40-希望来れど、時は待たず

メイたち、そして研究室の面々が【オーヴァ】についての報告を受けてから3週間後。急ピッチで進められていた【A-ダーカスト】対抗フォトンの開発は、想定よりもずっと早く佳境を迎えていた。
「ついに……ここまで、きましたね」
「つ、疲れたっス……」
「……ボクも……」
シルファナ、ルイス、ノエルは、様々なパラメータを示したモニターを見つめながら、疲労のような安堵のような表情を浮かべていた。
それもそのはず。
「A-ダーカスト対抗フォトン、プロトタイプ完成。ライアさんに対する効果実験も成功……ライアさんの体内のA-ダーカストは完全に浄化されています……!」
大きな前進を確かめ、改めて3人は大きな溜息をついた。
「お2人は、休んでください。あとは私が……」
「それはダメっス!!オレたちと、ライアさんたち、数人がかりでコレなんスから。2人も抜けたら、それこそ誰かぶっ倒れちゃうっスよ!!」
「もうひと踏ん張り。最後まで、やろう」
この3週間、ほぼ休みなく突っ走ってきた3人。そして、ライアをはじめとした研究メンバー。しかし、ここまで来たからこそ、あと一歩だからこそ、気を抜けない。シルファナたちは、対抗フォトンを実戦投入するための安定化や調整の準備に入った。
一方、ライアはブランクとアルファに迎えられながら悠々と実験室から出てきた。
「ん~。意識はしてなかったけれどぉ、やっぱり体がスッキリしたわぁ~」
「おかえりー。スッキリついでにコーヒー飲む?挽き過ぎちゃった」
「あはは……ホント、あれほどのA-ダーカストを宿しておきながら、よくあの程度の侵食で済みましたねえ……」
伸びをしたり手をひらひらと振ってみたりしてA-ダーカストから解放された気分の良さを味わうライアを、アルファとブランクが出迎えた。ライアはほんのり漂ってくるコーヒーの香りを楽しみながら、「気が利くじゃな〜い?頂くわ〜」と返事をした。
「次は安定化と調整、だったわねぇ。となると、メイちゃんたちの武器のステータスも知っておかなくっちゃあ」
「あ、呼びます?」
「お願い〜」
ブランクは了解です!と返事をし、メイの端末へ連絡を入れた。
一家は皆、クエストに出向くためゲートエリアに居た。メイは自分の端末の通知音が鳴っていることに気が付くと、1コールも経たないうちに勢いよく応答した。
「はい!!!もしもし!!!!」
「うわあっ!?早い!!そして声おっきい!!」
「ごめんごめん!で、何!?進捗!?」
メイの反応を見て、一家の面々もすぐP.P.Lからの連絡だと分かり、メイの端末から響くブランクの声に傾聴した。
「はい!すっごい朗報ですよ〜!なんと、対抗フォトンのプロトタイプが完成して、ライアさんの中にあったA-ダーカストの完全浄化に成功したんですっ!!」
「!!」
その報せに、一家は皆、人目を憚らずに大歓声を上げた。
「マジかぁぁぁああ!!!やったあ!!」
「進捗報告どころではないぞっ!!これはもう……!!」
「事実上の完成ってことだよね!」
メイ、ナナリカ、めぐの3人は、代わる代わるにハイタッチをして喜んだ。
「ついにここまで来たのだな……。尽力、感謝してもしきれん」
「まったくだぜ……!あとはオレたちが頑張る番か!?」
アテフとルガの大人2人も、笑顔でブランクに応えた。
「皆さんに頑張ってもらうために、最後にちょこっと力をお借りしたいんです〜!皆さんの武器に対抗フォトンを込めるために、武器ごとの対抗フォトン最適化および調整が必要なので、武器を持って研究室まで来てもらいたいんです!あ、勿論各武器種に対する平均的な調整は施しますが、最前線に行かれる皆さんの武器に対しては重点的にやっておきたくて!」
「もっちろん!お安い御用だよ〜!さ、みんな早速いこ!」
丁度クエストへ出るつもりだった5人はすでに武器を携えていた。ブランクとの連絡を切ると、駆け足で市街地へ繰り出した。
研究室の扉の前に来ると、やはりと言うべきか、待ち構えていたかのようにドアが開き、その向こうにはライアが待っていた。
