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「メイ!ーーメイっ!!」
「……んあー……?おー、ナナリカおはよー……」
「おはよーではない!まだ夜だ!」
惑星ウォパルでのシルファナとの共同探索から帰ってくるなり、メイはベッドに飛び込んで眠っていたのだった。
眠っていたはずなのに、やたらと身体が重いし、頭が痛い。メイは唸りながら起き上がり、項垂れていた。
「……やっぱ、しんどいか?」
「んー?やっぱって〜?」
「だって、またずーっと魘されておったぞ?」
メイはそう言われて、自分が見ていた夢を思い出した。
(……ヴィエンタの話、聞いたからかなあ)
幼い頃の夢。ヴィエンタと出会った日から……「あの日」まで。
ナナリカは、「また」と言った。メイは何度か同じ夢を見ては魘されていたのだ。これを知るのは、ナナリカとアテフのみ。めぐは、まだ知らない。メイが見せたくない、否が応でも「負の感情」があらわれてしまう一面だった。
「んあー……」
「こらこら!!また寝ようとするなっ!もう晩ご飯の時間だぞ!父上とめぐが待っておるのだ!それに、今日のことも話さねばならんだろう?」
「んー……そーいやそうだったな〜。仕方ない、起きるか〜」
ベッドの上で長い伸びをすると、ようやく降りてリビングへ向かった。
「メイちゃん遅いー!ご飯冷めちゃうところだったよ!」
「あはー!!悪い悪い!!」
リビングに入ると、すぐ目の前でめぐが腰に手を当てて仁王立ちしていた。メイは反省の色など一片もないかのような笑顔で謝罪し、盛り付けを終えた食事が置いてある席に掛けた。ナナリカもメイの向かい側に座った。最後に、すでに椅子に掛けていたアテフの向かい側の椅子にめぐが座る。
「ふふっ、あっくんがボクの手料理を食べてくれる顔が目の前だ!」
「はあ……」
「んもー!!!そのあっくんとかいうのをやめろと言うておるだろうがー!!」
相変わらずアテフを親しげに呼ぶめぐ。反応に困っているアテフの代わりに、ナナリカが噛み付いた。
「何で?あっくんはボクの旦那さんなんだから!愛称くらい当然でしょ?」
「だっ……だだだだだだだんなさん……っ!!??キサマあー!!!」
「ちょいちょいナナリカ!!せっかくのご飯がひっくり返っちゃうじゃんよー!!落ち着け落ち着け!!」
「落ち着いていられるかっ!!メイも何か言ってやらんか!!」
めぐの爆弾発言についにナナリカの怒りが爆発したが、めぐは意に介さない様子でただニコニコしていた。
「あー……お前たち。喧嘩してないで早く食べなさい。それに、大事な話があるのだろう?」
見かねたアテフが本題に入ろうと促すと、ナナリカとメイはようやく大人しくなった。
「わ、悪い……そうだったな」
「あたしはなんも悪くないじゃーん!!」
「喧嘩両成敗ってやつじゃない?」
「発端であるキサマが何を……」
「ほらナナリー、またあっくんに怒られるよ?」
「ぐぬぬ〜……!!」
ナナリカは怒りを抑え込むようにしてサラダを口に入れた。それにつられる形で、3人も料理に手を付け始めたのだった。
メイとナナリカは、今日の海岸での任務で出会ったシルファナのことを話した。彼女がヴィエンタと深く関わっていることと、行方不明となった後のヴィエンタのことーー。
「まさか……彼女の『探し人』がヴィエンタだったとはな……」
「え、アテフおじさんシルファナお姉さんのこと知ってるの??」
「ああ。以前めぐと浮上施設探索へ赴いた時に出会ってな」
「そうそう!でもそのときはヴィエンタさんの名前は出してこなかったね。特徴だけ伝えられて、それを手掛かりに探してた感じ」
よくよく考えれば、名前すらも出さなかったのは不自然なことだった。
それな何故なのか、そしてあの日アテフが感じていた疑問の答えが、メイたちの話で明らかになった。
浮上施設にこだわっていたのは、そこにシルファナとヴィエンタが居た研究室があったから。
単独で探していたのは、この研究室のことを出来れば人にーー特に、アークスに知られたくなかったから。
名前を出さなかったのも、名前を出したことがきっかけで情報を調べられかねないから。
