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A.P.228。
「ねーねーママ!パパまだかなー??まだかなー!!」
「もう、メイったら……さっき出て行ったばかりじゃないの。気が早すぎるわよ」
「えへへー!」
アークスシップ 市街地に存在する集合住宅の一室で、メイは母親とともに父親の帰りを待っていた。ーー30分ほど前に出て行ったばかりなのだが。
メイの両親はアークス。この日は父親が任務に出掛け、母親は5歳になるメイのお守りをしていた。気が急くメイの頭を、母親ーーマルカが優しく撫でる。メイははち切れんばかりの笑顔を弾けさせ、マルカにぎゅっと抱き着いた。
「パパ、ばんごはんまでにかえってくるかなー??」
「ええ!だって今日はパパの大好きなシチューの日だもの!」
「シチューっ!?あたしもすきっ!!やったー!!」
じゃあ、今から下準備しておかなきゃね。そう言って、マルカはキッチンへ向かった。メイはその背中をきらきらした目で眺め、家族全員でのシチュータイムに想いを馳せたのだった。
そして、夜。
家の中はクリームシチューの甘い匂いに満たされ、メイはお腹を空かせながら玄関の前で父親の帰りを待つ。しばらくして、扉のキーが開かれる音がした。
「!!パパっ!わ、アテフおじさんもいっしょだー!!おかえりっ!!」
父親は、アテフとともに家に戻ってきた。
「ただいま〜メイ!!アテフとはたまたま任務で一緒になってな!!ぜひマルカのシチューを食べてもらおうと思って連れてきたって訳だ!」
「突然押しかけては悪いと言ったのだが……」
「マルカはそんなこと気にしないって!!な、メイ!」
「うんっ!みんなでたべよー!!」
「まったく……。ルガ殿はいつも突拍子が無い」
父親ーールガとアテフ、そしてマルカはアークスの仲間同士、戦友である。こうして時々、アテフは家に招かれ、メイともよく遊んでいたのだった。
「突拍子が無いついでに……今日はもう1人、お客さんだぞ!というか、マルカとメイさえよければ家族として招き入れたいんだが!」
「??」
メイは目をぱちくりさせ、「お客さん」の存在を確認しようとキョロキョロした。すると。
「……」
ルガの背中から、そろりと顔を出す白髪の少女と目が合った。
「怖くない!怖くないぞ〜!!さ、挨拶しなさい!」
ルガがひょいと横に退いた。遮るものがなくなり、少女は少し戸惑っているようだった。
そんな少女をメイはしばらくまじまじと見つめていたが、再び目が合うとにっこりと笑って、
「あたしはメイ!きみはだーれ??」
と、少女の手を取りながら先に名乗った。
少女はメイの勢いに驚き、少し肩を震わせたが、次にはメイの笑顔につられて微かに笑っていた。
「……ヴィエンタ……。よろしく、ね」
ーーこのあと、マルカもヴィエンタを家に置いておくことを快諾し、5人で賑やかなシチューパーティーを行なったのだった。
次の日。
「ヴィエンター!!あっそぼー!!」
「え、あ……なに、するの?」
「んー、じゃあみんなもよんでおにごっこ!!きまりっ!!」
「オニゴッコ、って……?」
「しらないのー??じゃあおしえてあげるよー!!」
「え、うわっ……」
さっそく、メイはルガとマルカ、アテフと共にヴィエンタを連れて公園へと走った。走ると言っても、メイが無理矢理ヴィエンタの手を引いて全力疾走していたのだが……。
ルガたちはというと、後ろから2人を微笑ましく見守りながら歩いていた。
「うんうん!!メイならすぐに打ち解けてくれると思ってたぞ!!」
「いや……あれは打ち解けるというよりは振り回しているだけに見えるが……」
「いいじゃないの!ちょっと遠慮がちな子っぽいし、あれくらいグイグイ行った方がいいわ!」
「そうだろうか……?」
「そうだ!」
「そうよ!」
アテフのみメイの弾けぶりに若干の不安を覚えていたが、ルガとマルカから一蹴され、頭を抱える。彼らがいいと言うなら、いいのだろう……そう思いながら、相変わらずヴィエンタを引きずるような勢いで駆け回るメイを眺めた。
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「んもー!パパたちおそい!」
「ぜえ……」
鬼ごっこを始める前から疲弊しているヴィエンタの隣で、メイは歩いてきているルガたちを公園から見つめながら不満をたらしていた。
「そーだ!!ねえヴィエンタ、ヴィエンタはどこからきたの??パパとはどこであったのー??」
「っ……。あ……その……」
メイは興味津々に身を乗り出し、唐突にヴィエンタの素性を尋ねた。ニコニコとしたメイの純粋な眼差しに、ヴィエンタは思わず目を逸らし。
「わた、し……は……」
「ほえ!!?」
……泣き出してしまった。
