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その頃のアテフとめぐは、周囲のダーカーや原生種を蹴散らしつつ1つ目のダーカイムもどきの付近までやってきていた。
「あれだよね!さっき見たのとおんなじだ!」
「ああ。早急に破壊せねば……」
「ボクに任せて!あんなの一撃で粉々にしてあげる!」
「こ、こらあまり先行しては……!」
アテフの制止を振り切り、めぐはグランウェイヴでダーカイムもどきの目の前までやってきた。そしてヴィントジーカーでまさに一撃、小さな身体から発せられるものとは思えないフォトンをその脚に纏い、ダーカイムもどきを消し飛ばした。
「ほらっ!言った通りでしょ!あっくん見てたっ?」
嬉しそうに手を振るめぐーーその背後で、大きなダーカー因子の渦が発生していることには気付かない。
「めぐ!!避けろ!!」
「えっ、なに?……うわっ!!」
ダーカー因子の渦から飛び出してきたのは、水棲型ダーカーの中でも極めて大型のゼッシュレイダ。巨体ながら超高速の突進を繰り出すが、めぐは間一髪で飛び退き、アテフの隣に着地した。
「もー!!せっかくあっくんに褒めてもらえるところだったのに!何だよ、あのカメ!」
「ゼッシュレイダだ。ああ見えて素早い上に弱点である頭も狙いにくい」
「高さならボクらにとっては問題ないでしょ?」
「それはそうだが、なにせ動きを止められねば狙いも定めづらいだろう。一番手っ取り早いのは脚を崩すことだな」
「なるほど!さすがあっくん!じゃあ脚を蹴飛ばしてひっくり返せばいいんだね!」
「そういうことだ。行くぞ!」
まずはアテフが先行し、囮となる。ゼッシュレイダがめぐに背を向けたときに、めぐがヴィントジーカーで脚を叩くーーアテフの熟練したツインダガーの技を以ってしても、めぐの一撃必殺の威力には及ばない。ならば自ずと役目は決まる。
「こっちだ!!」
アテフがゼッシュレイダに叫び、ウォークライを仕掛けた。ゼッシュレイダはまんまとアテフへ狙いを定め、めぐに背を向ける。離れすぎると突進や砲弾を食らうため、できるだけ間合いを詰めてゼッシュレイダを引き付けた。
ゼッシュレイダは両腕の爪でアテフを捉えようとするが、アテフの目にはしっかりと爪の軌道が見えている。すべて空を切り、僅かに勢い余ったゼッシュレイダの隙を突き。
「めぐ!」
「おっけー!!」
めぐが一気にグランウェイヴでゼッシュレイダ足元へ飛んで行こうとしたーーそのとき、ゼッシュレイダの背中の4つの砲台から無数の弾が放たれた。その全てが誘導弾。しかしめぐは動じない。
「当たんないよそんなのっ!!」
時には引き付け、時には引き離し。追い付いた弾は蹴って叩き落とす。空中を自在に駆り、誘導弾を翻弄しつつ間合いを詰めた。
「さっきのお返しだよッ!!」
めぐはありったけのフォトンと鬱憤を脚に込め、ゼッシュレイダの脚にヴィントジーカーを叩き込んだ。ダーカイムもどきを破壊した時よりも威力が増しているそれは、ゼッシュレイダの脚を容赦なくへし折る。ゼッシュレイダはたまらずバランスを崩し、仰向けにひっくり返った。
「でかした!」
「当然っ!!」
アテフはゼッシュレイダの身体を駆け上がり跳躍。頭部のコアにレイジングワルツを、そこからオウルケストラーへと繋ぎ、コアを切り刻んだ。そしてそこへ、めぐがとどめのグランウェイヴ。2人の猛攻を弱点に受けたゼッシュレイダは、断末魔を上げながらその巨体を霧散させていった。
「あっくん、ケガはない?」
「ああ。めぐも見たところ怪我はないようだな。しかし誘導弾が放たれたときは肝を冷やしたが……よく全てを躱しきってくれた」
「ふふ、心配してくれてるの?嬉しいな〜っ!」
「勿論さ。めぐも家族の一員だからな」
「む〜っ、そういうのじゃなくてー……」
こうして、ゼッシュレイダを無傷で撃破した2人は早速もう1つのダーカイムもどきのもとへと向かって歩き出した。
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メイとヴィエンタのぶつかり合いは、シルファナの援護と回復を受けながら戦うメイの優勢だった。少しずつ圧されていくヴィエンタからは、次第に笑顔が消えていく。
