18-歪なる願いの成就のために

そう、本当はずっとずっと苦しくて、悲しくて、辛くて、

 

でもそれを見せたらみんなも暗い顔をする。

そして自分も感情の闇に飲み込まれそうで。

それが怖くて、たまらなかったんだ。

 

だから笑っていた。苦しくても、悲しくても、辛くても。

 

笑っていればみんなも明るくなると。

大切な人たちも戻ってきてくれると。

 

ずっと、そう信じていたのに。どっちも全然出来ていなくて。

 

自分には何も出来ないんだ。誰も救えないんだ。

 

こんな何も出来ないどころか、迷惑ばっかりかけてしまう奴の手なんか……誰も取らなくて、当然じゃないか。

この手は救いの手なんかじゃない。大切な人たちを闇へと追いやる手なんだーー

 

 

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深夜のメディカルセンターにけたたましく鳴り響く警報。病室のひとつから突然膨大なダーカー因子の反応が現れたために、メディカルセンターは混乱に陥っていた。

 

その病室は、メイの居る部屋。

連絡を受けたアテフとナナリカ、めぐは血相を変えてメディカルセンターへ飛び込んでいく。言葉は交わさず、一目散にメイの病室を目指して駆けた。

そして。

 

「ーーメイ!!」

 

先頭のアテフが、病室の扉を開く。その勢いのまま、3人は中へ入りーー信じ難い光景を目の当たりにした。

 

「ああ……みんな、来てくれたんだね。でも残念、今日は『1つ』しか持って来てなかったんだ」

 

ベッドの脇でニコリと笑っている、ヴィエンタ。そしてその足元で、

 

ーー変わり果てた姿のメイが、地面にへたり込んでぐったりと項垂れていた。

 

背にはヴィエンタと同じ2対の黒翼。真っ白に染まった髪の端が紅く穢れ、頭には禍々しい角。全身には、ダーカー因子を纏っている。

 

「う、ウソ……であろうっ……??なあ、メイ……メイ……!!!」

 

ナナリカが悲痛に叫ぶ。その声にメイがぴくりと反応し、僅かに振り向いた。

 

「っ……!!」

 

その表情は、いつものメイとは程遠い。

真っ赤に染まった瞳は、あまりにも虚ろでーーそして悲しげで。目元からは瞳と同じ色の涙のようなものが溢れ、べったりと頬を染めている。何を訴えるでもなく、ナナリカをその目に捉えているのかも怪しい様子で、ただ顔を向けていた。

 

言葉を失いふらつくナナリカを、めぐが支える。その後、ヴィエンタを鋭く睨み付けた。

 

「あんた……メイちゃんに何したの」

 

問われたヴィエンタは笑顔のまま、

 

「見て分からないかい?パパと争うことがないように、ずっと一緒に居られるようにしてあげたんだ」

 

と答えた。

ヴィエンタは本気で、これでまたメイを幸せにしてやれると信じていた。自分が歪んでいることに気付かず、満足げに笑い。

 

「そんなに怒らないでよ。キミたちもじきにメイと一緒に居られるようにするから」

 

この言葉に、3人は身構えた。しかし、ヴィエンタはそれ以上何もすることはなく。

 

「言っただろう?今日は『1つ』しか持ってきてない。キミたちの分はまだ作れていなくてね。完成したら、メイと一緒にまた来るよ」

 

そう言って、ヴィエンタは未だ座り込んだままのメイと共にダーカー因子の渦へ消えていく。

 

「待て、ヴィエンタ!!メイをっ……」

 

アテフが手を伸ばすも、届く間際で2人とも目の前から消えてしまった。

 

……暫し、失意の沈黙が流れる。それを破ったのは、ナナリカの泣き声だった。

 

「いやだ……ワタシはこんなの認めない……っ、メイ、メイ……」

「ナナリカ……。……今は、絶望している場合ではない。メイを助け出さねばならんのだからな」

 

泣きじゃくるナナリカの頭を撫でるアテフも、表情は悲しみと悔しさを帯びていた。

 

「あっくんの言う通り、だよ。一回帰ろう?ナナリー」

 

めぐは努めて落ち着きながら、ナナリカに促す。ナナリカはようやく涙を拭いて立ち上がり、3人は重い足取りでメディカルセンターを後にした。

 

 

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翌日。

 

まともに気が休まることもなく、リビングは重たい空気に支配されていた。それでもめぐはいつも通り朝食を作り、食卓に並べていた。

 

「あんまり食べる気分じゃないだろうけど……。力を付けないと、なんにもできないから、ね」

「ああ……分かっているさ。ナナリカもひとまず食べなさい」

「うむ……」

 

 

 

3人は朝食を少しずつ口に運びながら、アテフを主導にこれからの行動を話し合った。

 

「メイを助け出す。それは勿論なのだが……もう一つ、気になることがある」

 

アテフが気にしていたのは、ヴィエンタのあの言葉。

 

ーー「言っただろう?今日は『1つ』しか持ってきてない。キミたちの分はまだ作れていなくてね。完成したらまた来るよ」

 

メイをあのダークファルスのような姿に変えた「何か」。それがどんなモノなのかまでは分からないが、あの口振りからして……

 

「その『何か』を使って俺たちをも侵食して、メイやルガ殿の元へ連れて行く気なのだろう」

「そ、そんなの……そんなの嫌だぞ!!メイを助けるどころかワタシたちまで奴の眷属にされるなど……!!」

「ナナリー、まだそうなるって決まった訳じゃないんだから落ち着いて?あっくんの話、最後まで聞こう?」

「う……、うむ、悪かった……」

 

動揺するナナリカを大人しくさせると、めぐもアテフの言葉の続きを待つ。

 

「……ヴィエンタがどんな手を使ったのか分からん以上、対策のしようもない。ひとつ出来ることは、今後は纏まって行動することだ。単独で居る所に現れられては、もしもの時に助けようもないからな。……と、正直これくらいしか今は出来ることが無さそうだ。あちらから出向いてくれるのならば、こちらは人を巻き込まないよう探索任務に出て待つしかあるまい」

 

それに闇雲に探して心身を疲弊させては、ヴィエンタと相対した時・そして、メイを助け出す時に思うように動けないだろう。とも付け加える。アテフの意向に、ナナリカとめぐも首を縦に振った。

 

「ワタシも、他には何も思いつかん……。ホントは早く助けに行きたいが……」

「これが今一番安全で、確実な方法なんでしょ?あっくんがそう考えるなら、ボクもそうするよ!」

「……うむ。そうと決まれば、朝食を終えたら探索任務へ出る準備をしよう。いつやって来るかも分からんからな」

 

ナナリカとめぐは、再び首を縦に振る。話し合ったことで幾分か覇気を取り戻し、朝食を全て平らげると、早速各自で準備をしようと食卓から立ち上がった。

 

ーーそれとほぼ同時に、マイルームの扉からインターホンの音が響く。

3人は思わず身体を強張らせた。

まさかこんなに早く来る訳も、わざわざ扉を介して来る訳もない。そうと分かってはいるが、今の状況ではそれも油断になりかねない。

 

「……何方かな?」

 

アテフは扉の向こうの人物に少し警戒の色を含みながら尋ねる。ナナリカとめぐも、その後ろで扉を注視していた。