本編第1話です。
A.P.238 2月初旬。
何かに無理矢理揺り起こされる感じがして、その少女は目覚めた。
目前には、無機質な白い壁。少しひんやりとしたその狭い空間でただぼうっと立ち尽くしていると、目の前にモニターが現れ、そこに映る青年が優しく笑って声を掛けてきた。
「やあ、お目覚めのようだね。調子はいかがかな?」
「……」
少女は何も答えない。どう答えていいか分からなかった。青年は構わず続ける。
「君は何故ここにいるか、分かるかい?」
「……わからない」
「そうか。やはり何もかも忘れてしまっている様だね」
長い黒髪をわずかに震わせる程度に、少女は首を横に振った。
青年は、少女にゆっくりと説明を始めた。
「君は、小さいながらも非常に高い力を持つアークスだ。しかし、とある大規模な任務の折に重傷を負い、ダーカー因子による侵食も見られたため、コールドスリープという形で休息していたのだ。……覚えていないかい?」
「……おぼえて、ない」
「成る程。やはり怪我と侵食にやられて記憶が飛んでしまっているようだね」
少女は全く身に覚えのないことを言われ、表情に混乱の色を示した。彼の言うことどころか、自分のことも殆ど覚えていない。地に足がつかないような不安が少女を襲った。
「すまない、混乱させるつもりはなかったんだ。まあ、こういうことだから、起きたらまたアークスに復帰して貰おうと思っていたんだ。恐らく戦い方も忘れてしまっているだろうが、やっているうちに思い出すだろうし、頼れる者も沢山いるだろうから安心したまえ」
「……うん」
彼の言う事がきっと全てだろう。少女は、アークスとして復帰することを決意した。
「そうだ、君、自分の名前は覚えているかな?」
「……アイラク」
唯一覚えていた、自分の名前を口に出してみる。それだけでも、幾らかほっとしたような気がするのだった。
「それじゃあ、扉を開けるよ。君の活躍に期待している」
目覚めたその日は、アークス職員やクラスごとの創設者たちと共に、改めてアークスとしての知識や戦い方を学ぶことに費やされた。アイラクは、不安を埋め合わせるかのようにそれらに没頭していた。
(これが、いままで、わたしがやってきた、ことなんだ……)
何もかもが新鮮だったが、得るものがあればあるほど、自分を取り戻していけた。表情にもようやく生気が宿り始めたところで、その日は終わりを告げた。
次の日から早速、任務への復帰となった。
選んだクラスは、バウンサー。自分が元々どのクラスを扱っていたかは覚えていないため、なんとなく自分に合いそうだと思ったクラスを選んだのだった。
アイテムや武器の補充も完璧。任務の受注の仕方も進め方も分かっているーー筈だが、アイラクはロビーで1人立ち尽くしていた。
「ひとりじゃまだ、いや、なの……」
ほぼゼロの状態からの任務。不安になるのは当然のことだった。このまま数十分が過ぎた頃、アイラクに声を掛ける一団が現れた。
「なあお前、新人か?良かったら俺達と一緒に任務行こうぜ」
「えっ!?あ……い、いいの……?」
「勿論さ。困ってる後輩は助けないとな!」
10代後半くらいの青年と、その背後には同じくらいの年齢の男女が2人。
「ねえ、こんな細っこいの役に立つのかしら?」
「そ、そんなこと言ったら可哀想だよ……」
気の強そうな女性と、気弱そうな青年だった。
アイラクは突然の誘いに動揺するが、自分から誰かを誘う勇気もないため、彼等と行動を共にすることにしたのだった。
「わかった、ありがとう」
「そうこなくっちゃな!俺はキオ。こっちのすぐキレる女はルー。で、このメガネはテトラ。宜しくな」
「ちょっとキオ!一言多いわよ!」
「そ、そうやってすぐ怒るから……」
「テトラ、何だって?」
突然始まった喧嘩にアイラクはあたふたし始めるが、キオがすぐに2人を落ち着かせる。
「喧嘩は後にしろっての。そうだ、お前はなんていうんだ?」
