異界からの招かれざる客

『やあ。例によってまたキミに頼みがある。アムドゥスキア上空にて、ここ最近奇妙な反応が検知されているらしい。龍族たちも気が立っているとのことだから原因の調査をしてもらいたい』


龍族の研究者 アキからの依頼で、アイラクは何度目かになる浮遊大陸を訪れた。アキ自身は研究が捗ってしまい、身があかないらしい。

「りゅうぞくさんたちが、いらいらしちゃうのは、いけないの。げんいんちょーさ、するのっ!」

やる気満々で意気込んで、広大な浮遊大陸の大地へ駆け出した。
しかし、勢いだけで何をしたらいいかは具体的に分かっておらず。

「……えっと、どうしよう……?」

数十メートルを走ったところで立ち止まり、ようやく方法を思案する。とりあえず、上空に反応があるならば、空の変化を見守れば良いのだろうか。そう思い、安直に空を見上げた。しばらくの間何事も無く、ぽかぽかとそそぐのどかな日差しに少しまどろみを覚えていたとき。

『上空に異常値を計測。警戒してください』

通信端末に、耳障りな警告音とともにオペレーターの緊急アナウンスが鳴り響いた。アイラクは驚いて飛び上がり、まん丸くした目でもう一度空を見上げた。すると、空の一部が捻じ曲がり、そこから赤や紫の禍々く濁った光が漏れ出しているのが見えた。まるで絵の具をぐちゃぐちゃに引っ掻き回してできた渦のよう。

「すごく、いやなかんじが、するの……」

アイラクは勝手に震えだす自身の身体を抱きながら、「奇妙な反応」の正体を確信した。あとはあの空が捻れる現象の原因を探すのみだが、何故だか足がすくんで動けない。そのまま空の渦に釘付けになっていると、渦の中心が一瞬光ったように見えた。その直後、頭が割れるような衝撃と激痛が走り、アイラクの意識は暗転した。





「……うう……」

ズキズキと激しく痛む頭を押さえ、なんとか起き上がって座り込む。辺りを見回してみると、異様な光景が広がっていた。
空は、先程見ていた歪みに似た濁りがどこまでも広がり渦巻き、何色なのか形容し難い光を放つ稲妻がひっきりなしに響く。大地は荒廃し、空気は鉛のように重く、いかなる生命も存在を許さない。そんな場だった。そして、死にきった大地には似つかわしくない、美しい紫色を放つ巨大な結晶が、ところどころから生えていた。

「……ふゆうたいりく、じゃない……」

ここはどこだろう。以前耳にした、時折現れるというパラレルエリアにいつの間にか転移してしまったのだろうか。ならば、帰る方法を探さなければ。
アイラクはふらふらと立ち上がり、あてもなくこの異様な空間を彷徨った。そして、ふと顔を上げると、目の前に白いもやが現れていることに気づいた。それはだんだんとはっきりした形を成していき……。

「おとこ、のこ……?きみは、だあれ?」

もやは、真っ白な肌に鮮やかな紫の瞳を持つ、紫がかった白髪の少年へと姿を変えた。アイラクの問いには答えず、ただ不気味に笑いながら、アイラクを見つめていた。

「ねえ、ここは、どこ?わたし、かえりたいの」

少年は2度目のこの問いに答える代わりに、アイラクの腕を突然掴んできた。

「こっち」

にやりと笑い、アイラクの手を無理矢理引いていく。

「まって、まって!!」

突然のことに驚き、そしてなんとなくついていってはいけない気がして、必死に少年の手を振り解こうとする。しかし、少年のそれとは思えないほどに強く握られ、引っ張られ、なすすべもなく引きずられていく。

「いや、はなしてっ!!!」

腹の底から叫んだ。その瞬間、突如風景が大きく揺らぎ、強い浮遊感とともに再び意識を失った。



「なぁんだ、残念。くけけっ……」




次に目を覚ますと、最初に視界に入ってきたのは見慣れない天井だった。

「……ここ、は……」

ベッドに仰向けになったまま首だけを動かし、あたりを見回す。と、同時に、部屋のドアが開く音がした。

「!良かった、お目覚めですね、アイラクさん」

入ってきたのは、白衣の女性。メディカルセンターの制服ーーナースだ。自分はどうやら、何かあってメディカルセンターに運ばれてきたらしいと分かった。先程の異様な空間で起きたことは、夢だったのだろうか。

簡単な検査を済ませ、異常がないことを確かめると、ナースはアイラクに順を追って状況を説明した。

「まずは……鏡を、見ていただきたいです」
「かがみ……?うん」

訳もわからず、アイラクは手鏡を受け取って、自分の顔を映し出した。

「!?ひっ、なんでっ……」

黒色だった髪は紫がかった白髪に。瞳は鮮やかな紫に。あの夢の中で見た真っ白な少年と同じーー。
顔に恐怖を貼り付かせながら、手鏡を伏せる。ナースはアイラクの背中を撫でてやりながら、落ち着いた頃を見計らって、説明を再開した。

「この脱色現象は、恐らくアイラクさんの頭に埋没した彗星片による作用だと思われますが……。本当に関連があるかは、分かりません」
「え……なに、って……?」

ナースはアイラクの理解が追い付くよう、ゆっくりと説明した。

アムドゥスキア上空に現れた渦の内部から、測定不能の未知のエネルギーを持つ小さな物質が飛来し、それがアイラクの頭に突き刺さったのだという。その物質自体の性質も測定できず、未知のエネルギーも含めオラクルには存在しないモノであると判明した。仮にこれを「彗星片」とし、アイラクの髪や瞳の色の変化もこの彗星片が起因すると考えたのだった。
さらに、この彗星片はアイラクの脳に完全にめり込んでいるにも関わらず、脳の機能には全く変化がない。強いて言うなら、未知のエネルギーがアイラクにも流れ込み、フォトンの隆起が見られるくらいの変化があるくらいだった。取り出せばかえって障害が残るかもしれない、とそのままにしておいたのだという。

「容姿が変わってしまったことへのショックは大きいと思いますが、そのほかにはフォトンの隆起以外の変化は今のところ見られません。けれど、今後の経過はご自身でも見ていただき、異変があればすぐにお知らせくださいね。我々の方でも調査はしてみます」
「う、うん……」

自分の頭に、そんなものが埋まっているなんて……。
何もない、と言われても落ち着かないし、何より脱色現象は気味が悪かった。

不安が残るまま、アイラクはまた不意に眠気に襲われ、意識の底へ沈んでいった。