「ハア〜イ。報せは聞いてると思うから早速コトを進めていくわよ〜?」
本当に何事もなかったかのように、いつも通り佇むライアの姿を、一家は返事もせずじっと見つめていた。ライアは怪訝に5人を見つめ返した。
「何よ〜みんなしてぇ」
「いや……御無事で何よりだ、とな」
ライアがA-ダーカストを自らの体内に宿したことを聞いた時に最も声を荒げていたアテフが言う。他の4人も頷き、アテフの言葉に同意を見せた。
「ほんと、よかったよ!本人は大丈夫って言ってたけど、怖くてずっと気が気じゃなかったんだよね!」
「やっぱりそっちなのか、めぐは……」
苦笑するナナリカの隣で、メイとルガもそれぞれライアの無事を喜んでいた。
「話に聞いてたから心配だったけど、全然大丈夫そうでよかったよ〜!」
「同じく。初めて顔を合わせた時からそんな状態だったとは知らなくてな……いやぁ良かった!」
一家の意外な言葉にライアは少し目を丸くし、その後呆れた様子でため息をついた。
「当然でしょ〜?皆本当に心配性なのねぇ〜」
「お、オマエ!皆気にかけてくれていたのだから、礼くらい言ったらどうなんだっ!」
「はいはい、ありがと〜」
取ってつけたような礼の言葉に、ナナリカはむくれ面を見せ、めぐも納得いかないような表情をしていたが、他の面々はそれすらも微笑ましく感じていた。
ライアは、じゃ、いくわよ〜、と踵を返し、暗についてくるように促した。
少し進むと、アークスが使うクラスごとの武器のパラメータと睨めっこしながら、対抗フォトンの調整を行なっているシルファナたちの姿が見えた。メイたちがやってきたことに気がつかず、相当な集中をしているようだったが、ライアは構わずぱんぱんと手を叩きながら声をかける。
「はいはい〜。一旦手を止めて頂戴〜。メイちゃんたちが来たから、皆の武器への対抗フォトン最適化を優先的に進めるわよ〜」
「!メイさん、皆さんも……」
振り向いたシルファナ、ルイス、ノエルの顔には、明らかに疲労が見えていた。メイが心配の声をかけようと半歩歩み出るが、シルファナはそれを遮った。
「大丈夫……今が、踏ん張り時なのです。対抗フォトンも、想いも……しっかり、皆さんの武器に込めさせていただきます」
「そっス!心配しないで、オレらに引き続き任せて欲しいっス!!」
「これが終わったら、ちゃんと休む。安心して」
疲れていながらも、3人の瞳には強い光が宿っていた。
「……うん、ありがとう!3人とも、それに、ライアお姉さん、ブランク、アルファも……お願いね!」
「ワタシたちは武器を預かってもらってる間は戦えん訳だから、きたるべき時に備えて英気を養っておくぞ!」
「いいね!今日からスタミナがつくようなご飯、作ってみようかな!」
事の大きな進展に、皆の士気はこれ以上ない程に上がっていた。実際に、何もかもが順調に進んでいた。
しかし。
大きな進展を見せていたのは、メイたちだけではなかった。
メイたちが研究室に武器を預けてから、1日が経った頃。
オーヴァ内のダーカー因子反応や、各惑星の突発事象監視を担当しているオペレーターは、オーヴァで起きている異変をしっかりと捉えていた。
「親の片割れの反応が矮小化……直後、超強力なダーカー反応……これは……!」
注意深く、この反応に動きがないか観察する。しかし、数十分経っても、この超強力なダーカー反応はオーヴァから動く気配もなければ、力が増減する様子もない。
「……皆さんには、動き次第報告を……、っ!?」
呟いて、他のモニターへ目をやろうとした時、オーヴァからの反応が消えた。━━転移だ。
「転移先……惑星ウォパル浮上施設……!」
そこでは何も知らないアークスたちが任務を行なっている。かの反応が降り立った付近の座標近くに居るアークスへ、至急の帰還命令を出した。
事態は、余りにも突然に、そして余りにも早く急転してしまった。オペレーターは、メイたちと研究室メンバーの端末へ一斉にアラートと緊急連絡を入れた。