【アイラクとレミー】心を照らす闇

受けた任務は、ハルコタンの白ノ領域探索。何事もなく、独り淡々とキャンプシップで降り立つ準備をし、終わると大人しく景色を眺めて目標地点に辿り着くのを待つ。

『へえ……ここは僕の故郷に似てるねぇ。不思議なこともあるもんだなあ』
「……」
『ねー、ねーったらー。まだ怒ってんの〜?』
「……」

アイラクは徹底的に無視を決め込み、意識を景色に集中させる。口を聞けば、また怒らせてくるに違いない。
そう考えながら、窓の外を眺めていると。

「やあ」

突如、背後から声がした。驚いて振り返ると、そこには見覚えのない少年がいた。
黒く捻じ曲がった角、真っ赤な翼。異様な雰囲気を漂わせる少年に、アイラクは困惑しながら尋ねた。

「あの、えっと、いつのまに」
「最初からさ」

少年は何食わぬ顔で答える。
尾けられていた……?一体何の目的で?
不自然さも勿論あったが、アイラクの中には今の自分をわざわざ尾けてくるこの少年に一か八かの希望が生まれていた。

「えっ、えと……もしかして、にんむ、いっしょにいってくれるの……?」
『どう見ても怪しいじゃんこいつ。何無駄なこと聞いてんの?』
(だまっててってば!)

横槍を入れてくる思念体を、心の中で牽制する。聞こえているのかいないのか、思念体はくすくすと笑いながら様子を伺っているようだった。

「……」

少年は問いには答えない。代わりに、こちらに歩み寄ってきて突然腕を掴み、引き寄せてきた。そして、なんの躊躇もなくアイラクの腕に噛み付く。

「いっ……!い、いたいっ!」

本気で食い千切ろうとする顎の力に堪え兼ね、つい叫んでしまう。その拍子に、ばちっ、という音とともに放電した。少年はいち早くそれに気づき、放電を食らう前にアイラクを突き飛ばす。その勢いで、彼に噛み付かれた部分の肉は嫌な音を立てて剥がされた。

(!!)

腕を抑えながらその場にへたり込んだ。目の前では、少年が食いちぎった肉をじっくりと咀嚼している。

『いきなり大胆な奴だなあ。けけ、とんだ災難だねぇ!』
「……」

突然腕の肉を剥いできたことへは、勿論驚いているし、恐怖心もある。けれど、それ以上にアイラクの心を支配していたのは。

(ど、どうしよう、けが、させてないかな……あたってない、かな……)

先ほどの放電により、少年を傷付けてしまっていないか。自分のことよりも、そちらが気掛かりだった。
少年を案じて見つめていると、肉を飲み込んで満足したのか、少年がアイラクに視線を戻す。小さくため息をついたあと、口を開いた。

「その程度の傷で、情けない奴だねおま……」
「ご、ごめんなさいっ!!」

彼が最後まで言い終わる前に、アイラクはへたり込んだまま勢いよく頭を下げた。予想外の返事だったのか、少年は「は?」と声を上げ、眉を顰めながらアイラクを見下ろしていた。

(お、おこってるの……!!せ、せつめい、しなきゃ……)

少年の視線に萎縮しながらも、ひとつひとつ言葉を絞り出す。

「わたし、おどろいたり、きもちがきゅうにたかくなったりすると、フォトンが、ぼうはつしちゃう、から……。だ、だいじょう、ぶ?」
『心配するのそっちなのか』
「……そっち?」

思念体の突っ込みとほぼ同時に、少年も驚きと呆れが混ざった声を上げた。

「直撃してないし大丈夫だよ。それに食らったところで大したことない」

少年の言葉を聞いて、アイラクは心の底から安堵した。よかった、傷付けていない。驚かせてはしまったけれど。

「な、なら、よかったの……」
「……」

ほっと息を漏らすアイラクの横を、少年は一瞥して通り過ぎ、振り向きもせずテレプールへ向かっていく。

「ボクはお前の味見をしたかっただけだから。もう用は無いよ。じゃあね」

少年はそう告げて、先にハルコタンへと降りていった。

『けけ。あんな危険人物がいたんじゃあ、任務にならないねぇ?』
「……ううん」

思念体の言葉を否定し、アイラクは少年に望みをかけた。

「ぼうはつしても、こわがらなかったの。いつもなら、いまので、こわがられたりしてたけど……」

先ほどの少年は、驚きこそすれそれも一瞬。暴発に対する恐怖心は感じられなかった。

「……ついてくの」
『ふうん……くけけ、面白くなりそうじゃないか』

怖がらない彼なら、きっと。
そう思い、少年を追ってテレプールへと飛び込んだ。





こっそり少年を尾けていくと、そこでは先刻の出来事など目ではない程に異様な光景が繰り広げられていた。
真っ赤な翼を、大きな口のような腕のような形に変形させ、巨大な黒の民を頭から食い千切っては飲み込み、次々と葬り去っていく。その表情は愉悦のような快楽のような。