メイたちと出会ったときは海岸にいたという話だが、恐らく探索範囲を広げたのだろうと推測できる。ウォパル内であれば、どこにでも手掛かりが残っていてもおかしくはない。
「ほ〜、不思議なこともあるもんだねー!そんじゃこれからはあたしたちみんなでシルファナお姉さんと協力して、ヴィエンタを探す!これでいこー!!」
「そうなるな。こちらとしてもあちらとしても、これ以上心強いことはないだろう。ナナリカもめぐも、それでいいか?」
「勿論だっ!!ヴィエンタを見つけ出し、そしてメイの父上殿の手がかりを探し出す、その目標にワタシもついていくまでだ!」
「ボクはあっくんのやりたいことなら何だって手伝うよ!」
アテフはナナリカとめぐの意思を聞き届け、にこりと笑った。
「よし……決まりだな。早速明日、シルファナ殿と連絡を取ってみる」
今後の行動について方針が固まったところで、4人は休めていた手を再び食事のため動かし始めた。暫し手料理に舌鼓をうち、完食すると、またそれぞれ自室へと戻ってそれぞれの時間を過ごした。
「ふああー……ねっみー」
「まだ寝るなよ!!食べ終わったばかりであるし、まだ歯も磨いておらんではないか!」
「わかってるー、起きてるから〜」
メイは部屋に戻るなり、即ベッドにダイブした。
横になりながら、シルファナが話していたヴィエンタのことを思い出す。
ーー「ヴィエンタは、『メイたちがまた幸せな日々を取り戻せるように』と自ら実験体になることを申し出てきたんです」
確かに、火山洞窟で再会したときのヴィエンタも言っていた。
ーー「私は……もうあんなものは見たくない。そして、もう一度昔のように幸せな日々を取り戻したい。そのために、過ごしてきたんだ」
きっとヴィエンタは「あの日」からずっと、
ーー「ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
ーー「わたし、の、せい……ぜんぶ……」
……ずっと、苦しんでいたのだろう。再び幸せをと心から願っていたのだろう。
なのに、なぜ?
他者を侵食する、という同じ過ちを?
なぜ「あの日」のような悪夢をまた、起こそうとしているの?
(繰り返すっていうんなら、あたしは、あんたのことーー)
ーー「ヴィエンタのことだいすきだもーん!」
幼い日の自分の声が反響し、意識が途絶えた。
「メイ!!そろそろ歯を……って、寝るなと言っただろうにー!!」
ナナリカが揺すろうが叫ぼうが、一向に目を覚ます気配はない。
「完っ全に眠っておるな……まったく」
ナナリカはすやすやと眠るメイの肩に、そっと布団をかけてやる。
以前にも何回か、こんな風に何をしても起きないことがあった。そのときは決まって直前に「あの日」に関わる出来事が起きていた。
「……メイ……」
ナナリカはしばらく、メイの寝顔を心配そうに見つめていた。
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その頃。
ーー惑星ナベリウス「遺跡」エリア。
多くのダーカーが蔓延るこの場所の黒に溶け込むような、それでいて少し浮き出るような灰色の装いの人物が佇んでいた。ひときわ目立つ短めの白髪をそよがせながら。
「いいね、ここにはダーカーも原生種もいる。願わくばアークスにもやって来て欲しいけれど」
うわ言のように呟くと、傍に邪悪なフォトンを纏った大きな球体を出現させた。見た目はダーカー兵器である環境汚染装置ーーダーカイムに似ている。これらをまた2つ、3つと作り出し。
「さあ……『共存』の第一歩を、幸せへの一歩を踏み出そうじゃないか」
そう言って両手を広げると、3つのダーカイムもどきは一斉に遺跡エリアのどこかへと飛んでいった。
「メイ……もうすぐだからね。もうすぐ、キミとキミのパパを幸せにしてあげられるから」
ふらふらと歩き出し、また一言呟く。
「シルファナ……私はここまで出来たんだよ。キミが居なかったから、少し大変だったけれど」
ふふ、と嬉しそうなーーそれでいて少し寂しげな笑みを浮かべ、遺跡エリアの闇に紛れてどこかへと消えていった。