そう、本当はずっとずっと苦しくて、悲しくて、辛くて、
でもそれを見せたらみんなも暗い顔をする。
そして自分も感情の闇に飲み込まれそうで。
それが怖くて、たまらなかったんだ。
だから笑っていた。苦しくても、悲しくても、辛くても。
笑っていればみんなも明るくなると。
大切な人たちも戻ってきてくれると。
ずっと、そう信じていたのに。どっちも全然出来ていなくて。
自分には何も出来ないんだ。誰も救えないんだ。
こんな何も出来ないどころか、迷惑ばっかりかけてしまう奴の手なんか……誰も取らなくて、当然じゃないか。
この手は救いの手なんかじゃない。大切な人たちを闇へと追いやる手なんだーー
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深夜のメディカルセンターにけたたましく鳴り響く警報。病室のひとつから突然膨大なダーカー因子の反応が現れたために、メディカルセンターは混乱に陥っていた。
その病室は、メイの居る部屋。
連絡を受けたアテフとナナリカ、めぐは血相を変えてメディカルセンターへ飛び込んでいく。言葉は交わさず、一目散にメイの病室を目指して駆けた。
そして。
「ーーメイ!!」
先頭のアテフが、病室の扉を開く。その勢いのまま、3人は中へ入りーー信じ難い光景を目の当たりにした。
「ああ……みんな、来てくれたんだね。でも残念、今日は『1つ』しか持って来てなかったんだ」
ベッドの脇でニコリと笑っている、ヴィエンタ。そしてその足元で、
ーー変わり果てた姿のメイが、地面にへたり込んでぐったりと項垂れていた。
背にはヴィエンタと同じ2対の黒翼。真っ白に染まった髪の端が紅く穢れ、頭には禍々しい角。全身には、ダーカー因子を纏っている。
「う、ウソ……であろうっ……??なあ、メイ……メイ……!!!」
ナナリカが悲痛に叫ぶ。その声にメイがぴくりと反応し、僅かに振り向いた。
「っ……!!」
その表情は、いつものメイとは程遠い。
真っ赤に染まった瞳は、あまりにも虚ろでーーそして悲しげで。目元からは瞳と同じ色の涙のようなものが溢れ、べったりと頬を染めている。何を訴えるでもなく、ナナリカをその目に捉えているのかも怪しい様子で、ただ顔を向けていた。
言葉を失いふらつくナナリカを、めぐが支える。その後、ヴィエンタを鋭く睨み付けた。
「あんた……メイちゃんに何したの」
問われたヴィエンタは笑顔のまま、
「見て分からないかい?パパと争うことがないように、ずっと一緒に居られるようにしてあげたんだ」
と答えた。
ヴィエンタは本気で、これでまたメイを幸せにしてやれると信じていた。自分が歪んでいることに気付かず、満足げに笑い。
「そんなに怒らないでよ。キミたちもじきにメイと一緒に居られるようにするから」
この言葉に、3人は身構えた。しかし、ヴィエンタはそれ以上何もすることはなく。
「言っただろう?今日は『1つ』しか持ってきてない。キミたちの分はまだ作れていなくてね。完成したら、メイと一緒にまた来るよ」
そう言って、ヴィエンタは未だ座り込んだままのメイと共にダーカー因子の渦へ消えていく。
「待て、ヴィエンタ!!メイをっ……」
アテフが手を伸ばすも、届く間際で2人とも目の前から消えてしまった。
……暫し、失意の沈黙が流れる。それを破ったのは、ナナリカの泣き声だった。
「いやだ……ワタシはこんなの認めない……っ、メイ、メイ……」
「ナナリカ……。……今は、絶望している場合ではない。メイを助け出さねばならんのだからな」
泣きじゃくるナナリカの頭を撫でるアテフも、表情は悲しみと悔しさを帯びていた。
「あっくんの言う通り、だよ。一回帰ろう?ナナリー」
めぐは努めて落ち着きながら、ナナリカに促す。ナナリカはようやく涙を拭いて立ち上がり、3人は重い足取りでメディカルセンターを後にした。
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翌日。
まともに気が休まることもなく、リビングは重たい空気に支配されていた。それでもめぐはいつも通り朝食を作り、食卓に並べていた。
「あんまり食べる気分じゃないだろうけど……。力を付けないと、なんにもできないから、ね」
「ああ……分かっているさ。ナナリカもひとまず食べなさい」
「うむ……」
3人は朝食を少しずつ口に運びながら、アテフを主導にこれからの行動を話し合った。
「メイを助け出す。それは勿論なのだが……もう一つ、気になることがある」
アテフが気にしていたのは、ヴィエンタのあの言葉。
ーー「言っただろう?今日は『1つ』しか持ってきてない。キミたちの分はまだ作れていなくてね。完成したらまた来るよ」
メイをあのダークファルスのような姿に変えた「何か」。それがどんなモノなのかまでは分からないが、あの口振りからして……
「その『何か』を使って俺たちをも侵食して、メイやルガ殿の元へ連れて行く気なのだろう」
「そ、そんなの……そんなの嫌だぞ!!メイを助けるどころかワタシたちまで奴の眷属にされるなど……!!」
「ナナリー、まだそうなるって決まった訳じゃないんだから落ち着いて?あっくんの話、最後まで聞こう?」
「う……、うむ、悪かった……」
動揺するナナリカを大人しくさせると、めぐもアテフの言葉の続きを待つ。
「……ヴィエンタがどんな手を使ったのか分からん以上、対策のしようもない。ひとつ出来ることは、今後は纏まって行動することだ。単独で居る所に現れられては、もしもの時に助けようもないからな。……と、正直これくらいしか今は出来ることが無さそうだ。あちらから出向いてくれるのならば、こちらは人を巻き込まないよう探索任務に出て待つしかあるまい」
それに闇雲に探して心身を疲弊させては、ヴィエンタと相対した時・そして、メイを助け出す時に思うように動けないだろう。とも付け加える。アテフの意向に、ナナリカとめぐも首を縦に振った。
「ワタシも、他には何も思いつかん……。ホントは早く助けに行きたいが……」
「これが今一番安全で、確実な方法なんでしょ?あっくんがそう考えるなら、ボクもそうするよ!」
「……うむ。そうと決まれば、朝食を終えたら探索任務へ出る準備をしよう。いつやって来るかも分からんからな」
ナナリカとめぐは、再び首を縦に振る。話し合ったことで幾分か覇気を取り戻し、朝食を全て平らげると、早速各自で準備をしようと食卓から立ち上がった。
ーーそれとほぼ同時に、マイルームの扉からインターホンの音が響く。
3人は思わず身体を強張らせた。
まさかこんなに早く来る訳も、わざわざ扉を介して来る訳もない。そうと分かってはいるが、今の状況ではそれも油断になりかねない。
「……何方かな?」
アテフは扉の向こうの人物に少し警戒の色を含みながら尋ねる。ナナリカとめぐも、その後ろで扉を注視していた。