6.不穏な小休止

悲鳴、断末魔、呻き。
人の声とも異形の声ともつかない恐ろしいそれらの声は、しかし怒りと悲しみに満ちていた。悲痛な数多の声に耐え切れず、思わず目を閉じる。次に目を開いたそこにはーー




「……あれ……」

見慣れた天井。射し込む朝日。ここは、アイラクが生活するマイルームだ。

「ゆめ、だったの……」

アイラクはゆっくり体を起こす。うなされて寝相が悪かったのか、掛け布団はしわくちゃになっている。夢のせいなのか、寝付きが悪かったせいなのか、とても頭が痛かった。

「くう……きょうは、おやすみ、しようかな……」

とはいえ、ずっとマイルームに塞ぎ込んでいても気が滅入る。アイラクは戦闘服ではなく普段着に着替え、ふらふらと散歩に出て行った。




市街地はまだ復旧作業中なので立ち入ることができず、アイラクはショップエリアをぼーっと歩いていた。

「やあ、アイラクくん。……おや、随分顔色が悪い様だな」
「あ、アキさん……」

偶然ショップエリアに訪れていたらしいアキが、アイラクに声を掛けてきた。いつもより暗いアイラクの顔をまじまじと覗き込む。

「だ、だいじょうぶなの、へんなゆめをみて、きぶんがわるくなって、おそとにでてるの」
「成る程。気分転換は大事だな。また依頼をしようと思っていたんだが、それは後日にしようか」
「あ……ご、ごめんなさい……、……あっ」
「ん?何だい?」

アイラクは、昨日浮遊大陸で見た奇妙な龍のことを思い出した。龍族に関わることだろうと、アイラクはアキに話した。

「あのね、きのう、アドゥムスキアで、へんなりゅうさんを、みかけたの」
「変な龍?」
「うん、しろくて、くろくて、ほそくて、しっぽはフォークみたいだったの」
「……何だと?」

アイラクが龍の特徴を告げると、アキの顔色が変わった。

「詳しく聞かせてくれないかね?」
「う、うん……」

アキの食い入るような目に戸惑いつつ、全てを話した。
その龍は自分達を襲わず、ダーカーを『喰らって』いたこと。とても悲しく、苛々した感情を読み取ったこと。そして、

「あのりゅうさんをみたとき、なぜか、めをはなせなかったの。それに、はじめてみたはずなのに、なんだか、あんなりゅうさんを、いっぱいみたことがある、きがしたの……」

アイラクが最後まで言い終えて言葉を切ると、アキは珍しく驚愕した表情でアイラクを見下ろしていた。

「アイラクくん、君はまさか……」
「え?」
「その龍は、君の過去に関わる存在かもしれない。それに……私にも、そいつを放って置けない理由がある。依頼は後日と言ったが撤回だ、実行はいつでも構わないから聞くだけ聞いて欲しい」
「わたしの、かこ……」

コールドスリープから目覚めた時に聞いた、自分の経歴。あれが全てだと思っていたが……

「しばらく、その『奇妙な龍』の追跡および調査を行って欲しい。そして、君が感じたことや思い出したことを逐一知らせて欲しい。もし危害を加えてきたならば……倒してしまって構わない」

アキの真剣な眼差しと、自分の過去に関係があるという言葉に、アイラクは神妙な面持ちで首を縦に振った。

「わかったの。やるの!」
「感謝するよ。散歩の邪魔をして悪かった、私はこれで失礼するよ」

そう言うと、アキは足早にその場を去っていった。

そんな、アイラクとアキの邂逅を、偶然見聞きしていた者がいた。

「アイラクちゃん……やっぱり、データベースの経歴って、詐称、なのかな……」

テトラは植木の低木の陰から、会話を見守っていたのだった。

「……そうだよね、絶対あり得ないもん。あの歳でアークスなんて……」

経歴の矛盾と、先刻の会話。そこから導き出される疑心は、好奇心へと変わっていく。

「本当のこと、知りたいな……」

そう思い立ってもう一度アイラクのいた方へ視線を戻したが、そのときにはどこかへ行ってしまっていた。テトラも仕方なく、その場を後にした。

不気味に笑う、遠くからの視線に気付くことはなく。






アイラクはゲートエリアに踏み込み、一休みしようとメディカルセンター前のベンチに腰掛けた。

「あ、アイラクさん!」

そのとき、アイラクの姿を見たメディカルセンター職員の女性が声を掛けてきた。職員女性はアイラクの所まで小走りにやってきた。

「どうしたんですか?」
「丁度良かった!昨日あなたが助けた一般女性の方……ルヤン、という方から、あなたをお見かけしたら礼を言っておいて欲しいと言伝をいただいてまして」
「……?」
「ああ、ダーカーに囲まれてプレディカーダにとどめを刺されそうなところを助けられたという女性ですよ!」
「あ、あのときの……!もう、よくなったの?」
「まだ本調子ではないようですが、あなたのレスタが効いたのか、傷の治りがとても早かったんです。退院出来たら、直接でも礼を言いたいとも仰っていましたので、よろしくお願いしますね!」
「うん、わかったの。ありがとうございます、なの!」

言伝を終えると、職員女性は再びメディカルセンターへと消えていった。

「こんなにかんしゃされるの、はじめてなの。えへへ……」

少し嬉しい気持ちになり、さっきまで鈍く続いていた頭痛が和らいだ気がした。
アイラクは立ち上がり、マイルームへと足を向ける。感じた嬉しさをバネに、早速明日、アキに頼まれた捜査を行おうと思い立った。今日はゆっくり休み、それに備えることにしたのだった。