【アイラクとレミー】凄絶の後

『っふふ、なかなか楽しめたよぉ。色々とね』
「……」
『なに、まだ怒ってるの?外に出たのはあれが初めてだったもんだから、ちょっと羽目外しちゃっただけじゃんかぁ』
「いやっ!!!うるさいっ!!!おまえのこえなんか、ききたくないのっ……!!」

紫に囲まれたマイルームの自室。そのベッドの上で、うずくまるアイラクとその頭上を漂う思念体の問答が繰り広げられていた。

アイラクの意識を乗っ取ることを覚え、晴れて外の世界の地に足を着けた思念体は、あろうことか偶然遭遇した半ば暴走状態のレミーに戦いを挑んだ。
手遅れになる前にアイラクが制止したことで互いの命は守れたものの、自らの身体でレミーを傷付けてしまった、そうさせた思念体への怒りは心を深く蝕んでいた。アイラクが思っているほどレミーは気にしていない様子だったが、それでも気持ちは晴れない。

『まあいいや。あいつと直に相見えたことでフォトンへの理解も深まったし……当分はまた学習に集中させてもらうよぉ』
「……」
『それじゃあね〜』

思念体が意識の深層へと沈んでいくのを感じ、ようやく訪れた静寂に胸をなで下ろす。しかしその静けさは同時に、わだかまっていた感情の蓋を開けた。

「……うえ、ぐすっ……ひっぐ……」

怒り、悲しみ、罪悪感、何もかもがない交ぜになって溢れ出す。アイラクはしばらく無心で泣きじゃくった。

心が落ち着いたか落ち着いていないかというとき、リビングからポータルドアが開く音がした。続いて、足音が自室に近づいてくる。ルヤンが帰ってきたのだろうか……と思ったが、彼女はこんなにせわしない音を立てたりしない。慌てて涙を拭いて、来訪者の入室を待つ。ドアが開かれると、そこには。

「おい。お腹空いた。どっか連れてけ」
「え、えっ!?うめ!?」

来訪者はレミーだった。いきなり人のマイルームに飛び込んできて無節操な第一声。しかしそんなことはどうでもいい。あんなにひどいことをしてしまったのに、レミー自ら訪ねてきてくれた……。
嬉しさと困惑で挙動不審になるアイラクの返事を待たずに、レミーはアイラクを腕翼でがしっと抱えてマイルームを出て行った。

「あわああ!?う、うめ!!」
「聞こえなかった?ボクはお腹が空いたの。どっか連れてってよ」
「???わ、わかったの」

そのままロビーまで引きずられていき、アイラクはレミーの腹を満たすべくクエストカウンターで任務の受注を進めた。

(なんだか、すごくおなかがすいてそうだから……おっきいエネミーがいっぱいのところ……)

そう思って選んだ行き先は、惑星ハルコタンの黒ノ領域。大型のエネミーである黒の民が蔓延るこの場所ならば、レミーは満足してくれるだろうか。あのときのせめてものお詫びに、と精一杯考えたのだった。

「きまったの、いこっ!」
「ん」

2人はスペースゲートからキャンプシップに乗り込み、惑星ハルコタンを目指した。





黒ノ領域に辿り着くなり、黒の民たちから手荒な歓迎を受けるが、2人の敵ではなかった。

「はあああっ!!」

アイラクの放つヴィントジーカーが、黒の民 オロオガルの頭を捉え、巨体を地に叩き付ける。トドメにグランウェイヴを放とうとしたところで、レミーが眼前に躍り出た。

「だめだよ殺しちゃ。ボクが食い尽くす」

レミーはそう言うと、翼を大きく禍々しい口に変化させ、失神しているオロオガルの上半身を丸ごと食い千切った。それを少し咀嚼して飲み込んだら、残った下半身を貪った。
他のアークスが見ていれば、思わず悲鳴を上げたくなるショッキングな光景。しかし、アイラクにとっては慣れたものだった。オロオガルを残らず平らげて鼻を鳴らすレミーに駆け寄り、声をかけた。

「うめ、まだたべる?」
「まだまだ。足りない」
「!わかったの!」

レミーの要望を聞き、喜んで先導するアイラク。レミーはその楽しげな背中をのんびり追いながら、引きずり出した甲斐があった、と心のどこかで呟き……

「……って、違う。ボクはお腹が空いてただけだ!」

と、それを自覚した途端、ぶんぶんと頭を振った。前を歩くアイラクにもその声が聞こえ、アイラクが不思議そうに振り向く。

「ど、どうしたの?」
「……なんでもない。早く行くよ」
「?うん!」

レミーに促され、アイラクは再び跳ね回るようにして歩き出した。





レミーが満足したところで任務を終え、アークスシップに舞い戻った2人は、再びレミーの要望でデザートを食しにカフェへと向かった。

「えへへー、おいしいのー!」
「そうだね。美味しいついでにボクの分も奢ってよ」
「うんー……えっ!?」
「冗談」

他愛のない会話を弾ませながら、アイラクはショートケーキを、レミーは真っ赤なベリーのタルトを頬張っていた。そして、会話が途切れた一瞬の間に、アイラクがふとあのときのことを思い返す。

「あ……、その、あのときは、ほんとうに、ごめんなさい……。わたし、うめに、きらわれちゃったと、おもっ」
「その話はいいよ。気にしてない」
「あ、あう……」

レミーにぴしゃりと遮られ、小さくなってしまうアイラク。ちらりとレミーの表情を見ると、本当に何も気にせず無心にタルトを口に運んでいた。その様子を見て、少しだけ、くよくよしている自分が馬鹿馬鹿しくなった。

「……ふふっ」
「……何」
「ううん。なんでもないの!」

アイラクに、ようやくいつもの満面の笑みが戻った。
それを見たレミーの口の端が、一瞬、ほんの少しだけ緩んだことには、本人もアイラクも気付くことはなかった。