面持ちで見ていた。

 

「さあ、入りますよ」

「……うん」

 

扉が開き、2人は研究室の中へ。既に助手の男女2名が待機しており、こちらを向いて会釈をした後、興味深げにヴィエンタを凝視した。ヴィエンタは挨拶を催促されているのだと思い、自己紹介をする。

 

「あ……、ヴィエンタ、です。よろしくおねがいします」

 

ぺこり、と頭を下げると、助手の2名も親しげに自己紹介を返してくれた。

 

「オレはルイス!宜しく頼むっスよー!」

「……ノエル。宜しく」

 

ルイスとノエルは改めてお辞儀をしてみせた。

ヴィエンタは安心すると頭を上げて、研究室の中を見渡してみる。壁や床と同じ白を基調にしたテーブルに、研究や実験に使うのであろう細々とした用具や機材が置いてある。棚には結晶やキューブ状のフォトンの塊がビンに小分けにされ、いくつも並んでいる。その隣にも棚があるが、こちらは厳重に閉ざされていた。そして、一際目に付くのは、いくつかの機材に繋がれたガラス張りの小部屋。中にも円筒形の装置が2つ設置されている。

 

「ここ……」

「ここが、ヴィエンタさんが実験を受けていただく際に入ってもらう実験室です。……やっぱり、不安ですよね」

 

実際に実験室を前にしては、流石に怖くもなるだろう。シルファナはしゃがんでヴィエンタの表情を覗き込みながら、背中を撫でてやった。

 

「ううん……だいじょうぶ」

 

ヴィエンタは気丈に笑ってみせる。恐ろしくない訳ではない。しかし、この程度のことで潰える願いではなかった。

 

「メイたちの、ために……たくさんがんばるから」

 

その瞳は力強く、実験への覚悟を宿していた。

 

 

 

 

 

 

ヴィエンタは数日かけてーー否、たったの数日でこれまでの研究記録を読み漁り、シルファナや助手たちの研究の手伝いをできる程になっていた。元々学習能力が高いのか、メイたちを想う気持ちのなせる技なのか。どちらにせよ、シルファナたちを驚かせて止まなかった。

 

「すごい学習速度ですね……。助かりますが、無理は禁物ですよ」

「むりはしてないよ。それより」

 

端末から研究記録を検索していた手を止めて、シルファナを見上げる。

 

「きょうだよね、いっかいめ」

「はい。……心の準備は……、って、言わずもがなという顔ですね」

 

そう、今日は1回目の「実験」の日。

内容は、ヴィエンタへのフォトンの付与。ヴィエンタはダーカー因子を持ちながらもフォトンを持ち得る適性が備わっていることが検査で明らかになっていた。まさに、「共存」の実験に相応しい。

 

「準備はもう済ませてあるので、いつでも実行できます。声を掛けてくだされば、」

「いま。いまからやる」

 

ヴィエンタはシルファナが言い切るのを待たずに実験をせがんだ。シルファナは苦笑するも、すぐに引き締まった表情になり。

 

「それでは、始めましょう。ルイスさん、ノエルさん、指定の『スフィア』を」

「はいはいっと!」

「了解」

 

シルファナに指示を受けた助手2人は、棚からキューブ状のフォトンの塊が入った瓶をひとつ、隣の厳重な棚からは、同じくキューブ状だが赤黒いフォトンの塊が入った瓶をひとつ取り出す。厳重な棚には、ダーカー因子の塊が格納されていたのだ。

 

「ヴィエンタさんは、こちらに」

 

ヴィエンタはシルファナに実験室の前まで手を引かれ、促されるまま中へ。

シルファナはルイスからフォトンの『スフィア』を受け取り、実験室の中に設置してある円筒形の装置の中へ。ダーカー因子の『スフィア』はもう一つの装置へ。これらはアークス向けに作られた回復装置の機構を応用したフォトンの拡散装置であり、拡散量などの繊細な調整も可能なもの。ただし、極めて高いフォトン適性を持つシルファナでなければ、この装置の調整は不可能だった。

『スフィア』のセットが終わると、シルファナは実験室の外から拡散装置を操作する。

 

「開始、します」

 

スピーカー越しのシルファナの声に応じ、ヴィエンタは頷いた。

 

「うん。シルファナ」

 

 

 

 

 

 

ひとつの拡散装置からフォトンが溢れ出す。

ヴィエンタは自分の身体に明らかに異質なモノが入り込んでくることを自覚し、少し震えて顔を顰めた。

 

「っ……」

「大丈夫ですか?」

「うん……へいき、」

 

ヴィエンタがそう返事をした直後、異変は起きる。

 

「ぁ……ぐ……っ!!」

 

身体に力が入らなくなる。糸が切れたようにその場に倒れ、息を切らす。急激な目眩、焼けるような痛み。付与されたフォトンが、ヴィエンタの中に宿るダーカー因子に対して浄化の作用を持ち始めたのだ。

シルファナはこの変化が起きる直前、ヴィエンタが返事をした辺りで既に兆候を見抜き、装置を停止していた。あと一歩遅ければ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

 

