12-感謝を贈るために

フィリアとの修行を終えた日の夜。

メイが帰ってきた頃には、マイルームのリビングにめぐの手料理の良い匂いが漂っていた。

 

「ただいま〜!!やべー腹減った!!」

「おっ、やっと帰ってきたかメイ!遅かったではないかっ!」

「いや〜色々あってねー!!」

 

メイが帰ってくるなりナナリカが椅子からひょいと降りて、メイを出迎えた。メイが「色々あった」と言うと、つい悪い事ではないかと心配してしまうが、どうもそんなことでもなさそうだ。

2人で食卓まで来ると、キッチンに立っていためぐと、食器を出していたアテフが振り向いた。

 

「おかえり!もうすぐご飯できるからねー!」

「朝から出てこんな時間まで任務とはな。普段以上に精を出していたと見えるが……何かあったのか?」

 

ナナリカと同じような心配をするアテフに、メイはあはは、と大きく笑った。

 

「あったけど、そんなヤバいことじゃないってー!!まーまー聞いてよ!!」

 

そして、夕食が出来上がって食卓に並ぶと同時に3人に今日あったことを話し始めた。

 

 

 

 

「お前に弟子とはな……しかしまた突然な」

 

メイの話を聞いて、アテフが驚きを隠せないといった声色で目を丸くした。メイの性格からして、人に何かを教えるなんてことは想像もつかない。それはこの場にいる皆が同じことを思っていたようで。

 

「で、どーやって教えたのだ??」

「ね、気になるよね!」

 

ナナリカとめぐが珍しく意気投合しながらメイに尋ねた。

 

「んとねー、こう、しゅばばばばば!って感じかなーって!」

 

メイの言葉を聞いた瞬間、ああ、やはり。と全員が心の中でため息をついた。

 

(心配だ……)

(ホントに大丈夫であろうか……)

(メイちゃんらしいけどね)

 

3人とも思い思いにメイとその弟子ーーフィリアの行く末を案じていたが、メイは相変わらずニコニコしながら夕食のロールキャベツを頬張っていた。

 

話題は明日の予定に移り、その頃にはちらほら食べ終わっている皿も見え始めていた。

 

「メイちゃんは明日もフィリアさんのところへ行くんでしょ?」

「いやー、さすがに2連続も任務回したら疲れちゃったし、明日は休もっかなーって!フィリアはやる気満々だったけど、あんたも休んどけーって言っといた!」

 

めぐが問うと、メイは大きく伸びをしながら答えた。

 

「そっか、ちょうどボクもあっくんも明日はフリーなんだ!」

「うむ。ナナリカはどうだ?」

「ワタシも明日は何もないぞっ!何か任務をこなそうと思っておったが、皆羽休めをするというならワタシもそうする!」

 

これで、予定は定まった。

 

「んじゃ、明日はみんなでのんびりだなー!!」

 

 

---

 

 

翌日。

 

朝食を終え、一度それぞれの自室に戻ると、昨晩「のんびり」と言っていたはずのメイが外出用の服に着替えていた。

 

「メイ、休むのではなかったのか!?」

「あー、そう思ったんだけど寝てる間に疲れ吹っ飛んじゃった!!」

 

あっけらかんと笑うメイを、ナナリカはぽかんとして眺めていた。着替えた姿が戦闘服ではなく普段着であるのを見るに、市街地にでも出て散歩しようとでもしていたのだろう。

 

「出掛けるならワタシも行くっ!!父上とめぐも呼ぶか?」

「おーいいねいいね!!呼んじゃえ呼んじゃえ〜!!」

 

結局、のんびりとは程遠い賑やかな朝を迎え、一家揃って市街地へと出掛けていった。

 

 

---

 

 

特に何をしに行くでもなかったが、4人でこうして出掛けるのは久しぶりだし、のんびりでなくともこういう時間は大事なことだった。

市街地の天気は晴れ。訪れたのは様々な商業施設と人々がひしめき合う、この辺りでも特に活気のある区画だった。

 

「出てきたはいいけどなーんも決めてないなー!!どーするよ?」

「そうだなー、これだけ店があるなら……そうだっ!!」

 

