3-辿り着くために

ヴィエンタ。

彼女とは幼い頃に出会い、とても仲良くしていた幼馴染だ。

 

10年ぶりーーそう、10年前のあの日ーー

 

「……マジかー!!超久しぶり!どこほっつき歩いてたのさ〜も〜!!」

「あはは、ごめんごめん。色々あったんだよ」

 

お互いに笑い合い、歩み寄る。

 

「でも意外だね。心配、してくれていたんだ?」

「そりゃあそうじゃん〜!!友達のこと心配しない奴なんか居る〜!?」

 

自分より幾分か背の高い、白髪の中性的な顔立ちを見上げ、明るく笑ってみせるメイ。ヴィエンタも微笑み返すーー。

 

「ふふ……。嘘つきなんだから」

 

思いがけない言葉に、メイはほんの一瞬だけ表情を曇らせた……が、すぐに笑顔に戻り、笑い飛ばした。

 

「嘘なワケないじゃん〜!!何言っちゃってんのさぁ!」

「何を言っているんだい?私のせいで、キミの『父親』は、キミの家族は……ねぇ?」

 

互いに、笑顔である。しかし、2人の間には再会を喜ぶ、という空気とは言えない、妙な距離感が形成されていた。

 

「私は……もうあんなものは見たくない。そして、もう一度昔のように幸せな日々を取り戻したい。そのために、過ごしてきたんだ」

 

ヴィエンタは長槍の先を地面に引き摺りながら、ふらふらと歩く。うわ言のように己の願いを吐露すると、再びメイへ顔を向けた。

 

「必ず、キミとキミの家族を幸せにしてみせるからね。許して欲しいとかじゃない……キミが心から笑える日が来るのなら、それで十分」

「許す許さないっていうか……気にしすぎだよホント!!てか、さ。あんたちょっとおかしいよ?」

「……?おかしいのはメイの方さ。面白くもないのに笑って楽しいの?」

 

話は平行線を辿る。

キリがないーーそれに、このままでは思い出したくないモノまで、思い出してしまう。

 

「笑ってりゃ面白いことなんて勝手に寄ってくるでしょ〜?逆に、落ち込んでたら何も見えなくなるじゃないのさ!それよりもさ……」

「何だい?」

 

そうなる前に、メイは話を逸らす。そして、感じていた疑問を口にした。

 

「この辺の龍族……あんたの仕業?」

 

メイの問いに、何のことはないという風にヴィエンタは答えた。

 

「そうだよ。と言っても、こうなることは想定外だったけど……。まだまだ『調整』が必要かなあ」

「やっぱそうかあ〜。で、どういうつもりなワケ?言ってることとやってることが違う気がするんだけど〜!!」

「何も違わないよ。でも、危うくメイに怪我をさせてしまうところだったのは謝る」

 

意味がわからないーーメイはう〜んと首を傾げた。

 

「ああ、私はそろそろ行かなくては。キミは任務で来ているんだろう?報告なら如何様にしてもらっても構わないよ。私のやることは変わらないからね」

「えっ?ちょいちょい……!!」

 

じゃあ、またどこかで。そう言い残し、赤黒いフォトンを纏ってメイの目の前から消えていった。

 

「……マジかあ〜」

 

メイは、必死で頭の中を整理する。

 

10年ぶりの幼馴染。

彼女は自分と家族を幸せにすると言った。

それが何故「幸せ」とは程遠い行為を?

ダーカー因子で他者を侵す。

10年前と同じーー

 

「ーー、イ、メイっ!!こらっ!!」

「ふおぉおおおおおあっ!!?」

 

そうしている間に接近していた存在に全く気付かず、声を掛けられて思わず飛び上がった。

 

「なぁんだナナリカか〜!!ビックリさせんな!!」

「さっきから呼んでおったのに気付かん方が悪い!ボーッと突っ立って、何かあったのか?」

「ナナリカこそ、そっちはなんもなかったの?」

「ワタシが向かった先には暴走した龍族しかおらなんだ。すぐに行き止まりになったからメイを追いかけてきたというワケだ。で、何かあったのだろう?聞かせてもらうぞっ」

 

ナナリカはメイに詰め寄った。

 

「わかったわかった!!ここじゃなんだから一旦アークスシップに戻ろ!!ちょっとアテフおじさんにも話しておきたいことだし!!」

「?うむ……わかったぞっ」

 

任務の達成条件も満たしている。2人はオペレーターに帰還許可を申請し、アークスシップへと戻っていった。

 

 

 

 

 

『不穏な観測データの正体は、侵食核を持たずに侵食された龍族たちである。この現象の原因は、龍族たちが目撃しているという不審人物が関連していると思われる』

 