メイは何故泣かれたのか理解できなかったが、悲しいことは良くないことだということだけは分かっていた。だから。
「……え……」
「だいじょーぶ!!」
メイはヴィエンタをぎゅーっと抱き締めた。
「かなしいときは、パパとママがこーしてくれたんだー!!ね、げんきでるでしょ!!」
「……うん……」
ヴィエンタにとって、それは初めて体感した人肌の温かみだった。確かに、元気が出る気がした。けれどそれ以上に、嬉しくてまた泣き出してしまう。
「あれっ??げんきでない??」
「ううん、げんきだよ。……ありがとう」
そうしているうちに、ルガたちも公園に辿り着いてメイとヴィエンタのもとにやってきた。
「!?メイお前〜!!泣かせちゃダメだろ〜??」
「わー!!ごめんなさい!!」
「ち、ちがう。これは……」
ヴィエンタはルガの言葉を小さく否定した。実際のところ泣かされてはいたが。
「ヴィエンタに何をしちゃったの?メイ」
「んー……そだ、あのね、ヴィエンタにどこからきたのーっていったの!そしたら……」
「!」
メイの言葉に、マルカとルガ、アテフは顔を見合わせた。メイはキョトンとしながら3人を見つめ、その隣ではヴィエンタがまた暗い顔をしていた。
「……そうだなあ、ちゃんと話さないとな」
「っ、だ、だめ……」
「だーいじょうぶだって!メイは良い子だから、絶対ヴィエンタを嫌いになったりしない!な、メイ!」
「??うん!!あたしはいいこだもーん!ヴィエンタのこともだいすきだもーん!」
「……」
ヴィエンタはしばらく迷っていたが、ルガとメイを信じて、
「……うん」
こくり、と頷いた。
「よし!……それじゃメイ、よーく聞くんだぞ〜」
ルガは、ヴィエンタとの出会いを語り始めたーー。
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それは、昨日の任務での出来事。
ルガとアテフは、惑星リリーパの地下坑道を探索していた。最近急激に増加したという、侵食された機甲種の掃討任務だった。
「ま、てきとーにやっつけてさっさと帰ろうじゃないか!」
「ルガ殿、今日はいつになく張り切っているな」
「とーぜんだろー!!今夜はマルカのシチューだぞ!!そうだ、お前もどうだ??」
「!?いや、俺は……」
「決定決定!!絶品だからな〜!!味わってけよ!!」
「人の話を少しは聞いたらどうなんだ」
他愛のない会話をしていると、早速目の前に侵食された機甲種たちが現れた。身体全体が紫がかり、異形の形を成した侵食核を持つ彼らは、手遅れなほどに侵食されているのだろうと一目で分かった。
「はっはー!!きたきた!!やるか〜!?」
「ここまで侵食されているとはな。嫌な予感がするが……」
2人はツインダガーを抜く。
アークスとしてはベテランである2人は、侵食されて獰猛さが増した機甲種たちにも一切動じることなく、次々と葬っていった。
「どーしたどーした、もう終わりかこら〜!!」
「いや……、!?待て……」
機甲種たちを片付け、武器を納めようとしたとき、端末が異常な反応を示してけたたましいアラートを発した。2人はすぐに気を引き締め、周囲の気配を探る。するとーー
「あれは……ダークファルスか!?」
前方にダーカーを引き連れている小さな人影を発見し、ルガが叫んだ。
「なるほど……ここらの侵食された機甲種たちはあれの仕業か。しかし……」
ダークファルスと思われるそれは、2対の翼と黒衣を纏っているがーー明らかに、子どもの姿をしていた。
「まー、子どもとはいえダークファルスはダークファルスっしょ。悪いけど……始末させてもらうぞ!!」
「同感だ」
そして2人は、容赦無く小柄なダークファルスへ立ち向かった。
邪魔をしてくる取り巻きのダーカーたちは、武器をダブルセイバーに持ち替えたアテフが蹴散らす。活路が開け、ルガが小柄なダークファルスへレイジングワルツを放った。直撃し、ダーカー因子を霧散させながら打ち上がったそこへ、さらにシュートポルカでとどめ。
「……はい??」
あまりにも、あっけない。
小柄なダークファルスは、一切の抵抗をすることなく、ルガの猛攻を受けて地面に落ちてきたのだ。
「マジか!!弱っ!!!」
「あれだけいたダーカーたちもどこかへ散り散りになっていったよ」
同じく、あっけなく退散していったダーカーを見て唖然としていたアテフも、倒れている小柄なダークファルスのもとへ駆け寄った。
「いや、てか……こいつもしかして……?」
ダークファルスであるなら、倒してすぐに霧散するかどこかへ消えていくはず。しかし、このダークファルスはそれが起こらない。それどころか、今は一切のダーカー因子を感じられない。
そう、ここに倒れているのは。
「何の変哲も無いヒューマンの子どもだぞ……!!」