ナナリカが何かを思い立ち、3人の前に躍り出て振り向く。

 

「ほら、シャルラッハ殿へのお礼の話をしておったであろう?何か贈り物を探すのはどうだろうかっ!」

 

ナナリカの提案に3人は顔を見合わせ、次には3人とも首を縦に振っていた。

 

「いーね!!そーしよそーしよ!!」

「ならば、日頃世話になっているシルファナ殿にも何か探そう。なかなかこんな機会も無いからな」

「あ、じゃああたしはフィリアにもお土産買ってくー!!」

「メイちゃん、お土産って言ったって市街地のお店のものじゃない。そこはプレゼント、でしょ!」

「あー!そーいやそうだった!!」

 

じゃあ決まりだなっ!とナナリカは前に出てきたついでに3人を先導し始めた。しかし、すぐに人混みに埋もれてしまったために、その役を渋々とアテフに譲ったのだった。

 

 

 

 

 

先頭を歩くアテフの隣では、最早定位置と言わんばかりにめぐが腕を絡ませていた。目はちゃんと店を吟味しているようだが、後ろをついて歩くナナリカは今にも爆発しそうな表情でその背中を睨んでいた。メイはそんなナナリカの頭をぽんぽんと叩いて笑っていた。

 

「まーまーナナリカ!!そんな怒ってないであたし達も良い感じのお店探そうよ!」

「わ、分かっておる!分かっておるがっ……ぐぬぬ〜……!!」

 

そう言いながら尚もめぐの背中から目が離せないナナリカ。メイが「ダメだこりゃ〜!」と声を上げ建ち並ぶ店に視線を移すと、前を歩くめぐもまた声を上げた。

 

「あそこ!いいんじゃないかな!」

 

めぐが目を付け指差した先には、少し落ち着いた雰囲気のアクセサリーショップ。

 

「女の子といえばアクセサリーでしょ!それにシルファナちゃんもシャルラッハちゃんも、派手って印象ではなかったし、あんな感じのお店のものが似合うんじゃないかなって!フィリアさんはどんな人なのかボクは分かんないから、ここで良いのが見つからなかったら他のお店も探そ!」

 

背中の黒い羽を靡かせながら張り切るめぐ。こういう買い物は好きなのだろうか。

めぐとは対照的に「女の子らしい」と言われる物事に疎いメイとナナリカは、めぐを頼りに即決でその店へと駆けていった。アテフもそんな3人を眺めて微笑みながら、少し遅れて3人の後をついていった。

 

 

---

 

 

入店してから数分。

滅多にこんな店には来ないメイとナナリカは、最早顔に「好奇心」と書いてあるかのように様々なアクセサリーに目移りしていた。

 

「へ〜、綺麗なのいっぱいあるなー!!どれが良いか分かんないわ!!」

「うむ……。難しいぞ……」

 

ああでもないこうでもない、誰にはどれが似合う、などと相談するも、やはり2人だけではまとまらなかった。

 

「癪ではあるが……やはりこういうのはめぐに主導して貰った方が良さそうだな」

「だね〜!!ってあれ?めぐは??」

「父上もおらん……まっまさかあああああ!!!」

 

気が付くと、めぐとアテフが側にいない。少し探し回ると、宝石やガラスのアクセサリーが陳列してある一角に2人を発見した。アテフが若干めぐに引きずられているような図で、棚を見回している。

 

「やっぱりいいいい!!こらめぐー!!!」

「店ん中であんま大声出すなってー!!!」

 

2人を目掛けて走るナナリカと負けず劣らずの声を張るメイ。周囲の客の目を一瞬引いたこともつゆ知らず、ナナリカを追いかけた。辿り着く間も無く、大声ですでに2人とも振り向いていた。

 

「お前たち……声を抑えなさい」

「ほんとだよー、お客さんビックリしてるじゃないか」

「うぐっ……!正論だ……しかしだなっ!!」

「まーまー落ち着けってー!!そんなことよりアクセサリー選ばないとさー!」

 

ナナリカに何を言われようと、構わずアテフから離れようとしないめぐ。アテフはやれやれと深い溜息をついた。アテフはアテフでめぐに何も言わないのは、突っ撥ねる理由もないし、好意は無下に出来ない性分からだった。

