4-忘れないために

メイとナナリカが「龍族生態調査」へ赴いていた、同じ日。

 

惑星ウォパルの浮上施設エリアに、2人の人物が降り立っていた。

 

「めぐ……好奇心を唆られるのも分かるが、ちゃんと足元にも気を付けなさい」

「分かってるよ、あっくん!ボクだってそこまでドジじゃないし!」

 

めぐ、と呼ばれた少女は、金髪の毛先に赤が差したツインテールとーー黒い羽根の生え揃った翼をふわふわと躍らせながら、浮上施設の美しい風景に夢中になっていた。

そして、あっくんと呼ばれたのは……アテフ。

 

めぐとの出会いは、メイとナナリカがアークス訓練生だった頃まで遡る。ナベリウスにて、エネミーに囲まれていることに気付かず綺麗な花に釘付けになっていためぐを助けたことで懐かれーー今となっては、すっかり「家族」の一員となるまで馴染んでいた。

 

それでもアテフは「あっくん」呼びにはいつまで経っても慣れず、今回も難しい顔をしていたのであった。

 

「ふふっ、なんだかデートみたいだ!」

「またそのようなことを……、む」

「ん?……ああ、お出ましだね?」

 

道の曲がり角を曲がった少し先の行き止まりに、海王種の群れが見えた。が、彼らはアテフとめぐには気付かず、背を向けて何かを取り囲んでいた。少し接近して目を凝らすと、海王種たちの隙間から女性がロッドを構えて立ち尽くしているのが見えた。

 

「!!追い詰められているのか……!めぐ、」

「うん、あいつらを蹴散らしてあの人を助けるんでしょ?任せてよ!」

 

言わずもがな、とアテフの意思を汲み取り、めぐはジェットブーツを装着した。そしてすぐにシフタをかけて自身とアテフの身体能力を強化する。

めぐはそのまま、グランウェイヴで海王種の群れへ突っ込んだ。

 

「ほらほらどきなよっ!!」

 

強大なフォトンを乗せた連続の蹴撃は、一度に複数の海王種を巻き込み吹っ飛ばした。突然の出来事に、海王種たちは慌ててめぐを標的に定める。

 

「ふふっ、そうそう。こっちこっち……!」

 

取り囲まれていた女性から少し離れたところまでおびき寄せ、めぐはモーメントゲイルを放ち、すぐさまザンバースに派生させた。海王種たちはその中心になすすべなく引き寄せられ。

 

「あっくん、今だよ!」

「分かっている!」

 

ダブルセイバーを構え走り込んできていたアテフが、トルネードダンスで海王種たちを切り刻んでいった。

 

見事な連携で海王種たちを残らず撃破した2人を、取り囲まれていた女性は呆気に取られながら見ていた。が、すぐに我に返り、2人のもとへと駆け寄った。

 

「あの、有難うございます……」

 

女性は紫色の長髪を控え目に靡かせながら、長身を礼儀正しく折り曲げ礼を述べた。

 

「これくらい、ボクらにかかればなんてことないよ。ね、あっくん!」

「これ……!」

 

初対面の人物を前にしても呼び方を崩さないめぐを慌てて制するアテフ。その様子に、女性がくすっと笑いをこぼすのが聞こえた。

 

「とても……仲が良いんですね」

「当然だよ、だってボクはあっくんの……」

「めぐ、少し黙っていなさい……」

 

アテフは頭を抱えながらため息を漏らし、めぐの言葉を遮る。めぐは、「ちぇー」と言いながらわざとらしく拗ねてみせた。

これにまた女性が笑みをこぼしたが、めぐがこれ以上暴走しないうちに、アテフは話題を切り替えた。

 

「そなたも任務でここに来ていたのか?」

「ええ、まあ……」

 

どこか言い澱みのある語調に、アテフは首を傾げる。めぐもきょとんとした表情で2人の様子を見ていた。

 

「自由探索任務で来てはいますが……。人を、探していまして」

 

アテフとめぐが現在受けている任務と同じ自由探索任務ーー「浮上施設探索」。探索任務は総称して「フリーフィールド」とも呼ばれ、その名の通り特定の依頼が無くても自由に惑星を探索出来る任務のことを言う。

彼女はこれを利用し、「人探し」をしているのだろうと得心した。

 

「ふむ。ならば、これも何かの縁。私達も力になろう」

「あっくんがそうしたいなら構わないよ!」

「えっ……その、宜しいんですか?」

「勿論」

 

女性は戸惑いながらも、笑顔で「有難うございます」と感謝を伝え、それから自己紹介を始めた。

 

「申し遅れました。私はシルファナと申します。よろしくお願いします」

「シルファナ殿か。私はアテフという者だ。よろしく頼む」

「ボクはめぐ。よろしくねー!」

 

そうして、3人の「人探し」が始まった。

 

 

 

 

 

3人は、この探索任務で与えられた探索範囲を手分けして探すことにした。本来ならば3人とも別れて別々の場所を探索したいところだったものの、めぐがアテフと離れることを渋ったために、アテフ・めぐのペアとシルファナ1人の2手に分かれることとなった。そして、探索を終えたらキャンプシップへのテレポーター前で待ち合わせという流れだ。

 

アテフとめぐは、シルファナに教えてもらった「探し人」の特徴を持ったーー「白い髪で私よりも長身、中性的な女性」を発見すべく、注意深く周囲を見渡しながら歩いていた。

 

「シルファナ殿……1人で大丈夫だろうか」

「大丈夫でしょ。本人だって『あれは探すのに夢中になっていたための不覚です。気を付けます』って言ってたし」

「ふむ……まあ、何度もここに来ているのであろうし、慣れてはいるはずか。本当に不覚だったのだろうな」

 

アテフはここで、ふといくつかの疑問が浮かぶ。

 

何故、「浮上施設にこだわる」のか?