メイとナナリカは、ヴィエンタのことは具体的には触れずに任務報告をした。どの道すぐに情報は割れそうなものだが、幼馴染を敵対する者として認識されるのは、なんとなくまだ避けたかったのだった。

 

 

 

2人はその後足早にマイルームへと向かい、インターホンを鳴らした。

 

この日は別の任務に赴いていたアテフだが、すでに帰宅しているようで、すぐにポータルドアが開かれた。

 

「おかえり、メイ、ナナリカ。此度も無事に任務を終えたようで何よりだ」

「とーぜんさ〜!!心配しすぎ!!あっそれでね、ちょっと話があるんだけどさ〜……」

 

3人でリビングの食卓につき、メイは「龍族生態調査」で起きた出来事を話し始めた。

 

 

 

「ヴィエンタが……そうか……」

「ヴィエンタって、メイたちの昔話にたまに出てきてたアイツかっ?元々ダークファルスだったっていう……」

「厳密には、『ヒューマンの子どもが人為的にダークファルスにされた』存在だ。メイの父君が彼女のダーカー因子を浄化したことでそれが判明し、それを機にメイの家に引き取られることになった子ーーなのだが」

 

この浄化したと見られていたヴィエンタのダーカー因子は、実はメイの父親に宿っていたのだ。

これが、徐々に父親の身体を蝕みーー

 

「……メイの父上殿を変わり果てた姿に変えたと……」

 

変わり果てた姿ーーダークファルスへ。

 

「そー。そんで今日、『パパ』を探すつもりが先にヴィエンタと出会っちゃったってワケ〜!!」

 

メイたちの「探し人」は、ダークファルスと化したメイの父親。

探し出し、救い出し、連れ戻し、また一緒に笑って暮らせるように。

 

「それは……父君とも繋がっているかもしれぬし、放ってはおけんな……」

「うむうむ!ヴィエンタを追っていれば父上殿に辿り着くやもしれんしなっ!」

「だね〜!!追うって言っても手掛かりは今日のアレコレしかないけど……ま、なんとかなるっしょ!!」

 

ヴィエンタの動向を探りつつ、メイとナナリカは探索範囲の拡大と手掛かり探しのためアークスクエストをこなすーーこれが当面の目的となった。

話が終わると、それぞれ自室へと戻り、任務の疲れを癒すのだった。

 

 

 

 

 

「なぁ、メイー」

「ん〜??なになに〜?」

 

メイはベッドで端末をいじり、ナナリカはテーブルについてテレビを眺め、それぞれくつろいでいた。不意に神妙な声をかけられ、メイはナナリカの方を向くように寝返りを打った。

 

「そのー……ヴィエンタとは、仲直りとかしないのか?」

 

幼馴染で、一時期でもメイの家族の一員でもあったはずのヴィエンタ。

彼女のことについて、仲直りしようとか、連れ戻そうとか、そんな話が出てこなかったことにナナリカは引っかかっていた。確かに父親をダークファルスに変えてしまった存在ではあるがーー

 

「仲直りもなにも、あたしはまだヴィエンタと友達だと思ってるけど〜?ヴィエンタがどう思ってるかは分かんないけどね!」

「……そういうことではなくて、だな……」

「どーゆーことさー??言ってみ??」

「……いや、やっぱいいや。ヘンなこと聞いてすまなかった!」

「??まーいいけど!」

 

この2人の仲ともなれば、ナナリカの質問の意図くらい分かるはず。しかし、メイからは見当違いの答えが返ってきた。そして、気になったことはいつもならしつこく聞いてくるのだが。

 

(触れて欲しくないの、バレバレだぞ……)

 

相変わらず笑顔でベッドの上をゴロゴロしているメイを不安げに横目で見てから、テレビに視線を戻した。

 

一方のメイは、笑顔の下でヴィエンタの言葉がやたらと反響していることを自覚していた。

 

ーー『嘘つきなんだから』

 

ーー『面白くもないのに笑って楽しいの?』

 

何も嘘なんかついていない。ヴィエンタのことは怒ってない。起きてしまったことは仕方がないのだ。

 

ーー本当に?

 

どんなときも笑っていれば、自分も周りも楽しくなる。これは父親から教わったことで、実際父親は明るくはつらつとした笑顔で皆んなに幸せを振りまいていた。

だから、自分もそうありたいと思って。

 

 

ーーそれだけが理由?

 

 

(……眠くなってきたな〜……)

 

考えているうちに……否、考えを打ち切るかのように、急激な睡魔がやってくる。

メイはそのまま、深い眠りへと落ちていった……。