14-向き合うために

採掘基地防衛戦での『Re:Busters』との共闘から数日。

 

この日は、朝から一家でリビングに集まり、情報部から届いたヴィエンタに関する情報について話していた。と言っても、目新しい情報といえばごく僅か。足取りへの確実な手がかりは、まだ掴めていなかった。

 

「あのダーカイムもどき……あれのダーカー因子がちょーっと変で、『影響を受けた者は即座に侵食、かつある程度の自我を持ったままダーカーの眷属と化す』……ってやつ、かあ〜。共存とかなんとか言ってたけど、これじゃあねー」

 

メイの発言に、ナナリカ、アテフ、めぐも頷く。

 

「やりたいことは分かるが、少しズレておる感じがするぞ……」

「そうだな。ヴィエンタの中で均衡が崩れたダーカー因子によって思考が歪曲されておるのだろう。共存を望みながら、行動はダーカー因子による支配。これを以って『幸せにする』……つまり」

「みんなダーカー側になっちゃえば争いは起こらない、みんな幸せだね!ってこと?」

 

めぐの出した結論に、アテフは「恐らくな」と答える。

これがもし本当で、これ以上の暴走を許してしまったら。メイは居ても立っても居られなかった。

 

「そーなる前に、探しに行こーよ!!まだ間に合う間に合う!!」

「う、うむっ、そうだな!」

「手がかりはまだ何もないが……動かんよりはマシだろう」

「あっくんが行くならボクも行く!」

 

そうして、4人で早速捜索へ向かう準備をしようとしたときだった。

 

 

『緊急警報発令。アークス船団周辺宙域に、ダークファルスの反応が接近しつつあります。繰り返します、アークス船団周辺宙域にーー』

 

 

シップ全体にけたたましく鳴り響く警報とアナウンス。4人は顔を見合わせた。

 

「マジか〜!!!」

「こ、これは探しに行っている場合ではないな……」

 

しかし、状況は次のアナウンスで一変する。

 

 

『アークスシップ内にダーカーが侵入。ダークファルスに匹敵するダーカーの反応も1つ確認されています。アークス各員は至急迎撃及び民間人の避難誘導を。繰り返しますーー』

 

 

「ダークファルス」と断言しないものの、それ程の力を持つ何者か……。

確証はない。しかし、一家の中で即座に2人の心当たりが浮かぶ。

 

「もしかすると、もしかしちゃう……ってやつ??」

「そりゃあ手がかり無しの状況にこんな情報が飛び込んできたら行くしかないだろうっ!!」

「俺も賛成だ。どの道そのダークファルスらしき存在がシップ襲撃の頭だろう。迎撃は免れん」

「それじゃあ話してないで、早く出ようよ!他のアークスに見つかっちゃう前に、ボクたちが探さなきゃ!」

 

そうして、4人はそれぞれの武器を携え、市街地へと飛び出していった。

 

 

---

 

 

立ち上る硝煙。逃げ惑う人々。我が物顔で市街地を徘徊するダーカー。

 

全てが同じ。「あの日」と、同じーー。

 

「メイ、おいメイっ!!」

「んあ!!起きてる起きてる!!」

 

目の前に広がる光景に、思わず記憶に浸りかけたメイの意識はナナリカの声によって引き戻された。このメイの様子で何かを察したのか、アテフが心配しながら静かに語り掛ける。

 

「メイ……くれぐれも、無理はするなよ」

 

メイはきょとんとした表情でアテフを見上げ、そのあとすぐに大袈裟に笑ってみせた。

 

「あはは!なんにも心配いらないってー!!さ、早くいこ!!」

 

そう言うと、メイは先行して駆け出していった。沈みそうになる思考を振り切るかのように、勢いよく。

 

「まったく……!俺たちも急ごう、『この状況』で目を離したらどうなることか分からん」

「うむっ!」

「はーい!ほんと、メイちゃんはいつも突拍子がないんだから」

 

3人も、引き離される前に急いでメイの後を追った。

 

 

---

 

 

ーー『パパ!!ママ!!みんな、どこっ!!』

 

幼い日にボロボロになった市街地を走り回っていたときの声が、自分の意思とは関係なく頭の中で反響する。

 

今も「あの日」と同じように、パパを、ヴィエンタを、探して走り回っている。そして、同じように焦り、不安になり、鼓動が早まる。

 

だめだ。笑っていなければ。笑顔で迎えてあげなければ。

 

「ほーんと、どこいっちゃったんだかなー!!いるんでしょー!!ちょっとは顔出してくれてもいーじゃんよー!!」

 

明るい声で、どこかに間違いなく居るであろう探し人へ叫ぶ。いつになく大きな声で、叫ぶ。

しかし、この声は望んだ相手を呼ぶ事はなく。引き寄せられたのは、多数のダーカー。

 

「……」

 

ああ、これも同じ。

あのときもこうして、ダーカーに囲まれて。

 

記憶と目の前の状況が、錯綜する。

アークスとなった今、この程度の状況は取るに足らない。メイを囲んでいるのは小型のダーカー ダガン。それに十分仕留められる数。なのに。

 

メイはツインダガーを構えたまま、動けない。

 