「ダーカー因子の数値も拮抗してるっス!けど不安定すぎるっスね……」

「いつ崩れてもおかしくない……。このフォトンは改良が必要」

 

ルイスとノエルは、冷静に状態を伝えた。シルファナも平静を保ち、ダーカー因子の『スフィア』が入れられた方の装置を起動した。

 

「大丈夫です、もう少しで楽になります……!」

 

ヴィエンタに付与したフォトンをダーカー因子で汚染し、状態を持ち直す試みだった。これも、与えすぎないように僅かずつでも調整していき……

 

「……っし、ダーカー因子の数値オッケーす!」

「バイタルも安定……。でもかなり消耗してる」

 

実験自体は失敗したが、課題は見え、ヴィエンタもなんとか無事。3人は安堵した。

 

ヴィエンタはまだ倒れ込んだままだったが、荒かった呼吸は安定している。シルファナが実験室に入ってくると、ゆっくり顔を上げた。

 

「……ごめん、ね。しっぱい、だよね……」

「ヴィエンタさんが気に病むことはありません。まだ1回目ですし、これから試行錯誤を重ねていけばいいことですから」

 

シルファナはヴィエンタを抱きかかえ、背中を優しく撫でる。

 

「……試行錯誤を重ねるということは、このような実験が繰り返されるということです。勿論、私たちも出来るだけヴィエンタさんへの負担及びリスクを抑えられるようにフォトンや装置の改良はしていきますが……」

 

苦痛を伴う実験。これには変わりがない。何度繰り返すかも今は分からない。それでも本当に続けるのか、と。

しかし、ヴィエンタの願いは揺るがなかった。メイたちの幸せを取り戻すためなら、どんなことにだって耐え抜いてみせる。

 

「なんかいでも、やる。ぜったいに、イヤだなんていわない。シルファナ、ルイス、ノエル。これからも、よろしくおねがいします」

 

子どもとは思えない声色、眼差し。この強さに、3人も応え、頷いた。

 

 

---

 

 

この後は数週間おきに実験がなされ、実験のない日はヴィエンタも研究の手伝いに回るなど、毎日のように「共存」の成功を目指して奔走していた。

時には意識を失う程の苦痛を伴う。何日も動けなくなることもある。それでもヴィエンタは一度も弱音は吐かなかった。

そしてシルファナも、研究、実験の準備、実験後の経過観察などで夜を徹することが多く、同じく苦労を重ねては助手たちに心配されていた。

 

ヴィエンタたちが一丸となって臨み続けた成果は少しずつだが表れ、ヴィエンタが感じる負荷は徐々に減っていき、ダーカー因子との調和も段々と安定を見せるようになっていた。

 

 

 

 

 

ーーそして、研究を続けて5年の月日が流れ。

 

小さかったヴィエンタはシルファナと同じくらいの背丈になり、2人肩を並べて研究に勤しんでいた。その脇ではルイスとノエルも変わらず助手として2人を手伝っていた。

 

「シルファナ、このスフィアはまだ使えないの?」

「もう、気が早いのはいつまでたっても変わりませんね、ヴィエンタ。まだ微調整が残っています。もうしばらく待っていてください」

「分かった。私に出来ること、何でもやるから声を掛けてね」

「はい。ありがとうございます」

「オレたちもいるっスからねー!」

「……無理はしないように」

 

4人で微笑み合う。5年の歳月は、この研究メンバーの信頼関係を確固たるものにしていた。

 

そうして、協力して作り上げた新たなフォトンの『スフィア』。もう何度目になるか分からない『実験』で、効果を観察することとなった。

ヴィエンタは慣れた足取りで実験室へ。

 

「それでは、始めます」

 

シルファナが、拡散装置を操作した。

ルイスとノエルは、機材が観測するグラフや数字に集中する。

ヴィエンタは落ち着いた様子でフォトンを浴び続けているーー

 

「……おおおっ!?」

「ルイス、うるさい。……でも、これは……」

 

フォトンとダーカー因子の均衡が自然に保たれている。数値はそのまま横這い。バイタルも極めて安定していた。

 

「……ヴィエンタ、身体はいかがですか?」

 

シルファナがスピーカー越しにヴィエンタへ問う。ヴィエンタは。

 

「……何事もない。異物感というか、変な感じはするけれど、痛いとか苦しいとかは、感じない」

 

笑顔でそう答えた。

この瞬間、シルファナとルイス、ノエルの感嘆の声が上がった。

 

「成功、ですね……!」

「恐ろしいくらい安定してるっス!!信じらんねーす……!」

「そのために今まで頑張ってきたんでしょ……」

 

そしてヴィエンタも実験室から出てきて、3人に混ざって今までで一番の笑顔を見せた。

 

「これで……救えるんだ」

 

ヴィエンタの脳裏には、心からの笑顔を咲かせるメイが浮かんでいた。

 

 

---

 

 

成功後も、油断なく経過観察を続けていたシルファナは、あることに気付いた。

他の研究室の手伝いにも回るようになったヴィエンタだが、日に日に疲労が早まっている気がしたのだ。

考えてもみれば、相反する2つのモノを体内に宿しているのだからいくら安定はしているとはいえ何もない筈はないのだろう。

 