「すごい……もうあんなに、たおしちゃったの」

少年の圧倒的な強さに釘付けとなるアイラク。あんな力を使うアークスは見たことがないが、そんなことはどうでもいい。彼が何者であろうと、自分を怖がらなかった相手なのだから。

「……おいお前」
「はっ、はいっ!!」

そんなことを思っていると、敵を全て倒し終えた少年が不意に声を掛けてきた。物陰からこっそり見ていたはずが、気配を消しきれていなかったらしい。少年は仏頂面で歩いてくる。

「何でついてきてるの?もう用は無いって言った筈だけど?」
「あっ、その……」

いざ尋ねられると素直に理由が言えず、声が小さくなっていく。迷惑かもしれない。今更そんなことをふと思ったが。

「ハッキリしないと次は本気で食べるよ」

痺れを切らした少年が、微かに翼をもたげて睨みつけてきた。アイラクは驚いた勢いで率直な願いを言い放った。

「!!あの、にんむ、いっしょにいって、いい……?」

言い終えて、俯く。

(うう……だ、だいじょうぶ、かな……)

断られたらどうしよう。怒りを買って食べられたら?色々な不安が頭をよぎる。少年の返事を待つ間の時間が、やたらと長く感じた。思念体は様子を見て楽しんでいるのか、くすくす笑っている。
暫しの間の後、少年は半ば諦めたような様子で、

「……足手纏いにはなるなよ」

と、肯定の意を示した。

「っ!!」

思わずばっと顔を上げ、嬉しさのあまり飛び跳ねながらお礼を告げた。

「あ、ありがとうっ!」

が、この言葉と同時に、またフォトンの暴発が起きてばりばりと放電してしまった。

「なっ!!こら!!やめろ馬鹿!!」
「!!ま、また……!ごめんなさいっ!!」
「いいから落ち着け!!それ以上暴発させたら殺すよ!!」

大慌てで謝る。この動揺でまた放電しそうになり、少年の脅しも手伝って心を落ち着かせた。

(せっかくついていっていいことになったのに、これじゃあ、だめなの……!)

足手纏いになるな、と言われて早速この有様。この先は極力感情を出さないように努めようと心に誓ったのだった。






任務は、無事に終了した。が、しかし。

「ったく。どうりで1人な訳だ。ボクじゃなかったら避けきれずに痺れた隙にあの世行きだ」
「ご、ごめんなさい……」

結局、アイラクはフォトンの暴発をまともに抑えられず、事あるごとに放電しては少年を巻き込み掛けていた。キャンプシップに帰還した後、正座で少年の説教を受けている。幸い、少年は全て回避していたらしく無傷だったが。

(でも……)

なんだかんだ、ずっと行動を共にしてくれていた。これまでならば、暴発に巻き込まれそうになった時点で別行動を提案してくるアークスばかりだったが、この少年は違ったのだった。

「まーいいや。ボクはもう行くから。じゃあね」

用が済んだ少年は、キャンプシップがアークスシップに帰り着くなりそそくさと立ち去ろうとした。
アイラクは思考を中断し、慌てて少年を呼び止める。

「あっ、ま、まって!」
「まだ何かあるの?」
「なまえ、まだきいてないの」

せっかく知り合えたのだから、名前を覚えておきたかった。

(また、いっしょに、いきたいし……)

そんな思いも、抱いていた。

「はあ?……レミーだよ。周りからは梅とか呼ばれてるけど」

本名とあだ名だろうか。どちらで呼ぼうか。少し迷った結果、親しみを込めやすいと思った「梅」で呼ぶことにした。

「れみー、うめ……うめ!よろしくね、うめ!わたしは、アイラクっていうの!」
「何を宜しくするんだよ……。じゃあ今度こそ行くから」

少年ーーレミーはアイラクの思いとは裏腹に、冷淡に返す。それでもアイラクは嬉しさに頬を緩ませ、レミーの背中を見送った。

『……睨んだ通り、面白くなってきたねぇ!僕としてもあの梅とかいう奴に興味が湧いた。じっくり観察させてもらうよぉ』
「……おねがいだから、おとなしく、しててね」




数日後、再びレミーを発見したアイラクは、この日を境に頻繁にレミーを誘って任務に赴くようになった。
同時に、アイラクに再び明るい表情が戻っていった。暴発は相変わらずだし怒られるけれど、それで変に距離を置かれたりはしない。いつしかレミーは、アイラクが一番素でいられて、一番安心していられる存在になっていったのだった。







『大事な存在、ねえ。くけけ、もっと面白いものを見せてもらうためにもう少し観察させてもらおうかなぁ……』