「アイラクって、いいます、よろしくおねがいします、なの……」
「ん、アイラクな。宜しく!んじゃ、行くか!」
かくして、一行は任務へと赴いていった。
選んだ任務は、ザウーダン討伐。ダーカー因子の影響で凶暴化したザウーダンの鎮圧が目的だ。キオはアイラクのために、新人向けの任務を選んだのだった。
「でも、そんなちっさいのにアークスってのも珍しいよな。特例許可とか?」
「ち、ちがうの……えっと……」
道中、アイラクはキオたちに自分の置かれている状況を話した。キオたちは心底驚き、つい足を止めて口々に驚愕の言葉を放った。
「え、じゃあ新人じゃなかったのか!?な、なんか悪いな……」
「いやいや嘘でしょ?こんな研修生にもならないような子がアークスなんて……」
「で、でもデータベースには確かに登録されてるね……ほら、10歳でアークスになって……大規模なダーカー掃討任務のことも書いてある」
しばらく思い思いに大混乱したところで、3人はようやく歩き出した。
「いやあ、驚いた。そんな事情があったなんてな……。まあ、無理も良くないし、この任務はリハビリがてらってことで!」
「うん……ありがとう、なの」
キオとルーは何となく納得した様子だったが、テトラのみどこか腑に落ちない表情で俯いていた。
「?どうした、テトラ」
「ああ、いや、なんでも……」
「そうか?」
キオは特に気に留めることもなく、黙々と足を進めて行く。しかしテトラは相変わらず、困り眉だった。
(あんな情報、前からあったっけ……?)
テトラには、暇さえあればデータベースを見て回るという習慣があった。単純な好奇心と、いつ誰と任務で一緒になってもいいように備えるためだ。なのに、アイラクの情報を見落としている。テトラは自分に限って、と不審に思ったのだった。
「!来たぞ!」
テトラが物思いに耽っていると、討伐対象のザウーダンが現れた。キオの声を合図に、それぞれが武器を構える。アイラクもジェットブーツを駆り、ザウーダンを睨んだ。
「丁度4体か。1匹ずつやるぞ!」
「はあーい」
「了解!」
「わ、わかったの」
それぞれが倒す対象を定め、1匹ずつ引き付ける。アイラクはテクニック ゾンデを放ち、ザウーダンの1匹の注意を引いた。怒ったザウーダンが地面から岩を引っ張り出し、アイラクに向けて投げ付ける。アイラクはそれを蹴撃で破壊し、フォトンアーツ グランヴェイヴでザウーダンに突っ込み、連続蹴りをザウーダンの頭に見舞った。
「……できた、の」
ザウーダンは顔面を潰され、地に伏した。
ちゃんと戦える。役に立てる。そう確信し、嬉しくなった。
他の3人も手早く片付けて来たようで、アイラクのもとに集まって来た。
「お、やるじゃん!って、うわーグロ。顔面ぺちゃんこだ。ちっさいのにやるなあ」
「情け容赦なくズタズタに斬り刻んでたあんたが何言ってんのよ……」
「お前も黒焦げにしてたじゃんか。テトラもごめんなさい〜とか言いながら発破してたし皆似たようなもんだな!」
「ええ……聞こえてたの……恥ずかしい……」
「み、みんな、すごいの……」
任務を終え、一行はわいわいと喋りながらキャンプシップへと帰還した。
アイラクの不安は、彼等との出会いと任務の成功でほぼ消し飛んでいた。それまで表情に色がなかった彼女の顔には、ようやく笑顔が咲いたのだった。
アークスシップに戻って報告と報酬の受け取りを終えた所で、キオたちと別れた。アイラクは満足げな顔で自分のマイルームへの帰路についた。
「……?」
ふと、奇妙な違和感を肌に感じ、思わず周囲を見回す。一瞬のことだったが、誰かに見られているような気がした。
「……きのせい、かなあ」
すぐに違和感は収まったので、あまり気にせず、再び歩を進めたのだった。
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