A.P.240 11月末。
「さーさー今日も張り切ってこ〜!!!いぇいいぇい!!」
「いぇいいえーい!!何が来ようと蹴散らしてやるぞっ!」
「朝から元気なのはよいが……油断は禁物だぞ」
この日、惑星ナベリウス「森林」エリアに降り立った3人のアークス。いの一番に声をあげた、森林の青さに溶け込むような緑のショートヘアに緑のベレー帽の彼女は、駆け出すのも一番先だった。
「いっくぞー!」
「あっこら待てメイ!!ワタシの獲物がなくなるではないかーっ!!」
それを追い掛けて駆け出す、紫色のキャストの少女。
「ナナリカ!待つのはお前だ!メイも止まりなさい!」
警戒の二文字などどこ吹く風で飛び出す2人の少女を追う、壮年の男。
「アテフおじさんも早く〜!!」
「……まったく……」
アテフは頭を抱えながらも、メイとナナリカを追う。木の葉の擦れる音と風の音が心地よいこのエリアに、暫しの喧騒が駆け抜けることとなった。
メイたちが請け負っている任務は「森林探索」。
メイとナナリカは数週間前に研修が明けたばかりの新米アークスで、森林エリアの自由探索資格・及び惑星アムドゥスキアへの任務許可を得るためにこのエリアで幾度かの任務をこなしてきた。そして、今回の「森林探索」をクリアすれば、晴れて両資格の取得となる。2人が張り切っているのはこのためだ。
アテフはというと、2人の監督役として同行しているため、極力手出しはしない。が、これは誰に頼まれた訳でもなく、彼女たちとこれまで連れ添った「親代わり」として、成長を見届けたいという思いでついてきていたのだった。
鬱蒼とした森を一度抜け、開けた平原に出ると、ちょうど縄張り争いをしていたらしいウーダンの群れとダガンの群れに鉢合わせた。
見たところ、ダガン側が優勢のようだ。
「おっ、やってるね〜!!こりゃあ原生種たちの大大大ピンチじゃないのー!?」
「よしきたっ!!ワタシ達がダーカー共を蹴散らして奴らを守ってやろうぞー!!」
「おうよーっ!!どっちが沢山倒せるか競争な〜!!」
メイとナナリカはそれぞれの武器を携え、よーいどん!の合図で同時に飛び出した。
狙うはダガンの群れのみ。アークスとして、ダーカー因子に侵食されていない生態系を保護するため。
そして、これ以上、自分たちの眼に映る何者にもダーカー因子の侵食を許さないように。
「そらそら〜!!アークス様のお通りだーい!!」
先手はメイ。ツインダガーを抜き、右脚を軸に回転。斬撃と蹴撃が代わる代わる、ダガンの群れを蹴散らしていくーーワイルドラプソディが放たれたメイの周囲には、ダーカー因子の残滓のみが尾を引いていた。
それでも怯まず襲いかかる他のダガンたちの前には、ナナリカが躍り出る。
「おおっと!このワタシを無視するとは何事かっ!!これでも食らえーっ!!」
ナナリカはワイヤードランスを抜き、手近なダガンを捕獲。そのまま何度も振り回し、周囲のダガンを次々と吹き飛ばすーーアザーサイクロンは、メイにも負けないくらいの数のダガンたちを制した。
「ふふん、見たかこの雑魚蟻共っ!」
「ダメダメナナリカ!!油断大敵〜っ!!」
自慢げに鼻を鳴らすナナリカだったが、その背後からは新手のダガンが襲いかかっていた。それにいち早く気付いたメイが、レイジングワルツで斬り込む。
「うわあっ!?こっこのワタシが不覚などっ……!!」
「ふっふ〜ん!まだまだだね〜!!」
ダガンを消しとばし、ツインダガーをくるくるもてあそびながらナナリカを見下ろすメイ。周囲のダガンたちはようやく劣勢とみたのか、散り散りになって消えていった。
「ちえー、逃げられた。ま、次出くわしたら倒せばいいよね!」
「そうだな……そのときは負けないからな!メイっ!!」
「おーおー望むところだだ!」
2人はそうして火花を散らしつつも笑い合い、アテフのもとへ戻ろうとした。
しかし。
「グルルルルル……」
ふと背後を見ると、先程ダガンたちと争っていたウーダンの群れがこちらを睨んでいる。
「んー?あれあれ?もしかしてあたし達〜……」
「外敵として認識されておるのかっ!?」
ダーカーたちの脅威から守ったにも関わらず、ウーダンたちからはあまり良い印象を受けなかったようで。
「「「キイイイイーーーッッ!!!」」」
群れが一斉に、飛びかかって来た。
「マジか〜!!!」
「おおお驚いてる場合か!!逃げるぞっ!!」
ーー遠巻きにその様子を見守っていたアテフは、やれやれと言った顔で頭を抱えていた。
「……強くはなったが、やはりまだ新米と言ったところか……」
溜息をつきながら、逃げ回るメイとナナリカにこっちだと手招きをする。ウーダンの群れとの鬼ごっこは、彼らの縄張りを離れるまで続いたのだった。
十数分もの間追い回された末、ようやくウーダンたちの縄張りから遠ざかることができた。
辿り着いたのは最終エリア手前のテレポーター付近。木陰に一度腰を下ろし、暫しの休息を取ることにした。
「いやあ〜危なかった!!原生種は野蛮だな〜まったく!」
「その通りだ!せっかく守ってやったというのにっ」
「彼等からしてみれば、我々アークスも縄張りを荒らす不埒な輩と変わりはないということだよ。特にナベリウスの原生種は縄張り意識が非常に強い。研修でも習ったはずだろう」