 

 

 

 

 

「ーーメイッ!!」

 

聞き覚えのある声が自分の名を呼ぶと、目の前のダガンが何かに打ち上げられて弾け飛んだ。

ハッと我に返って声の聞こえた方を向くと、ナナリカが地面にワイヤードランスを突き刺していた。ダガンを消し飛ばしたのは、彼女の放ったカイザーライズ。

 

しかし、まだ背後で複数のダガンがメイを屠ろうと前足を構えていた。

 

「させないよっ!!」

 

ダガンが攻勢に出る前に、めぐがグランウェイヴでことごとく蹴り潰す。

 

「これで終わりだ……!!」

 

そして、残りのダガンをアテフがダブルセイバーで纏めて切り刻んだ。

 

周囲に敵の気配が無くなり、メイを救い出した3人は安堵の溜息を漏らした。そして、ナナリカが真っ先にメイのもとへ駆け寄り。

 

「このバカ!!!!バカったらバカー!!!心配させおってこの!!!」

 

メイの身体をぽこぽこと殴り、泣きそうな声で喚いた。

 

「……あははー!!ごめんごめん!今のはうん、やらかし!!」

 

いつもの笑顔で、反省とも言えない反省を述べるメイ。そんなメイに、めぐがむくれながら文句をぶつけた。

 

「もう、そうやってまたあっくんを泣かせたら許さないからね!!」

「いや、泣いてはおらんぞ……」

 

アテフはすかさずツッコミを入れるが、「しかし、」と続ける。

 

「肝が冷えたのは事実だ。メイにとって『この状況』……「あの日」と同じ状況というのは、不安定にもなろう。ここでは1人になるな」

「……心配かけちゃったのは謝るよ!謝る!!もう離れないからさ!!ね!!」

 

アテフの真剣な眼差しに少し後退り、慌てて謝るメイ。その視線から逃げるように、アテフから身体ごと目線を逸らし、振り返った。

 

「……あ、」

 

遠くに、赤黒いフォトンを纏った何かが見える。

2対の闇に染まった翼を持つそれは、こちらを見据えながらゆっくりと歩いてくる。両手にはーー1対の刃が握られていた。

 

向けられるのは敵意、悪意、殺意。刺すように伝わってくるそれは、早鐘を打つ心臓の痛みと重なる。

 

「……パパ」

 

メイはーー「悲しい」声色で小さく呟いた。

10年前は黒衣だったものが鎧に変わり、顔も仮面のようなものに覆われて見えない。10年を経て、さらに侵食が進んでしまっていたのだ。

 

「……ルガ殿……」

「あ、あれがメイの……?もう完全にダークファルスではないか……!」

 

アテフですら、表情を絶望に染めていた。ナナリカも想像していた以上にヒトの面影を無くしている彼に、恐怖を抱く。

 

「どう見てもダークファルス。ボクもそう思うけど……」

 

めぐは、メイを見上げて問う。

 

「どうするの?助ける?それともやっつける?」

 

メイの意思を確かめて、自身の取るべき行動を決めようと2択を迫る。

 

「……助けるに、決まってるっしょ!!あたしたち、そのためにここまでやってきたんだから!!」

 

先程とは違い、努めて快活な声で、笑顔で、決心を固めた。

 

「そう、だな……。諦めては、なるまい」

「正直その……怖い。怖いが、恐れていては助けられるものも助けられん。ワタシもメイの意思に従う!」

 

メイに続き、アテフとナナリカも絶望と恐怖を振り払って、目の前のルガと対峙する。めぐも首を縦に振り、ジェットブーツを装着した。

 

メイもツインダガーを構えて、しっかりと父親を見据えた。

 

「パパ……今、助けてあげるからね」

 

 

---

 

 

めぐが3人にシフタとデバンドをかける。めぐの支援を受けた3人は、一斉にルガへの攻勢へと移った。

 

あくまでルガに根付くダーカー因子を浄化し、「助ける」。浄化のために全力を尽くしつつ、命までは奪わないように。

 

「パパ……早く目を、醒ましてよねっ……!!!」

 

真っ先に攻撃を仕掛けたのはメイ。まずはありったけのフォトンを込めて、ダーカー因子で形成された分厚い鎧を打ち砕かんと。しかし、攻撃が届く前にメイの2本のツインダガーはたった1本の刃でいとも簡単に弾き返された。身体ごと大きく吹き飛ぶが、なんとか着地。その擦れ違いざまに、めぐがジェットブーツで間合いを詰め、至近距離からラ・グランツを放とうとフォトンを溜め始めた。それを見逃さず、ルガがめぐに向けて右手に持つ刃を振るう。

 

「させんぞっ!!」

 

その刃はナナリカのワイヤードランスに絡め取られ、めぐに届くことはなかった。

 

「ナイス、ナナリー!!」

 

ルガの左腕が動き出す前に、ラ・グランツを放つ。貫いてしまわないように普段よりも加減はしているとはいえ、それはルガの身体を押し動かす程に強力だった。そうしてルガが大きく隙を見せた所に、メイとアテフが挟撃を図ってそれぞれ左右から双刃を振るった。

 

「これで……!!」

「どうだッ!!!」

 

2人の刃は、今度こそ鎧に届く。届いたが、それは鎧を砕くには至らずーー仮面の下から、ルガは濁った瞳で2人を見つめていた。

 

(……!!)