「っ、メイ……シルファナ……どうして……」
「言ったじゃん!!悪い事しようとしてるのを止めるためさ〜!!友達なんだから当然だろー!?」
「ヴィエンタ……ごめんなさい……。でも、あなたには道を踏み外して欲しくないんです」
2人の言葉に、ヴィエンタの表情はさらに曇っていく。
ダーカー因子に侵され、笑わなくなり、自分を傷付けようと襲い掛かる幼馴染に、メイは無意識のうちに父親を重ねた。そして「あの日」、父親にそうしたように精一杯の笑顔で手を差し伸べながらヴィエンタに語りかける。
ーー「あの日」を思い出すことで込み上げる、様々な暗い感情を覆い尽くしながら。
「大丈夫だからさ、戻っておいでよ!!アテフおじさんだってシルファナお姉さんだって……あたしだって、そう思ってんだからさ!」
「っ……!!!」
しかしヴィエンタもまた、メイのこの笑顔に10年前の「あの日」に見せた歪んだ笑顔を重ねる。「あの日」よりもずっとずっと巧妙なそれは、余計にヴィエンタの心を痛めた。
「……メイがそんな顔をしてしまうようになったのも、私のせいだ。私がメイの幸せを取り戻してやらなければならない。そのためにここにいる、のにっ……、」
メイの意図とは裏腹に、ヴィエンタの中のダーカー因子はまた僅かに増幅を見せた。
救いたい相手のはずなのに、湧き上がって来る憎悪。ダーカー因子に煽られたそれは、いとも簡単に暴走する。
「どうして……どうして邪魔をするのッ!!」
ヴィエンタが叫び、メイに向かって長槍の切っ先を突き出そうとーー至近距離のアサルトバスターを放とうとしていた。
「!?そんな、メイさん危ないっ!!!」
シルファナが咄嗟にテクニックを溜めるが、明らかに間に合わない。メイも完全に不意を突かれ、回避の機を失う。長槍がまさにメイの頭を貫かんとしたとき。
「ーーさああああせるかあああーー!!!!」
甲高い叫びと共に、メイとヴィエンタの間にワイヤードランスが割って入った。それはヴィエンタの長槍を絡め取り、間一髪で攻撃を封じたのだった。
「このバカッ!!!キサマ……自分が今何しようとしたか分かっておるのかっ!?」
ヴィエンタの長槍を止めたのはナナリカ。周辺の原生種やダーカーを片付け、丁度戻ってきたところだった。
パーツに大小の傷を負いながらも、ワイヤードランスをしっかり握ってヴィエンタをキッと睨み付けた。
「私はッ!!私は……」
長槍の先にあるのは、メイの笑顔。
「ヴィエンタ、そんな怒んなって!!まず落ち着こう!!な!!」
目と鼻の先に、先程まで殺意を帯びていた切っ先があるというのに。
メイは尚、明るさを絶やさなかった。
「っ……!!」
ヴィエンタは我に返ると同時に、ワイヤードランスを振り払う。そして後退りながら、赤黒いフォトンに身を包んだ。
「!!こらー!!逃げんな!!」
メイが駆け出して手を伸ばすも、それは虚空を掴むのみで終わる。目の前にはダーカー因子の残滓のみが残り、しかしそれもすぐに消えていった。
少しの間の後、ナナリカが血相を変えてメイのもとへと走り寄った。
「メイ!!!怪我はしておらんか!?大丈夫かっ!?というか色々大丈夫か!?」
「だーいじょうぶだって!!怪我はシルファナお姉さんが治してくれてるし!!てかナナリカの方が酷いじゃんよー!!シルファナお姉さん、お願いできるかな?」
「あっ、はい!勿論です!」
項垂れていたシルファナは、名前を呼ばれて慌ててナナリカにレスタをかけた。
「かたじけないっ!……それにしても、逃してしまったなあ……」
「ええ……。何も大事が無ければ良いんですが……」
不安に染まるナナリカとシルファナ。メイはそれでもやはり笑い飛ばし、
「……まー、そんときはそんときだ!!逃しちゃったもんは仕方ない!!今はヴィエンタが置いてったダーカイムもどきの始末が先っしょ!もう終わってそうだけど!!」
と言って、アテフとめぐに連絡を取ろうと端末を取り出した。
メイの底抜けの明るさを素直に受け止められずにいるナナリカとシルファナも、ここでぼーっとしていても仕方がないとメイの端末から聞こえる音声に耳を澄ました。
「ーーメイか。どうだ、そちらは」