「ヴィエンタ」

「ん?なあに、シルファナ」

「少し検査に付き合ってください」

 

シルファナは足早に研究室を行き来するヴィエンタを呼び止め、ルイスとノエルのもとで検査をさせることにした。

 

 

 

 

 

 

「……あー、やっぱ少なからず負担はあるみたいっスねー……」

「フォトンとダーカー因子の均衡を保つために……知らず知らず消耗してる……」

「そう、ですか……。ということは、次の課題が見えましたね」

 

均衡を保つため生まれる負担の軽減。

これがなされれば、本当の意味での実験成功となる。

 

「シルファナ。私はまだまだ頑張れるよ」

 

検査のためにベッドに寝かしつけられていたヴィエンタが、3人に力強く告げる。

 

「……分かりました。ヴィエンタの身体のことでもありますし、早々に研究に移らなければなりませんね」

 

そうして、また新たな研究へ踏み出した。

 

 

 

ーーしかし。

 

 

---

 

 

「シルファナ……遅いなあ」

 

数日後の研究室。

シルファナは研究に必要なデータを纏めに行く、とどこかへ出て行き、助手たちも他の研究室から研究素材を分けてもらうと言って出て行ってしまった

1人退屈にベッドの上で足をぶらつかせていると。

 

 

ーードゴォッ……!!

 

 

研究室……否、この研究施設の広範囲が、激しく揺れた。

 

「っ!?な、何」

 

慌てて廊下へ出て行く。同時に、信じられないものを目にする。

何かに曲げられたかのように歪み、崩れる壁。不自然に、ひとりでに捻れ崩壊していく柱。地震などではない。明らかに異常な現象だった。

 

「何が、起きているの……、」

 

ふと、シルファナが以前話してくれた昔話を思い出す。

シルファナの、過去。周囲のモノを「歪めて」しまう程の膨大なフォトンを宿した子どもであったこと。この力のせいで、家ごと両親を捻じ曲げて殺してしまったこと。

 

そしてーー今起きている異常現象は。

 

「まさか……、でも、なんで」

 

信じたくない。そんなはずはない。混乱していると、天井が大きな音を立てて崩れ落ち始めた。

ヴィエンタは崩落する天井を避けて走り出した。揺れと瓦礫に足を取られながら逃げ惑う。時折弾けるように飛んでくる細かな瓦礫で身体中に小さな傷や痣を作りながら、とにかく。他の研究員たちも一目散に逃げ回り、施設内は大混乱に陥っていた。

 

「シルファナは……!ルイス、ノエルっ……!」

 

3人を探さなければ。そう思い、一瞬足を止めて周囲を見回した。

 

「!!シルファナッ!!!」

 

視界の端に出口を目指して走るシルファナが写り、すぐ振り向いて名前を呼ぶ。

 

「待って、シルファナ、シルファナッ……!!」

 

何度も叫ぶが、必死であったためか崩落の音に遮られたのか、届くことはなく。そして、追いかけようと踏み出した時には、もう瓦礫に阻まれていた。

 

「そん、な……!」

 

気が付けば、目の前だけでなくどこを見渡しても瓦礫で埋め尽くされていた。辛うじて残っている天井も、いつ崩れてもおかしくはない。

失意のもと立ち尽くしていると、施設内に一際大きな爆音が鳴り響いた。この衝撃で、ついに天井も崩れ落ち。

 

「ーーあああああああああああッ!!!!」

 

命の危険からか。それとも、シルファナに置いていかれたという事実へのショック故か。

ヴィエンタは長らく封じていたダークファルスの力を振り絞り、間一髪、ワープでこの場を離脱した。

 

 

 

 

 

 

浮上施設。

 

特にワープ先は想定していなかったが、気付けば崩れていく施設が見渡せる場所に立っていた。

 

「……どう、して、シルファナ……」

 

 

どうしてこんなことを。どうして置いていったの。

 

一言、届かない問いを呟き、再びヴィエンタの姿は赤黒いフォトンに包まれて消えていった。

 

このとき既に、負の感情、ダークファルスの力の行使により、ヴィエンタの中でのフォトンとダーカー因子の均衡はまた崩れ始めていた。

少しずつ少しずつ、本人も気付かぬうちに、ダーカー因子がフォトンを、思考を、侵していった。

 

 

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1人になってしまった後、全く別の研究施設の人間に拾われ、そこでも独自に「共存」の研究を続行した。すべてはメイたちのため。

 

しかし、元いた施設程の設備はなく、研究は思うように進まず。

何故、シルファナはあの研究施設を壊したのか。自分を置いていってしまったのか。問えば問うほどに深い悲しみが襲う。

そして、まだ「均衡」による負荷を抱えていると思っているための焦り。

 

負の感情は、ダーカー因子は、切なる願いを歪めていく。

 

「メイたちを、幸せに……、メイの笑顔を、もう一度、」

 

そう呟くヴィエンタの笑顔は、もう希望に満ち溢れるものではなくなっていた。