原生種への恨みごとを言い放つメイとナナリカに、アテフは静かに諭した。
「それと……なるべくダーカー因子に影響されていない原生種を討伐したくないのは分かるが、命の危険を感じたら撃退することも考えなさい」
「ええ〜……でもでもー!!」
「メイ。命が無ければ元も子もないんだぞ?メイには……いや、私達には『成し遂げねばならないこと』があるだろう。それは命あってこそだ」
まだ反論しようとするメイに、再び言葉をかける。
『成し遂げねばならないこと』ーーこの一言で、ようやくメイは反論の言葉を飲み込んだ。
「……あっは!そりゃそうだ〜!!それまでは絶対に死ぬわけいかないもんな〜!」
「分かれば良い。ナナリカ、お前もだぞ」
「わ、分かっておるっ!!まあこのワタシが簡単にやられる訳はないがなっ!!」
話が終わると、3人は自然と立ち上がる。そして、疲れ知らずかと思うほどの軽快な足取りで、メイとナナリカはテレポーターへと駆けていった。
最終エリアに待ち構えていたのは、ロックベア。筋骨隆々の巨体に大きな拳を備えた大型の原生種だ。
普通ならば、油断さえしなければここに至るまでの実戦経験で事足りる相手ではある。
しかし、目の前にいるこのロックベアは。
「こりゃあ〜またまた……」
「よりによってこやつに……」
首元に、侵食核が刺さっていた。
サイズは小さいものの、元々気性の荒いこの原生種を凶暴化させるには十分らしい。
「グオォオオオオオオオオオ!!!」
メイたちを見るや否や、大きな拳を振りかぶって襲いかかった。
2人は二手に分かれて跳びのいて難を逃れる。直前まで立っていた地面は、拳の一撃によって深々と抉れていた。
「半端ねー!!!」
「あんなもの食らったらスクラップだぞっ……!!」
「食らったらの話でしょ〜??当たんなきゃいいのさー!!」
メイは笑顔でそう言い放つと、ツインダガーを掲げてロックベアへ走りこむ。気付いたロックベアは両拳を交互に振り回すが、鈍重なそれは軽やかに舞うメイには届かない。メイは拳をくるりくるりと躱しつつ、この腕を足場にして跳躍。空中から狙いを定めるは、首元の侵食核。
「待ってな、すぐに正気に戻してやるから……!!」
呟くと、レイジングワルツを放つ。一直線に侵食核へ。しかし、ロックベアはその突進を阻もうと拳を振り上げた。
「させるかっ!!!」
それを見るや、ナナリカは振り上げた拳に向かってワイヤードランスを放つ。これがロックベアの腕に巻き付き、拳の攻勢を封じた。
そしてその直後、メイのツインダガーが侵食核を捉えた。
「おらーっ!!コイツから出て行け〜っ!!」
メイはツインダガーを振るいーー見事に侵食核を破壊した。
「っしゃあ!!ナナリカ、ナイスアシストッ!!」
「当然だっ!もっと感謝してもよいのだぞっ!」
メイとナナリカはハイタッチを交わした。そして、再びロックベアへ向き直る。
侵食核が破壊され、ダーカー因子の侵食から逃れたロックベアは、少しきょとんとした素振りを見せた。しかし、やはりと言うべきか目の前の2人を外敵と見做してまた拳を掲げて迫って来た。
「やっぱそうなるか〜!!でも元気そうでなによりだね〜!!」
「元気すぎるわっ!!なあメイ、どうする?」
「そーだねー……」
メイは思案する。
せっかくダーカー因子から解放してあげることが出来たのだし、出来れば立ち去って欲しかった。殺してしまう理由は無いけれど、このままでは潰されるし、任務の達成にもならない。
ならば考えることはひとつ。『成し遂げねばならないこと』のために。
「……悪いね、お猿さん!あたしらはこんなトコで止まるわけにいかないから!!」
メイは意を決して飛び出す。ナナリカもメイの意思に従って後続した。
ロックベアから振り下ろされる拳は、侵食を受けていた先程までよりもさらに鈍重。2人は今度は同じ方向に回避。攻撃を外したことでバランスを崩したロックベアは、大きな音を立てて地面に仰向けに倒れた。
その隙に、ナナリカがワイヤードランスをーーメイに放つ。メイは放たれたワイヤードランスのワイヤー部分を掴み、ナナリカはメイを空中へと放り投げた。その位置はちょうど、ロックベアの頭の真上。
「ちょーっと痛いかもしれないけど……勘弁してよね!!」
空高くから、渾身のレイジングワルツを放つ。ツインダガーの刃は的確にロックベアの頭部を捉え、深々と突き刺さった。
「ーー目標達成を確認。帰還を推奨します。」
ロックベアを打ち倒すと同時に、オペレーターから帰還命令……任務達成の報せが入った。
「っしゃー!!!これで森林はあたしたちの庭だな!!」
「やっとアムドゥスキアにも行けるぞーっ!!……あっ父上ー!!ワタシたちの活躍見てたかー!?」
メイとナナリカが喜んでいると、2人の戦いを見守っていたアテフが歩いて来た。
「ああ、見ていたよ。見事な連携だったな」
アテフが笑顔で褒め、2人の頭を撫でた。メイとナナリカの表情はより明るくなり、撫でられながら顔を見合わせてニッコリと笑った。
「さあ、帰るとしよう。任務報告までが任務だぞ」
「おーっす!!」
「はーいっ!!」
こうして3人は無事任務を終え、キャンプシップへのテレポーターへと消えていった。
『成し遂げねばならないこと』への第一歩を踏みしめながらーー。