アークスシップ内ではなくわざわざ惑星に出向いてまで探しているということは、「探し人」は恐らくアークス。ならば、ひとつの惑星にこだわらず様々な惑星へ足を延ばす方が良いはず。

 

何故、「単独」で探しているのか?

人探しを効率的に、かつ確実に発見するならば「クライアントオーダー」として他のアークスに頼んでいてもおかしくないはず。先程協力を申し出た時の反応から察するに、恐らく他人の協力を自ら申し出たことはないのだろう。

単に遠慮がちなのか。それとも、クライアントオーダーとして発注できない理由でもーーアークス内部へ「探し人」の情報を知らせたくない、などの理由でもあるのか……

 

「あっくん、あっくんたら!」

「!ああ……何か見つけたのか?」

「そうじゃなくて。何か考え事してたの?怖い顔してたけど……」

 

気がつくと、めぐが心配そうにアテフを見上げていた。アテフははっとして、めぐに笑いかけた。

 

「すまない、なんでもないよ」

 

そう言いながら、めぐの頭を撫でてやる。

 

「なんでもなくないでしょー。でも……うん、気分がいいから今は許してあげる!あとで絶対聞かせてよね!」

 

撫でられて上機嫌に跳ねるめぐを見て、アテフは質問責めを免れたことに内心で安堵のため息をついた。

 

(しかし……まあ、考えすぎか)

 

とりあえず一通り浮かんだ考えを心の底にしまい込み、アテフは再び歩き始めた。めぐもスキップでもしているかのような軽い足取りで、それに続いた。

 

 

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その頃、シルファナも周囲を慎重にーーかつ、先程のように「気付いたらエネミーの群れに踏み入れていた」ということがないように警戒しつつ、アテフたちとは逆の方角のエリアを探索していた。

 

「『あの人』どころか……人の気配すら、ありませんね……」

 

今日もこのまま終わってしまうのだろうか。そんな考えが頭を過ぎり、俯いた。

そのとき、ふと背後の海面から何かが飛び出してくる音が聞こえた。

 

シルファナは咄嗟にロッドを抜き、飛び退く。十分に距離を取り、飛び出してきた何かを確認。

 

「海王種……ファルガルボンが3体……」

 

動きの鈍重なそのエネミーは、シルファナとの間合いをゆるゆると詰めていく。そして少し遠くから、シルファナに向かって3体が一斉に飛びかかった。が、シルファナはファルガルボンたちが動き出した直後にはテクニックを溜め始めていた。

 

「ギ・バータ……!」

 

ファルガルボンたちがテクニックの間合いに入ったタイミングでロッドを振りかざし、に氷の礫を放つ。それらはことごとくファルガルボンたちを迎え撃ち、貫いた。

 

「2度同じ失敗は、さすがにする訳にはいきませんからね……」

 

ふう、とひとつため息をつき、ロッドを仕舞おうとした。

 

「……」

 

仕舞おうとして、このロッドをーー「アクアプラネット」を見つめた。

 

この豊かな水の惑星のことを……ここで起きた、すべてのことを忘れないため。

ここで犯した「罪」を忘れないため。

必ず「あの人」を見つけ出し、罪を償う決意を忘れないため。

 

「アクアプラネット」には、そんな思いが詰まっている。

 

(……簡単に諦めては、いけませんね……)

 

シルファナはロッドをもう一度握り締めてから、背中に納め、再び顔を上げて歩き出した。

 

 

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互いに探索すること、2時間。

 

「なんにも見つからなかったねー」

「うむ……。力になると言っておきながら、なんとも情けない」

「そんなことないよ。あっくんはいっぱい頑張ってたじゃない。もちろんボクもね!」

 

任されたエリアすべての探索を終えたアテフとめぐは、キャンプシップへのテレポーター前でシルファナを待っていた。成果が得られず難しい顔をするアテフを、めぐが明るく元気付けていると、シルファナもこちらに歩いてきているのが見えた。シルファナは2人を確認すると、駆け足で2人の元へ合流した。

 

「すみません、お待たせしてしまいました」

「いや、我々も先程来たばかりだ。……すまない、人影どころか手掛かりすら得られず仕舞いであった」

「いえ、そんな……!協力していただけただけでも有難いです」

 

謝られたシルファナは、慌ててそれを否定しながら礼を言った。

 

「それで、そっちはどうだったの?」

「あ……私も、何も……」

 

めぐの問いに、シルファナは苦笑しながら答えた。

互いに成果無し。少し重たい空気が流れるが、それを吹き飛ばすかのようにめぐが声を上げた。

 

「見つからなかったものは仕方ないよ。まだ明日だって明後日だってあるんだから、落ち込んでる暇なんてないでしょ?」

 

めぐの言葉に、アテフとシルファナは顔を見合わせーー笑いあった。

 

「そうだな……。切り替えてゆかねば」

「ええ。……有難うございます」

 

2人の……とりわけアテフの笑顔を見て、めぐは自慢げに胸を張った。

 

 

そうして3人は笑顔のまま、キャンプシップへ乗り込み、アークスシップへの帰路へとつく。

 

2人とシルファナの出会い。これは2人と……そして、メイたちにとっても重大であろうことは、今は誰も知る由はなかったーー。