 

「そうだ、こちらはもう選定したのだが……」

 

アテフは話題を逸らしーー否、本題に戻り、めぐに促す。めぐはこくりと頷くと、棚からひとつイヤリングを取ってメイとナナリカに見せた。

 

「これ、シルファナちゃんにどう?ぴったりだしかわいいと思うんだけど!」

 

青い雫型の宝石が2つ連なった美しいイヤリングだった。メイとナナリカも思わず目を奪われる。

 

「ウォパルに思い入れがあるみたいだし、それっぽいのを選んでみたんだ!あっくんもいいねって言ってくれたんだけど、2人はどう?」

「あたしは文句無しに良いと思うぞー!!絶対似合う!!」

「ぐぬぬ……!!悔しいがワタシもだ……」

 

じゃあシルファナちゃんへはこれで決まりだね!と商品を入れる小さな籠にそのイヤリングをそっと入れた。

残るは、シャルラッハの分とフィリアの分。

 

「ボクたちばっかり選んでても意味ないし、あとは2人で頑張ってみたら?」

「え〜マジかー!!あたしこういうの選ぶの初めてなんだけど!!まーやってみるか!」

「ワタシもだが……めぐには負けておれんからな……!」

 

路頭に迷いそうな2人に、めぐが一言だけアドバイスをする。

 

「似合うっていうだけで選んでたらあれもこれもってなっちゃうから、その人っぽいって思えるモチーフのアクセサリーを選んでみたらどうかな?」

 

先程めぐが選んだイヤリングは、言っていた通り「彼女はウォパルに思い入れがある」から。同じように、シャルラッハとフィリアの分も選べば良い。

 

「なーるほど!!分かったような分かんないような!!」

「くっ、助言まで受けてしまうとはっ……。こうしてはおれん、探すったら探すぞー!!」

 

めぐの言葉をもとに、2人は再びアクセサリーの選定に向かっていった。

 

「ふふ、良いの見つけられるといいね!ね、あっくん!」

「……ああ、そうだな」

 

めぐがニッコリとしながらアテフを見上げる。アテフも穏やかに微笑んでいた。

 

「なんだか嬉しそうだね?」

「嬉しいさ。このところあの子たちも気を張っている事が多かったし、あのように楽しそうにはしゃぐのを見るのは久方振りだからな」

 

いつも何かと明るいメイとナナリカだが、ほぼ毎日ヴィエンタやメイの父親を追って動いていたし、ああ見えても気苦労は絶えなかっただろう。それがこうして、今少しの間でも気苦労から離れてはしゃいでいる姿を見れることが、アテフにとっても心安らぐひとときだった。

 

「うん、あっくんもいつもより楽しそうでボクも嬉しいよ!」

「ああ……有難う」

 

アテフは見上げてくるめぐの頭を少し撫でてやる。めぐはますます笑顔に花を咲かせては、ぎゅっとアテフの腕に抱き着いた。

 

 

---

 

 

「よっし、これに決めた!!」

「むむむ……安直かもしれんな……でもワタシにはこれが限界だ……」

 

それから数十分。

メイはフィリアへ贈る分を、ナナリカはシャルラッハへ贈る分を、それぞれ選んでめぐとアテフのもとへ戻ってきた。

 

メイが手にしていたのは、貝殻がモチーフのコサージュ。

ナナリカが手にしていたのは、「マガタマ」と呼ばれる工芸品があしらわれた赤いイヤリング。

 

2人が選んだアクセサリーを見て、めぐはうんうんと満足げに頷いた。

 

「2人ともいいの選んだね!よかった、メイちゃんなんか特に変なの選んできそうだなって思ってたけど安心した!」

「なんだそれー!!」

「ぷぷっ、まあこの店にはやたら変なのは置いておらんしそれも幸いしたのだろうっ!」

「2人してこんにゃろ〜!!」

「これ、だから店の中では声を抑えろと」

 

4人でワイワイと笑い合いながら、選んだアクセサリーを購入する。

 

喜んでくれるかな、感謝の気持ちが大事なんだ、などと店の外へ出た後も変わらず賑やかな一行の声は、マイルームに帰るまでずっと途絶えることはなかった。