 

メイの中に、また「あの日」が蘇る。

 

ーー『逃げ、ろ、メイ』

 

最後に聞いた悲しげな言葉。そしてすぐに、感情のない無機質な目で自分を見下ろしていたーー

 

 

 

「……パパ、帰ろう?」

 

メイは父親の瞳を捉えながら、笑顔を見せた。

 

「ーー」

 

しかし、その笑顔も届くことはなかった。

濁った瞳はひとつも揺らがないまま、躊躇なくメイに凶刃を突き立てる。それに気付いたアテフが、メイの腕を掴んで無理矢理離脱した。

 

「くっ……、聞く耳持たず、か……。メイ、怪我は……」

 

メイの前に屈んで怪我の有無を確かめようと覗き込む。

 

「大、丈夫、」

 

確かに怪我はどこにも無かった。しかし、その表情も声色も、まだ明るく振舞おうという意思について来てはいなかった。

 

歪な笑顔。泣き出しそうになるのを抑えながら、必死に貼り付けている。それでもまだ顔を上げ、父親を連れ戻すことを諦めず、前に出た。

 

「メイ……!!」

 

アテフが手を伸ばしたときには、メイは駆け出していた。

 

そのメイを捉え、ナナリカは再びルガの動きを止めるためワイヤードランスを振るった。ナナリカからもメイの表情は見えていたが、下手に静止しようとするよりもメイになるべく危害が加わらないようにすることが、今は得策だと判断した。

 

「あまり無理は、するなよっ!!!」

 

ワイヤードランスを地面に突き刺し、ルガの足元へカイザーライズを放った。これもやはり鎧には傷ひとつ付けられなかったが、不意打ちにはなったらしい。ルガは足を止め、僅かによろめく。

 

「またあっくんを困らせてる!あとでお説教しなきゃね……!」

 

めぐがルガの頭上からグランツを放つ。何度も降り注ぐ光の矢に更によろめき、大きく体制を崩した。

 

「パパ……パパっ!!」

 

メイは初撃よりも更にフォトンを込める。跳躍し、真っ直ぐに父親の懐へ飛び込む。放たれたのは、レイジングワルツ。鎧を下から上へ斬り上げーー僅かに、鎧が砕ける音がした。

大きく仰け反る父親の目の前に着地し、ふらつきながら、再び語りかける。

 

「パパ、大丈夫だから……一緒に帰ろう?」

 

父親はーー

 

「ーー、ゥ、ウゥ、グ……」

 

何かを言いたげだが、唸りにしかならない。それは苦しげで、悲しげで。

だが。

 

「ァ、アアアッ、ガアアアアアアアアッッ!!!!」

 

記憶にある父親の声とは程遠い、気味悪く掠れた絶叫が放たれた。

仰け反った身体を無理矢理起こし、しならせ、その勢いのままメイに両の刃を振り下ろす。メイは立ち竦む身体に辛うじて言うことを聞かせ、間一髪で往なした。しかし。

 

ーーバキィンッ……!

 

「っ……」

 

往なすと同時に、メイのツインダガーが折れた。

この戦いの間だけで2度も過剰なフォトンを込められ、酷使され、限界を迎えてしまったのだろう。……あるいは、持ち主の心のあらわれか。

 

「まずい……!!」

「メイッ!?くそおおおおおおッ!!」

 

アテフは叫ぶと同時に走り出した。ナナリカも再びカイザーライズを放つが、ルガは二の轍は踏まなかった。足元からの衝撃を感じて避け、メイの背後に回り込み、がら空きの背中へ刃を突き立てんと狂ったように叫ぶ。

 

(間に、合わないっ……、!?)

 

そう悟ったアテフーーその脇を目にも留まらぬ速さで何かがすり抜けていった。それは一目散にメイを目掛けて飛んでいき、ルガの刃が振り下ろされた瞬間、メイの姿はルガの前から消えていた。

 

「っぶないなあ……ちょっと、ボーッとしてないでよ!ねえ聞いてる?」

 

窮地を救ったのは、めぐ。ジェットブーツの出力を限界まで上げて放たれたグランウェイヴで突っ込み、メイを救出したのだった。

少し離れた場所に着地し、メイを下ろして座らせる。

 

「……んあ、めぐ……。聞いてる、大丈夫〜……」

 

疲弊しきった笑顔でめぐの声に答えるメイ。もう立ち上がる力も無いのか、そのまま項垂れてしまう。

 

「……」

 

めぐは遠くにいるアテフとナナリカに目配せをした。この状況で、まだ戦うか。それとも撤退か。

 

目配せを受けたアテフとナナリカも互いに顔を見合わせると、ルガの動向に注意しながらこちらへ向かって駆けてくるのが見えた。選択されたのは後者。めぐもメイに肩を貸し、立ち上がった。

 

 

ーー不思議とルガはその場から動かず、頭を抱えて唸るのみだった。