異端児

その少女は、生まれながら膨大なフォトンを宿した不可思議な子どもだった。
その小さな身体に宿すには不釣り合いすぎるフォトンは、彼女の意思とは関係なく、周囲に影響を与えてしまう。


放電。落雷。それによる人的被害や、器物の破損。破壊。これらが繰り返され、彼女を取り巻く人々は彼女を「化物」と蔑み、虐げ、攻撃した。彼女は次第にふさぎ込むようになり、そして彼女の両親も、彼女を外へ出すまいと、家の中に閉じ込めた。


「外に出たら、いじめられちゃうからね。だから、おうちにいようね、アイラク」


母親の、優しい言葉。父親も、彼女ーーアイラクの頭を撫でて、笑う。しかし、アイラクには、その優しさの裏に潜む両親の思惑が、なんとなく感じられていた。


(ちがう。わたしは、へんなこだから、そとにだしたくないんだ)


アイラクは膨大なフォトンを有すると同時に、その影響か、他人が持つフォトンの動向にも敏感だった。これ以前からも、いつの頃からか、両親は自分に対して良い感情を持たなくなっていたことは分かっていた。


(でも、このほうが、わたしも、おとうさん、おかあさんも、きっとしあわせなんだ)


アイラクは全てを受け入れ、家から出ない選択をした。
しかし、それからの生活は、あまり良い気のしないものだった。アイラクはほぼ一日中自室から出ず、食事も、両親が部屋に運んでくるのを待つのみ。皆で幸せに、温かいご飯を食べるーーそれすら、叶わなかったのだった。


(おとうさん、おかあさんも、わたしが、こわい)


だから、一緒に居たくないのだろう。それが分かっていたから、アイラクも部屋から一歩も出なかった。寂しいけれど、両親を間違って傷つけたくは、なかった。


そして、変わらぬ一日が、また始まろうとしていた。はず、だったのだが。


「……おなかすいたなあ」


いつもご飯をくれる時間。なのに、両親がやってくる気配がない。何かあったのだろうか。


「……」


部屋から出ては、いけない。でも、気になって、思い切って部屋の扉を開けた。どこにも人の気配はない。リビングの様子は……久しく来ていなかったので、変わっているかどうかも、分からない。ただ、何かがおかしかった。


「おとうさん、おかあさんの、ものが、ぜんぶ、ないの」


衣服、日用品など、両親が生活するために使っていたものが、根こそぎなくなっていた。しばらくの間、泥棒でも入ったのか、と考えていたが、荒らされている様子もない。
アイラクは、ここで最悪の事態を予想した。


「……でて、いっちゃったの?」


空っぽのリビングに、立ち尽くす。泣きたかったが、長く人と接していなかった虚ろな心では、それすら不可能だった。


それでも戻ってきてくれることを少し信じながら、大人しく部屋で、待つ。けれど、何日経っても、戻ってこなかった。






「……まぶしいの」


あまりにも空腹がひどくなり、家に残っていたわずかばかりのメセタを持ち出し、外に出た。どのくらいぶりかも分からない外の光と空気に、ふらつきそうになりながら、歩き出した。なるべく人通りを避けて。裏路地を選んで。けれど、気付いた。何か買うには、人が多く集まるお店に入らなければならない。


「……」


途方に暮れ、裏路地をふらふらと、さまよう。思考停止し、どこへ行くでもなく、歩く。前など見えていなかった。


「っ!いたっ……」


何かにぶつかった。その拍子に、フォトンによる雷が放たれた。


「!!……ごめ、ごめん、なさい……!ごめんなさいっ!!ごめん……」


ぶつかった相手が人だと分かり、そして、恐らく電撃を受けてしまったであろうその人に、必死に謝った。攻撃される。痛いのはいやだ。そう思いながら。
しかし、アイラクに向かってきたその手は、アイラクを傷付けることはなく。


「構わないよ、お嬢さん。とても凄い力を秘めているね……噂以上だよ」
「……え、」


優しい声。頭に置かれる、温かい手。恐る恐る見上げると、優しい笑顔の、青年。


「お嬢さん。その力、人を傷付けるためではなく、守るために、使ってみたいとは思わないかい?」
「まもる、ため……?」
「そう。僕は、その術を知っている」
「……」


頭を撫でながら、青年は語り掛けてくる。


「まも、る……、かみなりも、かってに、でなくなる?」
「ああ」
「おもいどおりに、きずつけないように……ほんとうに、みんなを、まもるために、つかえるの?」
「勿論だ」


守る。今まで、傷付けることしか出来なかったアイラクには、あまりにも非現実的な言葉。けれど、この青年についていけば、誰も傷つけることはなくなる。それどころか、皆を守ることができるーー。


「……あ、」


今まで枯れていたと思っていた涙が、ここにきて溢れ出した。


「辛かったね。沢山我慢、したんだねーー」


青年は、アイラクを抱き締める。アイラクはひとしきり泣きわめき、なんとか声を絞り出し、青年に告げた。


「ついて、いく。もう、なにも、こわしたくないの」


青年は、それを聞いて、笑った。


「良いだろう。さあ、こっちだよ、お嬢さん」


青年は、アイラクの手を取り、歩き出した。


心も体も疲弊しきったアイラクには、この青年がどんな顔をして笑っていたか、どのような思惑で自分を誘い込んだのか、何もかも感じられなかった。
絶望の淵から救ってくれたその手に縋ることしか、考えられなかったのだった。