「メイちゃんやっほー!ちなみにこっちは今さっき、最後のダーカイムもどきを壊したところ!」
2人の無事を確認し、まずは安心。
「おー!!お疲れさん!いやさー、実はヴィエンタ逃しちゃってさあ〜!!やらかし!!あ、こっちもみんな無事だよ!怪我はシルファナお姉さんが治してくれたんだー!!」
「そう、か……。いや、無事ならば良かった」
アテフはヴィエンタを逃したことには敢えて触れなかった。きっとこの言葉以上に気にしているに違いない、と思ったから。
「あっくん、お仕事済んだしみんなと合流して早く帰ろ?」
「ああ、そうだな。特にこれ以上の探索は不要であろうし、各々テレパイプでキャンプシップへ帰還するとしよう」
「おっけ〜!!!そんじゃまたロビーで会おうねー!!」
メイは端末の通信を切り、簡易式のテレパイプを呼び出した。
「てーことだから、とりあえず帰ろ!今後のことはそれから話し合おうじゃないの!!」
「うむ、それもそうだなっ!」
「……」
2人が明るくテレポーターへ歩いていく後ろで、シルファナだけは未だに浮かない顔をしている。メイがそれに気付くと、振り返ってシルファナの表情を覗き込んだ。
「どーしたどーした??まだ逃しちゃったこと気にしてるの??」
「いえ、そうではなく……。今回の任務報告は、どのように?」
「ん??あっ。あー……忘れてたー!!」
ヴィエンタを逃したこと自体は、彼女の討伐が目標ではなかったため何も問題はないだろう。
しかしそのヴィエンタのことを、どう報告するか。アークスの職員や上層部は、未だにヴィエンタの情報は掴んでいない。その存在自体もこれまで認知はされてこなかった。だが、この任務ではヴィエンタの反応を捕捉されていた。そして、メイたちは正体を見ている。
ヴィエンタが遺跡でやっていたことは、アークスにとってーー否、惑星にとって甚大な害を及ぼし、ともすればオラクルの人々にも危害が加わる可能性があるもの。これが知れれば、最悪の場合。
「正気に戻す前に、始末される可能性があるってか〜。いやーどうするよマジで!!」
「隠せる訳もありませんし……アークス側を説得、するしか……」
「そういうのはワタシたちは得意でないからなあ……。いくら父上であっても、この規模の事態をどうにか説得できる気はせんし……」
「……あの、もし皆さんが宜しければ、なのですが」
解決策の見えない2人を見て、シルファナが控えめに提案を示した。
「私がお世話になった先輩で、この手の説得に強い方が一人いらっしゃいます。今回の任務の報告も、上手く運んでくださるかもしれません」
メイとナナリカは顔を見合わせた。非常に心強いが、心配なことがひとつ。
ーーその人を果たして、こちらのことに巻き込んで良いのか。このことを何より気にしているメイは、率直にシルファナに尋ねた。
「そりゃすごく助かるけど、結構ヤバいことなのに巻き込んじゃって大丈夫なのかな~??」
「昔私が研究室から逃げ出した時に助けてくれた人なんです。ですから全くの無関係ではありませんし……」
この言葉に、目を丸くして再び顔を見合わせるメイとナナリカ。そして、メイはお決まりの叫びを上げた。
「マジか~!!!なんていうか人の縁って不思議だよな~!!!」
「それならこちらの話もしやすそうであるし……決まりだなっ!」
「うんうん!あっでもアテフおじさんとめぐにもちゃんと話さないとな~!!」
メイとナナリカがシルファナの提案を受け入れ、シルファナもにこりと微笑んだ。
「では、アテフさんとめぐさんにも話を通すことが出来たら早速連絡を入れますね」
決定的な解決策が見つかり、3人は意気揚々とテレポーターへと駆け込んでいった。
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アークスシップ某所。
どこかの施設内らしい、暗く無機質な廊下をふらふらと彷徨う灰色の影ーーヴィエンタは何度目かになる言葉を小さく呟く。
「シルファナ……私は間違ってなんか……もうすぐでメイを幸せに……」
ふふ、ふふふ、と不気味で悲しげな声が、静かな廊下に反響する。やがてその姿は闇に溶け込んで、灰色の影は消えていったーー。